【小説】主人公、彼女に代わりまして

【小説】主人公、彼女に代わりまして

突如、世界の主役になった悠(ゆう)。
創造世界の異変と現実世界に訪れる崩壊、それぞれの思惑で動き出す創造者達、そして彼女の最後の言った言葉――

「だって、私が悠を殺したんだから」

すべての運命を託された少年は世界の終わりになにを見るのか

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「ねぇ、2人で全部消しちゃおうよ」

寝そべっている俺の逃げ道を両手足で奪い、艶かしい瞳で見つめられる。たいていの男子高生なら脈を早めずにはいられない状態だ。

「春香が、そうしたいの?」

このときの春香の言っている事を、俺はちゃんとは考えていなかった。かわいい女子高生に跨られて混乱していたわけじゃない。春香の言ってることが正しいことだとも思ってなかったけれど、別にそれならそれでもいいと思った。あまりなにかを深く悩む気分でもなく、ただこの場の流れに乗ることに躊躇いを感じなかった。それだけだと思う。

「いいよ、終わらせよう」

ちょうど終業のチャイムが鳴る。耳に響く音にお互い小さく反応した。

「ありがと」

そう言って春香は俺の上から身体を退けた。少し軽やかに梯子に足をかける。

「悠、好きだよ」

春香の満面の笑み、それに俺はあまり表情を変えずに軽く返した。
春香が屋上から出ていく扉の開閉音を聞き届けて、ふたたび背中を屋根につけた。

「終わらせる、か」

春香の言葉を改めて反芻する。それから会話を思い出す。

(みんな作り物、世界も人生も、俺自身も…)

このまま謙虚な気持ちでゆっくりと悩みを煮込みたい気分だったけど、それは始業のチャイムに阻まれてしまった。

「やべ、戻んないと」

実際にはあまりやばいとは思ってなかった。さっき教室を抜け出した時みたいに周りに気にされず戻れるんじゃないかという気がしていたからだ。そう思いつつ自然と足早にはなったいたが。
教室の扉を遠慮はなしに開ける。皆の視線が一斉にこちらに向いたが担当の先生はまだ来てなかったため、特に何という問題は起きなかった。
どれくらいそうしていただろうか。
チャイムが聞こえた記憶はないからそこまで長い時間ではないだろう。
程よい風が気持ちよく、突き抜けた色付きの宇宙は自分の小ささを改めて思い知らせるとともに他の全てを忘れさせてくれるようだ。この一時を感じるのがとても贅沢で、授業を抜け出した不安や後ろめたさはとうにどこかへ消え去っていた。
同じく隣で寝そべっている春香も目を閉じ、寝ているのではないかと思わせるほど静かだ。

「ねぇ」

春香が仰向けのまま、天に向かって声をかける。

「ん?」
「全部終わらせちゃおっか」
「…………」

意味はわかるが具体的にどう受け取ればいいのか。返事を返すことはできなかった。しかし表情では答えを返背ていると思う。相変わらず空を仰いでいる彼女にそれが伝わっているかは自分の知るところではないが。

「結局さ、みーんな作り物なんだよ。この空も風も、街も学校も、友達も親も、今日までの思い出も、自分自身の全部みーんなただ作られただけのもの。悠とこうしてるのだって、あたしがしゃべっていることだって、本物かどうかわからない。誰か他の作り物かもしれない。自分なんてどこにもないし、一言一句、一挙手一投足が絵本の出来事、人形遊び、神様の暇つぶし。
そのことを、もう悠だって知っちゃってるんだよ?気持ち悪いと思わなかったの?そんな世界で生きていける?たった2行で終わった生涯の残り物を維持するためにただ存在するだけの自分。馬鹿馬鹿しいと思わないの?」

いつの間にかこちらを向いて、きつく睨んでいるのに寂しげに感じさせる表情。最近何度も見ている俺の知らない春香がそこにいた。
春香は俺が反応するよりも早く身体をこちら向きに起こし、そのまま寝ている俺を見下げる形に膝立ちで覆いかぶさった。

授業中の教室を抜け、他の教室の横を走り抜け、人目のないであろう階段で一息ついた。
さて、春香を探したいのだけどそもそも授業を抜け出すなんてことが前代未聞。彼女のオススメのサボりスポットなんて知るわけもない。校内に2人の特別な思い出の場所があるわけでもなく、探す当ては皆無に等しい。しかし、当てずっぽうにとりあえずでも一か所、思いついた場所に向かっていた。

「ま、こういう時のど定番だよな」
階段をあがりきり、他の教室とは異した形の扉を開ける。

厳重かつ単純な柵に囲われ、それとは裏腹にどこまでも自由な快晴の広がる場所。青春の味方、屋上だ。と言っても実際にそんな青春を過ごしてる人がいるわけでもなく、そもそも普段は立ち入り禁止となっており、俺自身も初めて来たけど。

軽く見渡しても春香の姿はなかったが、すぐに見つけることができた。
振り向き見上げると出入り口の屋根に彼女の膝から先がうな垂れていた。
自分も簡素なパイプ梯子を登る。少し期待を煽るスカートをバレないように気にしながら頭一つ抜けたところで、寝そべっているのが彼女であることを確認し、上まで登り切る。

「なにしてんだよ」
「なにって、別に。なんかつまんなかったから」
「いや、つまんなかったって…」
「いいの、誰も何も思わないんだから。でしょ?」
「確かにそうはそうだったけど」

なんと言っていいやら。とりあえず常識的なことを言ってはみたけど、そもそも本能的な直感で追いかけてきた手前、それからどうしたいのかというと特に希望があるわけでもなかった。

「おいでよ」

寝そべったまま春香が隣へ誘う。

「あぁ、うん」

少ししどもどしながら隣へ座る。

「そうじゃなくて」

春香は座った俺の背中側の床をペシペシと叩いて催促する。その意味を汲み取ってゆっくりと、春香と同じ格好になる。

「どぉ?初めて授業をサボった感想は」
「どうって言われても」

改めて見上げた景色、空を広いものだと感じたのはいつぶりだろうか。青一色に染まる眼前はもはや近いのか遠いのか、高いのか低いのか、不思議な感覚に吸い込まれる。

「まぁ、悪くはないかもな」