前回の続きを書きますね(^-^)
『やっぱり旦那といたらダメになるのかもしれない』
と思うようになった。
『自分からまた出ていくとは言えない…』
『そぉだ、出て行ってほしいと言ってもらえばいい
んだ!』
そぉ思い、旦那を避けるようになった。
39歳の時その時がきた!
旦那から、『出て行ってほしい』
やっと言ってくれた!!
すぐに『わかった、アパート探すわ』と私
その事を友達に話したら、『私のサロンに借りてる
マンションに住んだら?』と言ってくれた!
こんなタイミングで凄く嬉しかった(*^^*)
私は娘を連れてすぐに友達のマンションに引っ越し
た。
朝は娘が高校生だったため駅まで送り、仕事も始め
た。その時はリストカットも止まっていていた。
だが、そんなに仕事も長くは続けられなくなり、と
うとう出勤できなくなってしまった。
病院を受診、『適応障害』とまた言われた。
その後、職場に相談し傷病手当をもらえるようにし
てもらった。
うつ状態が続き仕事ができるような状態ではなかっ
た。
その後、息子もマンションにくるようになり、3人
暮らしを始めた。
1年後、娘の高校を卒業を期に3人で引っ越しをする
事とにした。
新しく選んだアパートは娘の専門学校にも近く、新
築物件の2LDK、住み心地もよく症状も軽くなった。
仕事を辞め、また新しい職場へ、しかし突然、息苦
しくなり過呼吸が始まった、時間がたつにつれて両
手、両足がしびれ硬直する、呼吸が荒くなっていき
口のまわりまでしびれてきた。
『苦しい!痛い!』
手が固まって携帯さえ持てない、しゃべる事もでき
なかった。
2、3時間たった頃、娘が帰ってきた、『救急車呼ぶ
?』私は『うん』とうなづいた。
病院に搬送され点滴を1時間かけていれてもらい、
やっと落ちついた。
その日はそれで帰宅。
その後毎日入浴するたび過呼吸になり、病院受診、
『過呼吸症候群ですね、しばらく安静をとってくだ
さい』
また、診断書がでて傷病手当となった。
毎日過呼吸になり、両手、両足がしびれてきたら急
救車を呼ぶの繰り返しだった。
引っ越しをして1年半後、子供達は働けない私をみか
ねて旦那の元へ戻っていった。
1人ぼっちになった…
『このままでは生活できない…』と何度も新しい職場
にチャレンジしたが続かなかった。
今度は、過呼吸、うつ状態、拒食症もでていて大変
でした。
仕事がしたいのにできないとゆー辛さ、身体が思っ
たように動いてくれないとゆーはがゆさが焦りにな
りひどくなったのかもしれません。
また、書きますので是非よんでください。
最後まで読んでくださりありがとうございました\(^-^)/