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【小説】主人公、彼女に代わりまして

突如、世界の主役になった悠(ゆう)。
創造世界の異変と現実世界に訪れる崩壊、それぞれの思惑で動き出す創造者達、そして彼女の最後の言った言葉――

「だって、私が悠を殺したんだから」

すべての運命を託された少年は世界の終わりになにを見るのか

今日も相も変わらず授業が全く身に入らない。昨日、春香と公園で話したことが頭の中で反芻される。

『無理だよ。神様がいて、創造者がいて、なんでもできる魔法みたいな世界に見えても、それなりのルールや限度があるの。そじゃなかったらこんなややこしい事にはなってないよ。
私や悠が生き返ることができて、それで世界が元どおりに戻せるなら、とっくにそうしてるわ』

「はぁ…」
思い返してため息をひとつ漏らす。隣の席で授業を受けている春香に目をやる。今日も教師のつまらない子守唄ご教室に響く学校生活は平穏そのものだ。俺がいて、春香がいて、変哲も無い時間が過ぎていく、これじゃあだめなんだろうか、今でいいんじゃないだろうか。創造者達の世界に飛ばされていろんな不可思議なものを見てきた。理解の範疇を大きく超えた話をされた。もうそれが夢だったなんて思ってないし信じてないわけでもない。だけどよくよく考えたら実際の世界で起きた事といえば、橋が消えたらしいのと、公園が消えたのと、たったそれだけ。それらも今は何事もなかったかのように当たり前にそこにある。今の状況に何も不都合な事なんてない。
あぁそうだ、巻八の件もあったな。
そう思い返しながら巻八を教室内に探したが、あぁそうだった、今はもう違うクラスだったんだ。記憶の辻褄は合ってるとはいえ、急に学年が飛んだ感覚もないわけではなく、よく前のクラスと今のクラスを混同して考えてしまう。あれはあの時でショックだったが喉元過ぎればなんとやら、今となってはそんなに大きな事件としての印象はとどめていない。
ため息をもう一つ、目を落としたノートは綺麗な白紙だ。

と、教室の静寂を破る机を引く音。反射的に顔を上げると春香が立ち上がっていた。一体どうしたんだ。
という当然の疑問を抱いているのは俺だけらしく、他の生徒は見向きもせず、教師も黒板に向かって念仏を唱え続けている。
春香は無言でそのまま教室を出ていった。周囲は透明人間を見送るかのように完全な無視。急なことに加えて授業中の雰囲気もあって自分も声をかけることができなかった。どうしたもんかと周囲を見渡し妙な焦りにツバを飲み込む。しかしまぁやはりここは追いかけるべき…なんだろうなという直感を恐る恐る行動に移す。バレずに行う事なんて不可能だとわかっているけど、あまり音が立たないようにゆっくりと椅子を動かす。ゴムと床の擦れる音がいつも以上の音量で教室に響く。手を上げてなにか理由をつけて出るべきだったかという後悔を思いながら立ち上がる。クラスメイトも先生もまるで自分を気にしていない様子、さっきの春香と同じ扱いだ。
悪いことをしている気持ちを振り払い静かに教室を抜け、廊下を走って春香を探した。
店を出て春香を追う。
春香は俺を気遣うそぶりも見せずに公園へと入っていく。
俺も少し早歩きでその背中を追いかける。
公園のベンチに腰掛ける春香、その片方へ寄った座る位置から、俺に隣へ座るようにと合図を出している。

「ったく、どういうつもりだよ」
「なにが?」
「なにがじゃないだろ、金も払わず店出てって。ありえねーだろ」
「あぁそか。へへ、大丈夫だよ。ここは私の世界なんだから。何したって罪にはならないしなんの問題もないよ」
その言葉の後ろめたさのなさを揶揄するように悪意のかけらもない笑顔で答える。
「問題ないって、いや…」
俺はそれにどう反応すればいいのかわからずに言葉を詰まらせた。
少しの間、会話もなしのおやつタイムを過ごした。
春香は公園で遊ぶ子供達を目で追っていた。
明るい顔をしていたが、その表情はどこか、寂しいものを感じさせた。
「ねぇ、悠」
「ぁ…うん。なに?」
急に振り向かれたので少し驚いてしまった。彼女の横顔を眺めていたことが少し恥ずかしかったのかもしれない。
「この世界は好き?」
「なんか、急に哲学だな」
「難しくなんかないよ。簡単で単純な事だよ」
「そういわれても……。今は余計にわかんねぇ
よ。色々信じられないことがありすぎて、もうこの世界がなんなのかとかもわかんねぇよ」
「うん………、そか。まぁ、そうだよね」
少し寂しそうにうつむく彼女、しかしあまり間をおかずに口を開いた。
「わたしはね、嫌いだよ」
うつむいたまま呟いた。別に予想してたわけではないけれど、彼女から発せられる言葉としてはちょっと意外に感じた。
「わたしはね、この世界が嫌い。私を殺したこの世界が嫌い。悠を殺したこの世界が嫌い。それでも平然と日常が流れてるこの世界が嫌い。
………前は、すごく好きだった。なんでだろうね」
涙まではいかないけれど、浮かない顔のまま苦しい声を出す。こんなときにどうしていいかわからないのは、世界に翻弄されて立ち往生してる時よりもよっぽどつらい。
「あのさ、なんとかなんないのか?」
「え?」
「なんかよくわかんないけど。生き返ったり、元の世界に戻ったり。そういうのってできないのか?神様とか創造者とか、そういうのがいてこの世界を創ってるっていうんなら、元に戻すことだってできるんじゃないのか?」
そうだ、あいつらがこの世界を創ってるっていうんなら出来るはずだ。いや、できなきゃおかしいだろ。理不尽で不条理ばかりで、それなのに自分達の願いは何一つ形にできないなんて間違ってる。こんななんでもありな世界なら何かあるはずだ。元の日常に戻れる何かが。
春香は少し驚いた様子で、荒げた僕の顔を見つめた。俺はどこか助けを請うような気持ちで、きっとひどい顔をしているに違いない。
春香は目を閉じ、少し深めに息を吐いて、重く口を開いた。
「無理だよ」
それは俺が予想していた返事。そして一番聞きたくなかった答えだった。

放課後、帰り道を2人で歩く。慣れた光景だ。
春香はよく喋る。学校でのこと、家でのこと、昨日見たテレビのこと、彼女の口から話の種が途切れることはなかった。

自分はというとこれまでの出来事に頭を抱えて余り話半分にしか聞いていなかった。

「ねぇ、悠?悠ってば」
「ん?あぁ」
「私の話、聞いてなかったでしょ?」
「あぁ…まぁ、悪い」
「もう。あ、ちょっと待って」

思いついたように春香は通り沿いの駄菓子屋に飛び込む。通学路の通り沿いの俺が生まれるより前からあるであろう古びた商店。
頻繁ではないが幼い頃から何度も立ち寄ったことはある。

後を追って敷居をまたぐと中では春香がお菓子を見繕っていた。

「ん~~、今日はこれかな。はいっ」

自分の選んだいくつかの菓子を俺に渡す。おそらく俺一人の分だろう、春香の分であろう菓子は自身で抱えている。
「よしっ」

お菓子の選出に満足した春香はそのまま店を出る。

「え、あ…おい!」

あまりに急な、一片の迷いもない行動に戸惑いながらも制止の声をかけるがいかんせん自分も商品を抱えているため、手も伸ばせないし店も出れない。

「おい!…ちょ、マジかよ」

俺は急いで無人のレジ台に適当な額を置いて足早に春香を追いかけた。