橋に着くとその周りに自分達と同じ目的であろう複数の人だかり、それにパトカーが1台。
「なーんもないなぁ。おーい!なんかあったぁ!」
周囲を散策している宗吾がこちらに呼びかけてきたが、何も見つけてないしそもそもなにも探してない。
川を超えて対岸まで伸びる橋はなんの代わり映えもすることなく自分の知ってる姿のままそこにそびえている。
この巨大な建造物が昨晩消失していたなんて馬鹿げた話は、例えその時の映像がテレビで紹介されたとしても到底信じられない、僕はそれを十中八九CGだと疑うだろう。
「パトカー来てるね。ホントだったのかな。橋が消えたっての」
「さぁ、どうだかね」
「おーい!……ふぅ、なんっもねぇなぁ。つまんねぇの。……ぉ?あいつ三下じゃね?」
宗吾の目線の先には自分達と同じ制服を着た長身の男が一人、橋を眺めていた。あいつは確か三下鉄平(みしたてっぺい)。関わったことはないが悪い意味で有名な生徒だったはず。
「もしかしてあいつ、こういうの好きなのか?意外だねぇ」
宗吾はあごをさすりながら、まるで相手の弱みを握って悪いことでも企んでいるような目つきで見下ろす。その念が通じたのか、三下の視線がこちらに向く。
「なんかこっち見てるよ~」
「えっ、うそっマジ!やっばいやっばい。ああいうのは関わらないのが一番だよ~ん」
宗吾はひとり走ってその場を撤退する。
「あ、ちょっと待ってよ~」
春香もすぐその後を追う。
だけど俺はなぜか三下の事が気になってすぐにその場を動くことができなかった。まるで三下の鋭い眼光は俺に向けられていたような気がして目を逸らすことができなかった。
「おい、なにやってんだー。いくぞーー」
「ぉ…おう」
宗吾の呼びかけにふと我に返り自分から目を外してその場を後にする。
「結局おもろいもんなんもなかったなー」
「ねー」
何の変哲もない見慣れた鉄橋を見ただけだというのにどうしてこんなに愉快になれるのだろうか、この二人は。
「それじゃあ俺はここで、また明日なー」
宗吾が別れる。
春香と俺、二人で歩く夕暮れの道。いつもと変わらない日常。そうすることに疑問を持つことさえない決まった習慣。
「ねぇ悠、悠はどう思う?」
「なにが?」
「橋が消えたって話」
「さぁね、別にどうも思ってない。実際橋はあったわけだし。本当に消えたかどうかもわかんないわけじゃん。確かにこんだけ噂になってるからなにかあったんじゃないかって思ったりもしなくはないけど…別にどっちでもいい」
「ふ~ん、そっか。ねぇ、悠はさ、最近なにか楽しいことあった?」
「楽しいこと?そうだなぁ、最近ないなぁ楽しいこと。…ん?」
公園から子供の声が聞こえてきた。といっても楽しく遊んでいるような声ではない。
「やーい、こっちだぁ」
「返してよぅ~」
いじめか?ひとりの男の子が3人に囲まれてあたふたしている。宙を舞っているのは体操袋だろうか。
真ん中の男の子の頭上を越えて投げられた体操袋を対面のいじめっ子より先に掴んだのは春香だった。
「こーらっ、だめでしょ。いじわるしちゃ」
突然の乱入者に目が点になるランドセルを背負った子供達4人。
「仲良くしないと、ね」
「………サバゴンがでたぞー!わーー!!」
「えっ、ちょ…コラー!!」
一斉に駆け出す3人のいじめっ子達の背中に怒声をあげる。
「サバゴンってなによ…まったく。はい、君もやられっぱなしじゃダメだよー。男の子なんだから」
体操袋を返して頭をやさしくポンポン叩く。渡された体操袋を守るように強く抱きしめると何も言わずに走り去っていってしまった。
公園に一人置き去りになった春香に歩み寄る。春香は淡々とした口調で俺に問いかけてくる。
「ねぇ、私ってサバみたいな顔してる?」
「いや、魚というよりはもっと肉食てげふっ!」
俺の余計な一言は彼女のボディーブローによって遮られた。
あれから数日が経った。夢のことなんかすっかり忘れ、まぁ特に語るようなこともなく平穏な毎日だ。
「おっはよーっ」
