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【小説】主人公、彼女に代わりまして

突如、世界の主役になった悠(ゆう)。
創造世界の異変と現実世界に訪れる崩壊、それぞれの思惑で動き出す創造者達、そして彼女の最後の言った言葉――

「だって、私が悠を殺したんだから」

すべての運命を託された少年は世界の終わりになにを見るのか

「ライターさんですか?」
「そうだ、パニッシュが狙うってことは罪があるってことだ。お前にとってな」
「僕にとって?」
「まぁいずれ…いや、できればそれを知る機会がないに越したことはないな」
「はあ」

歯切れの悪い言い方。でもイレイザーさんのそれは不思議と悪い気はしない。
真理世界は僕にどれだけの情報を与えるべきか量っている。
だけどイレイザーさんのそれは隠しているというよりは面倒なのか、もしくは僕の事を思ってという事が伝わってくる。
なんでだろう、イレイザーさん、フェイト、ライターさんの3人の中で一番ムカつく人なのに、好感度が一番高いのもイレイザーさんかもしれない。

「うわぁ…さすがの俺でもちょっと引くわぁ」

気づくといつのまにか扉の前に立っていた――が、これはなんとも…、

「うわぁ……」

思わず僕も声を漏らした。
重そうな鉄製の扉の上部に壊れて錆びて血まみれに見える形相の巨大な猫の顔の装飾、元が素直にファンシーな作りだったであろう事が伺える分、余計にその不気味さを増している。
まるで惨劇後が起きキープアウトされてそのまま閉園して廃れてしまった遊園地のようだ。

「おら、いくぞー」

ファンシーなお化け屋敷に目を奪われているうちにイレイザーはさっさと中へ入っていく。




意外だった。明るめのカーテン、可愛い家具に並ぶデフォルメサイズのぬいぐるみ達、部屋の様相は可愛らしいの女の子のそれだ。
挨拶もなしに土足で入ってくる僕達に目をやるも表情ひとつ変えずに言葉もかけない。

「よーいしょっとー。あーぁあ、めんどくせー」

親父くさい声を出しながら家主に許可も得ることなくベッドにうな垂れる。
その様子を目で追いながらもやはり口を開く気配はないパニッシュ。

「で、どういうこった」
「………」
「協力してやったんだ」
「………」
「どうして創造者が罰を抱えられる」
「………」
「ライターの罪はなんだ!」
「知らない。罪の事は罪に聞いて、私はパニッシュ、罰するもの」
「んだよ!手なんて貸すんじゃなかったぜめんどくせぇ!」
「あなたは―」
「ああっ?」
「どうしてヒーローを助けるの?」
「消えない為だろ。俺達は主役がいなければ存在意義がなくなる。存在意義を失ったものは存在し続けることができない。他に理由なんてあるかよ」
「………」
「んだよ、なんか言えよ」
「おかしなもの」
「喧嘩売ってんのか?」
「あなたは消し去るもの、なのに―――」

パニッシュが僕の方へ歩み寄る。

「ライターは罪人じゃない」
「あ?じゃあどうしててめぇが執行できる」

パニッシュは僕の目の前で立ち止まる。見上げてまっすぐ僕の目を見透かす。

「あなたは罰、私達の」

何かを振りかざすような体勢、迷いのないその行動は周囲に、空気に、時間に微動だすら許さない。
間髪いれずに振り下ろされた鎌は僕の体を裂き射抜く。
間一髪、反射的に伏せて鎌は当たらなかった。ライターもうまく攻撃を避けたようだ。
その動作で少年の覆っていた布マントの頭部が脱げる。
女…の子。
フードのように深くかぶっていたし、辺りも暗かったし、そもそも相手の顔を見る余裕なんてなかったから気づかなかったけど女の子だ。それに自分の持っていた印象よりもずっと小さい。

