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【小説】主人公、彼女に代わりまして

突如、世界の主役になった悠(ゆう)。
創造世界の異変と現実世界に訪れる崩壊、それぞれの思惑で動き出す創造者達、そして彼女の最後の言った言葉――

「だって、私が悠を殺したんだから」

すべての運命を託された少年は世界の終わりになにを見るのか

気がつくとそこにいた。
大きな黒板が前面に掲げられ、規則正しく並んだ机には広げられた教科書とノート。そしてクラスメイト達。そう、ここは学校、通いなれた教室だ。と思ったが微妙に違和感を感じる。一瞬、慣れた場所だと勘違いするほどに類似した全く初めての場所。

「おかえり」

隣の席の女の子が声を掛けてきた。

「いい夢見れた?」

相手は―――春香だ。

「春香?………なんでっ!」

驚いて椅子を吹き飛ばす勢いで席を飛び立った。突拍子も無い叫びはクラス中の注目を集めた。

「どうした長瀬」

授業中における生徒の奇行に対して先生は取り乱すことなく落ち着いた様相で問う。

「え…いやその………」
「まぁいい。立ったついでに答えなさい」
「えっと…その~……」
『―――――エル』
「え?」

春香が小声でなにか言っている。全神経を耳に傾けつつ唇を読む。

『―――スコザビエル』
『ザビエル?』
『サンフランシスコザビエル』
「さ、さんふらんしすこ……ざび、える」

僕の答えに教師は返事を返さない。長い人生に刻まれたしわで細められた目が無言のプレッシャーを感じさせる。
徐々に教室のあちこちから小さなせせら笑いが沸いてくる。

「……………座りなさい。今は数学の時間だ」

恥ずかしさをこらえ静かに席に着く。春香はそんな僕を横目に悪どく笑っている。こいつ、やりやがった。怒りをあらわにひと睨みかましてすぐにそっぽを向いてやった。
なんだってんだ。なんでこんなにラフな空気なんだ。ったく、大変な目にあって帰ってきたばっかりだってのに。


ついさっきまでの出来事を思い返す。頭の中がふわふわしてずっと遠くの出来事の様に感じられるけど、はっきりと覚えてる。

真理世界

創造者達



主人公

自分はなんなんだろうか、
今いる場所は本物の世界だろうか、
いま隣にいる春香は、なんなんだろうか。
僕は隣の席の春香を見る。春香はそれに気づいて笑ってみせる。
単に笑っただけなのか、意味は無いのか、それともすべてわかっているのか、俺を小馬鹿にしているのか。色んな可能性が頭を巡って考え過ごしてしまう。
はぁ…まったくなんだってんだこの世界は。
いろいろあったわりに結局なにがなんだかさっぱりだ。向こうの世界で会った人たちも好き勝手しゃべるばっかりで説明らしい説明なんて全然してくれない。
主人公(代理)である俺の存在が重要というわりに蹴ったり斬ったりのしつけられたり随分な扱いばかり。
この非日常に振り回されてばかり、こうして当たり前のように授業を受けている今も…


学校が終わるまでおとなしくしていた。大抵のことは黙って受け入れる心構えで自分のおかれた状況を観察した。といってもわかったことなんてほんのちょっとだけど。
どうやら今の俺は2年生になってるらしい、学年が変わったのならクラス替えがあって春香が同じ教室にいたとしてもおかしくない。
その春香が一緒に帰ろうと言ってきた。俺もそのつもりだったしちょうどよかった。俺にとって世界の変化の糸口は春香しかない。とりあえず春香を見極めないといけない。本物か、前に会った偽者か。そしてどちらにしても話を聞かなきゃいけない。
僕を見て、春香を見て、パニッシュを見て、
そしてまたうつむき積み木に手を伸ばす。

「神様って、こんな子供がか?」
「そっ。そして世界の異変を起こしたのも神様本人。なんでかわかんないけど元の世界に戻ろうとするあなたをここに連れてきて、その扉から偽者の世界に送った」
「偽者の…じゃあやっぱり俺が今までいた世界は」
「あれは同じようでまた別の世界」
「そうだったのか……こいつ、人のこと変な世界に送り込みやがって。っ!それじゃあもしかして俺達が死んだのも!おまえっ!」
「待って!」

春香は神に食いかかろうとする俺の腕を掴んで制止する。

「あの子にだって理由があるはず!聞いてあげないと!」
「離せ!あいつがお前を殺したんだろ!」
「お願い落ち着いて!じゃないと」

パニッシュが僕の横を駆け抜ける。手には鎌を携えており進行方向にいるのは幼き姿の神。

「悠、とめて!」

とめろと言われたってパニッシュはもう届かないところにいる。それに――
パニッシュは神にその刃を向ける。それでも神は無造作に次の積み木を重ねるだけでそちらを見向きもしない。
容赦なく迫る死神の鎌。
その先端が神を捉える―――直前で止まった。
パニッシュの鎌は見えない壁にでも憚られたように神に触れられる数ミリ手前で軋みをあげて遮られている。
神はゆっくりと手を伸ばし鎌の先端に触れる。
その途端、パニッシュはまるで砂が舞うかのように消えていく。

「もう~、だから言ったのに」
「パニッシュ…なぁおいどうなってんだ、パニッシュが消えちまったぞ」
「大丈夫よそんなに慌てなくても、消えただけだから」
「いや消えただけって――」
「パニッシュは創造者、形は重要じゃない」