普段通り学校へ登校して鞄から教科書などを机に閉まっている俺に宗吾が嬉しそうな顔をして寄ってきた。
立嶋宗吾(たつじまそうご)、中学の時からの友人で同じクラス。その流れで高校に入ってもずっとつるんでいる。暇があるときは大抵俺に寄って来るが、今日はいつにもなくにやついている。
「なぁなぁ聞いたか?小坂井橋消失事件。昨日の夜、小坂井橋が忽然と姿を消したっていう怪奇現象」
「なんだそれ、小坂井橋ったら川の上通ってるあの橋だろ?」
「そうそう!それがさ~、昨日の夜中に鉄橋が消えたんだって」
「消えたってなんだよ。まさか橋が落ちた訳じゃあるまいし」
「いやいや、そこがこの事件の怪奇なところなのよ。音も立てずにいつのまにか消えてて、でも今朝にはまるで何事もなかったかのように橋はそこにあったという」
「嘘だろそれ」
「そう思うだろ?俺も最初は信じられなかったんだけどな。でも橋がなくなってるのを見たって人もたくさんいるし、それに警察も動いてんだよ」
「ふーん」
「ふーんって、それだけかよ」
「信じろって言うほうが無理だろ、それ」
「釣れないなぁ。だからさぁ…放課後一緒に見に行こうぜ!俺も気になるし」
「いいよ別に、興味ないし」
「いいじゃんよぉ!俺は気になるんだよ!」
「ほらそこっ、チャイムなってるぞ。騒いでないで席に着け」
宗吾のお誘いは担任の一喝によって中断されたが…あいつ、言い出したらしつこいから休み時間が来るたびに来るんだろうなぁ。別に放課後に用事があるわけでもないけど、わざわざ橋を見に行く為に河川敷までいくのもだるいなぁと思ってみたり。
その日は学校中が陸橋消失事件の話で溢れていた。誰かが広めたのか、なんらかの噂が一人歩きしたのか、それとも本当なのか。いつもどおり橋が健在している今じゃそれを見たところで確かめようもないけど。
放課後、春香と宗吾との3人で下校する。春香は委員会の仕事でたまにいないこともあるが大抵いつもこの3人だ。
「ねぇねぇ聞いた?春香ちゃん。小坂井橋消失事件」
「うん、聞いた聞いた。橋が消えたって話でしょ」
「だったらもちろん。ねー」
「ねー」
「はぁ…結局こうなるんだな」
2人の足は自然と橋の方へと向かっており、俺もその成り行きでこのまま一緒にいく空気になっていた、まぁ予想通りというかなんというか、別にいいんだけど。
「おっはよーっ」
普段通り学校へ登校して鞄から教科書などを机に閉まっている俺に宗吾が嬉しそうな顔をして寄ってきた。
立嶋宗吾(たつじまそうご)、中学の時からの友人で同じクラス。その流れで高校に入ってもずっとつるんでいる。暇があるときは大抵俺に寄って来るが、今日はいつにもなくにやついている。
「なぁなぁ聞いたか?小坂井橋消失事件。昨日の夜、小坂井橋が忽然と姿を消したっていう怪奇現象」
「なんだそれ、小坂井橋ったら川の上通ってるあの橋だろ?」
「そうそう!それがさ~、昨日の夜中に鉄橋が消えたんだって」
「消えたってなんだよ。まさか橋が落ちた訳じゃあるまいし」
「いやいや、そこがこの事件の怪奇なところなのよ。音も立てずにいつのまにか消えてて、でも今朝にはまるで何事もなかったかのように橋はそこにあったという」
「嘘だろそれ」
「そう思うだろ?俺も最初は信じられなかったんだけどな。でも橋がなくなってるのを見たって人もたくさんいるし、それに警察も動いてんだよ」
「ふーん」
「ふーんって、それだけかよ」
「信じろって言うほうが無理だろ、それ」
「釣れないなぁ。だからさぁ…放課後一緒に見に行こうぜ!俺も気になるし」
「いいよ別に、興味ないし」
「いいじゃんよぉ!俺は気になるんだよ!」
「ほらそこっ、チャイムなってるぞ。騒いでないで席に着け」
宗吾のお誘いは担任の一喝によって中断されたが…あいつ、言い出したらしつこいから休み時間が来るたびに来るんだろうなぁ。別に放課後に用事があるわけでもないけど、わざわざ橋を見に行く為に河川敷までいくのもだるいなぁと思ってみたり。
