『無理だよ。神様がいて、創造者がいて、なんでもできる魔法みたいな世界に見えても、それなりのルールや限度があるの。そじゃなかったらこんなややこしい事にはなってないよ。
私や悠が生き返ることができて、それで世界が元どおりに戻せるなら、とっくにそうしてるわ』
「はぁ…」
思い返してため息をひとつ漏らす。隣の席で授業を受けている春香に目をやる。今日も教師のつまらない子守唄ご教室に響く学校生活は平穏そのものだ。俺がいて、春香がいて、変哲も無い時間が過ぎていく、これじゃあだめなんだろうか、今でいいんじゃないだろうか。創造者達の世界に飛ばされていろんな不可思議なものを見てきた。理解の範疇を大きく超えた話をされた。もうそれが夢だったなんて思ってないし信じてないわけでもない。だけどよくよく考えたら実際の世界で起きた事といえば、橋が消えたらしいのと、公園が消えたのと、たったそれだけ。それらも今は何事もなかったかのように当たり前にそこにある。今の状況に何も不都合な事なんてない。
あぁそうだ、巻八の件もあったな。
そう思い返しながら巻八を教室内に探したが、あぁそうだった、今はもう違うクラスだったんだ。記憶の辻褄は合ってるとはいえ、急に学年が飛んだ感覚もないわけではなく、よく前のクラスと今のクラスを混同して考えてしまう。あれはあの時でショックだったが喉元過ぎればなんとやら、今となってはそんなに大きな事件としての印象はとどめていない。
ため息をもう一つ、目を落としたノートは綺麗な白紙だ。
と、教室の静寂を破る机を引く音。反射的に顔を上げると春香が立ち上がっていた。一体どうしたんだ。
という当然の疑問を抱いているのは俺だけらしく、他の生徒は見向きもせず、教師も黒板に向かって念仏を唱え続けている。
春香は無言でそのまま教室を出ていった。周囲は透明人間を見送るかのように完全な無視。急なことに加えて授業中の雰囲気もあって自分も声をかけることができなかった。どうしたもんかと周囲を見渡し妙な焦りにツバを飲み込む。しかしまぁやはりここは追いかけるべき…なんだろうなという直感を恐る恐る行動に移す。バレずに行う事なんて不可能だとわかっているけど、あまり音が立たないようにゆっくりと椅子を動かす。ゴムと床の擦れる音がいつも以上の音量で教室に響く。手を上げてなにか理由をつけて出るべきだったかという後悔を思いながら立ち上がる。クラスメイトも先生もまるで自分を気にしていない様子、さっきの春香と同じ扱いだ。
悪いことをしている気持ちを振り払い静かに教室を抜け、廊下を走って春香を探した。