「てんめぇまだ!」

イレイザーが少女の振り切った鎌の柄を掴み、そのまま投げ飛ばす。
鎌の柄から手を話さない少女はそのまま叩きつけられた本棚と一緒に埃に沈む。

「壊さないでくださいよ」

ライターは命を狙われた直後だというのに大した事でもなかったかのように冷静な態度で愚痴をこぼす。

「え、あ、ちょっと…大丈夫、なんですか?」
「あ?これ?おまえ心配してんのか?消されかけたってーのによぉ」
「だってなんか、小さい子だったし」
「なんだ?お前ロリコン設定だったっけ?」
「違いますよ!」
「違いますね」

僕の否定の言葉にライターも重ねてきた。

「違う…」

さらに否定の言葉が倒壊した本棚の下から聞こえた。少しでも雑音があれば消えてしまいそうな儚い声。瓦礫を押し退け少女は立ち上がる。
後ずさる僕の態度を見て少女は口を開く。

「心配しないで、私はあなたの味方」

警戒心から自然と大鎌に目がいく。
それに気づいた彼女が鎌を持っている手を広げると鎌は影になりその手に吸い込まれるように消えた。

「パニッシュ」
「ぱにっしゅ?」
「私の名前、パニッシュ。罰するもの」
「ばっするもの」
「罪がなにしにきたんだよ。こんな狭い所でブツ振り回しやがって」
「帰る」
「おい!………ったくどいつもこいつも、めんどくせぇ」

パニッシュはイレイザーの静止を無視して部屋の奥に消える、イレイザーも特に追う事はしない。

「んで?こっちは話終わったのか?」
「え、えーっと…どんな話でしたっけ?」
「はぁ~、あなたを主役にするという話です」
「あ、あぁ。あはは、そうでしたね。今の出来事が衝撃的すぎて飛んじゃってました」
「しっかりしてくださいよ。あなたは主役になるんですから。あの程度の事で…」
「あの程度って!殺されかけたんですよ!大事(おおごと)ですよ!」
「あぁはいはいわかったわかった!いちいち声を張るな、めんどくせぇ。とにかくお前はイレギュラーを探して正体を突き止めろ。世界を狂わせている奴が必ずいるはずだからよ」
「イレギュラー、ってなんですか?」
「この状況を作り出したやつが必ずいる。真理世界の事なら俺達も手を出せるが創造世界ではお前がなんとかしなきゃなんねえ。違和感を感じるもの、記憶と違うもの、非現実的なもの、少しでもおかしいと感じたものすべてを疑え。世界のズレを修正しないとどうにも手が出せん」
「えっと、具体的にはどうしたらいいんですか?」
「わからん」
「え、いやわからんって…」
「とにかく見つけろ、話はそれからだ。とりあえずいくぞ」
「どちらにいかれるんですか?」
「どこって、送ってくんだよ。もう話もいいだろ、創造世界に返す」
「え、俺もっと聞きたいこと――――」
「どうせ聞いたってほとんどわかってねぇんだろ。夢じゃないってこと理解して、自分のやることがわかればそれで充分だ。おら、ついてこい」

イレイザーの勢いに押されて後ろをついていく。ライターも言葉をかけることなく目で僕を見送る。
外にでるとそこは一本の道だった。そう、初めて真理世界に来たときの道。彼女と走った道。

「もう一件寄るぞ」
「え?」
「パニッシュの所だ」
「パニッシュってさっき僕を殺そうとした――」
「いいや違うな。さっきあいつが狙っていたのはおそらくお前じゃない、ライターだ。そいつを確かめにいく。一応だが、あいつには気をつけろ」
「気をつけろったって、あんな鎌で襲われたらどうしようもないですよ!」
「違う、パニッシュじゃない。ライターだ」
「はぁ…そうですか」
「反応うすっ!主役だよ?!世界の中心だよ?!代理じゃない!私たち創造者全員があなたを中心に動くのよ?」
「だって、よくわかんねぇし」
「そんなにやる気がないならもうやめちゃいなさいよ!」
「え、やめれるんですか?」
「う~~~……、辞めれないわよっ!バカー!」
「え…あちょっと!」