その日は学校中が陸橋消失事件の話で溢れていた。誰かが広めたのか、なんらかの噂が一人歩きしたのか、それとも本当なのか。いつもどおり橋が健在している今じゃそれを見たところで確かめようもないけど。
放課後、春香と宗吾との3人で下校する。春香は委員会の仕事でたまにいないこともあるが大抵いつもこの3人だ。
「ねぇねぇ聞いた?春香ちゃん。小坂井橋消失事件」
「うん、聞いた聞いた。橋が消えたって話でしょ」
「だったらもちろん。ねー」
「ねー」
「はぁ…結局こうなるんだな」
2人の足は自然と橋の方へと向かっており、俺もその成り行きでこのまま一緒にいく空気になっていた、まぁ予想通りというかなんというか、別にいいんだけど。
「…つあはっ!」
その恐怖から一気に上体を振り起こす。
「ハァ…ハァ…ハァ……、ふぅぅぅぅ…」
軽く辺りに目をやりここが住み慣れた自分の部屋だという事を確認してから大きく息を吐く。よくは覚えていないけど随分と目覚めの悪い夢を見ていたみたいだ。息は荒れて嫌な寝汗をかいている。
時刻は7時55分、いつも通り予定起床時間から5分が過ぎた時間だ。
いつも思うが目覚ましを無視して必ず5分寝過ごすのに起きられない事がないのが我ながら不思議だ。
「はぁ……だりぃ」
といいつつ結局さぼったりせずちゃんと学校に行くのが俺、たまにこんな自分が嫌になる。もっとワルになってもいいんじゃないかとよく思うがどうシミュレートしても面倒という結論に行き着き実行に移った事はない。多少の事が許される今のうちにもっといろんな経験をしておくべきなんじゃないかとも常々思うがそれで思いつくいろんな経験というのもよくよく考えてみればどれも程度の低いくだらないものだという結論に達してしまい、そんなことで自分に傷をつける事は賢い人間のやることではないという答えを馬鹿なりに導き出して気がつけば結局優等生でもなく、かといって目立って悪いわけでもなくごく普通に収まってる自分がそこにいる。
度胸がないだけだと言われればもしかしたらそうかもしれない、たまに自身でもそんな気がして無難に生きてる自分が自分で嫌になることもある。とまぁまぁこんな考察をしている時点で自分はそういうことをしない部類の人間なんだろうなと思うわけだが。
そんなことを考えながら待ち惚けているカーブミラー下。
はて、俺はなんでこんなとこで立ち止まっているんだろうか…早く行かないと遅刻だ。我に返り早々にその場を後にして学校に向かおうとした俺に声を掛ける少女がひとり。
「ごめーん、お待たせ」
遠くから手を振ってこちらに駆け寄ってくる彼女は同じ高校であり幼馴染の春香だ。
「ごめんね、お弁当の準備にちょっと時間かかっちゃって。それじゃいこっか」
そうだ、俺は毎日春香と一緒に登校してるんだ。どうして今の瞬間、そのことを忘れてたんだろう。変な夢のせいでまだ寝ぼけてんのかな、それとも待つなんて久々だからかな、いつもなら俺が待たせる方だし。
「ほら、置いてくよ~~」
「ぉ・・・おぅ」
それからいつものように二人で学校に向かう。住み慣れた街、なんの変哲もない通い慣れた通学路。他愛ない会話をしながら歩く。
だけどなんだろう、この違和感。この世界で自分だけが浮いているような感覚。起きた瞬間からそうだ、自分の部屋に違和感を感じて、まるで昨日なんてなかったかのような、眠ることなく目覚めたような、自分がなぜここにいるんだろう、そんなことを思わせる。まるで思考が停止してしまっているような感覚。
「ねぇ、聞いてる?」
「ん?…お、おぅ…いや、ごめん」
「大丈夫?なんかぼぉ~っとしてるけど、体調不良?」
「いや、まぁちょっとな。目覚め悪くて」
「ふ~ん…いいけど、どこいくの?」
「え?」
彼女は交差点の歩道を渡りきったところで立ち止まっている。
「こっちでしょ?」
「え…あ、あぁ。ごめん」
考え事をしてる間に曲がるべき角を行き過ぎていた。周囲を桜の木で囲まれている公園。マンションやアパートの増えてきた都会の一角でこの公園だけが昔からの変わらない姿を残している。