神の眼前に影が集まる。それは徐々に形を成していき人をかたどる。その姿は、パニッシュ。

「パニッシュ?」
「なーんかやばいかも…」
「無事だったんだ、よかった」
「よくないわよ!確かに悠は大丈夫かもしれ……だいじょ~ぶかも~~……あ~、あれ?」

春香は自分の腕に目をやる。その手はしっかりと僕の腕を掴んでいる。

「ちょ、ちょっと!なんで腕掴んでんのよ!」
「は?え?腕掴んでんのはお前だろ?」
「そうよ私よ!なんで触れられんのよ!え?えっ?!」

春香はベタベタと、グニグニと僕の顔を揉みしだく。

「んぐっ…ちょ、ぐねっ……おま――っおい!」
「あ、ごめん。つい嬉しくて」
「は?嬉しい?」
「伏せてっ!」
「のわっ!ぶへっ」

春香が僕の頭を床に押し付ける。

「ぉまえまた、なにすん―」
「んもぅ…戦闘ものじゃないっつーの……」

春香は僕の頭を押さえつけているのと反対側の手で前にかざしていた。
手の平の前に見えない壁一枚隔てるようにパニッシュの鎌を受け止めている。

「なめないでよね、私だって!」

パニッシュが先ほどと同じように、欠けたドットが風になびくように消えていく。

「今は神様なんだから」

そう言って少年に悪く笑ってみせるけどその顔に余裕はなく額には汗が滲んでいる。

「ルール違反なんじゃないの?罪もないのに罰を与えるなんて。それとも真理世界に創造世界のルールは関係ないのかしら」
少年が動く。立ち上がりその顔をこちらに向ける。

「居場所」

初めて聞く少年の声、見た目のイメージ通りの幼い声。

「居場所?」
「世界が欲しい。僕を受け入れてくれる」
「受け入れるも何も、君の世界でしょ」
「僕の世界。だから僕の好きにするんだ」
「なくなっちゃったら元も子もないでしょうに。どうして悠を消そうとするの。ていうか私をどうしたいのよ、あんな殺し方して。いくら君が神様でも、創造者達だって黙ってないわよ。彼らは世界を失う事をなによりも恐れてる」
「それでもやめない。主役にしてもらうんだ」
「主役?ちょっとそれってどうい―」

途切れる春香の声。不意に束縛を解かれた。解かれたというより消えた。音もなく、余韻もなく、忽然と姿を消した。

「まだ、早いんだ」

その言葉を聞いた次の瞬間、一瞬意識が途切れる。
「んはっ!」

気がつくと真っ白な空間にいた。右も左も、上も下も、自分が立っているのかさえわからない。見渡す限りの白。
そうだ俺っ!
上着をめくって自分の腹部を確認する。
無傷だ……確かに斬られたと思ったのに。
ガラガラと温もりのこもった倒壊音、見ると白い半そでのシャツに白いハーフパンツ、色白で白髪の少年が座っていた。目の前には積み木が散らばっている、今の音はそれが崩れた音だろう。
少年はうつむいたまま指さす。

「あっちだよ」

この空虚な空間に扉がひとつ浮いている。僕はそちらへと歩む。
少年の言葉に疑う余地も持たずそれが決まった事のように足を進める。
と、そのとき、首元に悪寒の走るような嫌な気配を感じる。顔を動かすことができず目線だけを下にやるとあごに幅のある刃が添えられている。

「とまって」

背後から聞こえてきた声はパニッシュ。って事はいま俺の首を狙ってるのはあの大鎌か。
全身の毛穴から冷や汗が噴き出し、唾を飲んで跳ねる喉が刃に食い込む。

「っ……ぁ……」
「とまった?」
「ととと止まりますよね、これ普通誰でも………は…はやくこれ、下げて、くれません…か?」
「大丈夫」

鎌が一気に引かれ、すんなり首を抜ける。

「っっなあぁ!!!!…………って、あれ」
「私達、触れられないから」
「冗談が過ぎるだろ!マジ死んだかと思ったぞ!」
「ふふっ、どっちが冗談よ、死ぬだなんて。もう死んでるくせに」

白髪の少年より後ろ、懐かしく聞きなれた声。その主に驚きを隠せなかった。

「なんちゃって」
「春香!」
「ひさしぶりっ」

動揺している俺に対して春香はいつも通りの軽い挨拶を飛ばす。

「おまえ無事だったのか!……いや、おまえ、春香か?本物の」

そう、ひさしぶりと挨拶されても、俺の方はこちら側に来る直前まで春香と一緒にいた。様子があまりにもおかしいから何かあるんじゃないかとは疑ってたけど、もしかして偽者だったのか?それとも今、目の前にいる春香も偽者で俺を騙そうとしてるなんてことないだろうか。

「試してみる?」
「ど、どうやってだよ」
「ん~~~…パンツの色とか」
「知らねぇよ!お前がなに穿いてるかなんて」
「ざっんね~ん、見せてあ・げ・た・の・に」
「いいよいらないからそういうの!」
「あはっ」
「お前なぁ、こんな状況だってのに、ほんっと緊張感ないんだから」
「そんなことないよぉ。ちゃんと真面目な話しに来たんだから~。ね、神様ちゃん」

白髪の少年がゆっくりと顔をあげる。

「神様ちゃん?」
「そう。この子が私達の世界の神様よ」
「神様…この子供が!?」