フェイトは泣きながらどこかへ走り去っていってしまった。

「なんなんだよ……ん?」

ひとり取り残されても居場所もないし、溜め息ひとつに椅子に腰掛けた。その机の上にあった紙切れが目に留まった。

「『長瀬悠』、俺?」

1枚目は400字詰めの原稿用紙の真ん中に自分の名前が書かれているだけ。2枚目には2~3行程度の文字が並んでいた。


『道に横たわる、最後の力を振り絞って開いたまなこに映ったのは自身が身を挺してかばった彼女の静かな姿。風になびき降る桜のように灯火を散らす。』


なんだこれ?なにかの物語みたいだけど。

「どうしたんですか?フェイトが泣きながら走っていきましたけど」
「えぇまぁ、なんでしょうね…」
「おや、見たんですか。どうですか?自分の人生の感想は」

1枚目に名前が書かれていたから少し予想もしていたけどこの内容は―――

「これは、これから起こることなんですか?」

そう、こんな出来事に覚えは無い。それに…この内容はまるで死ぬ瞬間。

「いいえ、それは既に過ぎたシナリオ。あなたの人生の始まりから終わりまでを記したもの」
「えっ……既に過ぎたって」

そう言われて手に持った原稿を見直す。

「それじゃあまるで僕がもう死んでるような、って、えっ?始まりってこれ、最初じゃないですよね?」
「いいえ、それが最初のページ。そしてそれが君の物語のすべてです」
「でもこれ―――」

中途半端な始まり方だし、すべてって言われてもほんの数行しかない。これが俺の人生のすべてだって?

「ふふっ、腑に落ちないようですね。まぁ無理もありません。自分の人生がたった2行だなんてショックでしょうね」

この人ははじめからそうだ。表向きは人面のよさそうな笑みを常に浮かべているがそれはあえてこちらにプレッシャーをかけてその反応を伺っている顔。
相手を困らせて楽しんでいる、いわゆるサディスティックというイメージに近いものを感じる。

「気にすることはないですよ。それはあなたが主役になってからその生涯を終えるまでの物語。あなたの人生が薄っぺらかったわけじゃない。ただ主役になったのが死ぬ直前だった。それだけです」
「そう…ですか」
「おや、どうかしました?」
「いえ……その、やっぱり僕は死んだんですか?」
「えぇ、あなたはシナリオ上、死んだことになっています。おそらく…」
「おそらく?」

ライターは僕の手から原稿用紙を取る。

「『風になびき降る桜のように灯火を散らす。』文学的を気取りながらなんとも曖昧な表現。表面ばかりで中身がまるでない。こういう気取った文が一番癪(しゃく)に障るんですよ。結局主役は死んだんですか?!死んでないんですか?!このシナリオはこれで完結なんですか?!」
「ちょ、ちょっと。落ち着いてください!ぁちょっと破れる、俺の人生が破れる」

興奮して今にも原稿を引き千切りそうなライターを落ち着かせる。

「失礼、取り乱しました。しかし問題はそこなんです。いま、世界には主役がいない。故に不安定、既に崩壊も始まっています。このままではこちらの世界、私達まで消えてしまう。それを阻止するためにも今は主役の存在が早急なのです」
「崩壊。あの、その一帯が真っ黒になるあれですか?そういえば僕、あれに吸い込まれたんです!それで気づいたらここに。そうだあの時、春香と巻谷とそれにもう一人、大きな鎌を持った少年が現れたんです。そう、あれはまるで死神のような。それに公園が消えていくとき、平然とその中を歩いていったんです。もしかしてこっち側の人だったりしないかなって思って」
「それって―――」
「それってこいつの事か?」

イレイザーさんが戻ってきた。肩には大きな布包みを背負っている。

「ったくいきなり襲ってきやがって。なんだってんだめんどくせぇ…うおっ!」

イレイザーの抱えていた荷物が暴れだす。物ではなくマントに身を包んだ人だったらしい。
小柄なそれはイレイザーを振りほどくと右手を振り上げる。その手には巨大な鎌が握られている。
この子、公園にいた大鎌の…ってやばっ―――
少年はそのまま鎌をこちらに薙ぐ。