駄目だ、今日はホンット駄目だ…。寝ぼけてるとかそんなレベルじゃない。ホントに頭働いてない。今日はおとなしく過ごそう。
それを実行すべく学校でも授業中は大半を寝て過ごした。
また変な夢でも見るかもという思いもあったけどそんなことはなかった。
その恐怖から一気に上体を振り起こす。
「ハァ…ハァ…ハァ……、ふぅぅぅぅ…」
軽く辺りに目をやりここが住み慣れた自分の部屋だという事を確認してから大きく息を吐く。よくは覚えていないけど随分と目覚めの悪い夢を見ていたみたいだ。息は荒れて嫌な寝汗をかいている。
時刻は7時55分、いつも通り予定起床時間から5分が過ぎた時間だ。
いつも思うが目覚ましを無視して必ず5分寝過ごすのに起きられない事がないのが我ながら不思議だ。
「はぁ……だりぃ」
といいつつ結局さぼったりせずちゃんと学校に行くのが俺、たまにこんな自分が嫌になる。もっとワルになってもいいんじゃないかとよく思うがどうシミュレートしても面倒という結論に行き着き実行に移った事はない。多少の事が許される今のうちにもっといろんな経験をしておくべきなんじゃないかとも常々思うがそれで思いつくいろんな経験というのもよくよく考えてみればどれも程度の低いくだらないものだという結論に達してしまい、そんなことで自分に傷をつける事は賢い人間のやることではないという答えを馬鹿なりに導き出して気がつけば結局優等生でもなく、かといって目立って悪いわけでもなくごく普通に収まってる自分がそこにいる。
度胸がないだけだと言われればもしかしたらそうかもしれない、たまに自身でもそんな気がして無難に生きてる自分が自分で嫌になることもある。とまぁまぁこんな考察をしている時点で自分はそういうことをしない部類の人間なんだろうなと思うわけだが。
そんなことを考えながら待ち惚けているカーブミラー下。
はて、俺はなんでこんなとこで立ち止まっているんだろうか…早く行かないと遅刻だ。我に返り早々にその場を後にして学校に向かおうとした俺に声を掛ける少女がひとり。
「ごめーん、お待たせ」
遠くから手を振ってこちらに駆け寄ってくる彼女は同じ高校であり幼馴染の春香だ。
「ごめんね、お弁当の準備にちょっと時間かかっちゃって。それじゃいこっか」
そうだ、俺は毎日春香と一緒に登校してるんだ。どうして今の瞬間、そのことを忘れてたんだろう。変な夢のせいでまだ寝ぼけてんのかな、それとも待つなんて久々だからかな、いつもなら俺が待たせる方だし。
「ほら、置いてくよ~~」
「ぉ・・・おぅ」
それからいつものように二人で学校に向かう。住み慣れた街、なんの変哲もない通い慣れた通学路。他愛ない会話をしながら歩く。
だけどなんだろう、この違和感。この世界で自分だけが浮いているような感覚。起きた瞬間からそうだ、自分の部屋に違和感を感じて、まるで昨日なんてなかったかのような、眠ることなく目覚めたような、自分がなぜここにいるんだろう、そんなことを思わせる。まるで思考が停止してしまっているような感覚。
「ねぇ、聞いてる?」
「ん?…お、おぅ…いや、ごめん」
「大丈夫?なんかぼぉ~っとしてるけど、体調不良?」
「いや、まぁちょっとな。目覚め悪くて」
「ふ~ん…いいけど、どこいくの?」
「え?」
彼女は交差点の歩道を渡りきったところで立ち止まっている。
「こっちでしょ?」
「え…あ、あぁ。ごめん」
考え事をしてる間に曲がるべき角を行き過ぎていた。周囲を桜の木で囲まれている公園。マンションやアパートの増えてきた都会の一角でこの公園だけが昔からの変わらない姿を残している。
駄目だ、今日はホンット駄目だ…。寝ぼけてるとかそんなレベルじゃない。ホントに頭働いてない。今日はおとなしく過ごそう。
それを実行すべく学校でも授業中は大半を寝て過ごした。
また変な夢でも見るかもという思いもあったけどそんなことはなかった。