しばらくブログを更新せずすいませんm(__)m

今日はちょっと複雑な関係をお話ししますね。






33歳の時、旦那はあいかわらずお酒をたらふく飲ん

でいた。変わらない旦那にあきあきし、離婚を決意

子供達と相談を始めた。

娘は私と一緒がいいと言ってくれた、息子は旦那1

人じゃかわいそぉとゆーので息子は旦那のところに

残ると言った。

そしてある日、離婚を旦那にきりだした、『何も変

わってないやん、戻る時約束した事忘れたん?、

やっぱり離婚しよ』

旦那も納得して今回の離婚は成立した。

アパートを借りて、仕事も復帰でき順調だった。

病院には行っていたが症状も落ちついていた。


1年すぎた頃、息子の誕生日にプレゼントを買ってあ

げたくて旦那と息子に会う事になった。

会う日の前日、旦那と久しぶりに話しをした。

今の生活状況や、娘や息子の事、仕事の事など、長

電話をした。

翌日、息子にサッカーボールを買ってあげた、とて

も喜んでくれた。

お昼ご飯を食べて別れた、娘と息子はとても楽しそ

うにしていた、『やっぱり一緒にいた方がいいのか

なぁ』と思うぐらいだった。


後日、旦那から連絡があった、話ししていると『戻

ってこいよ、子供らを離しとくのはかわいそうじゃ

ないか?』と言われた、2ヶ月後その後も話し合い、

籍を戻さず同居生活をする事となった。

しかし、旦那のところに戻った瞬間から料理ができ

なくなり体調の変化がでてきた、不眠症も始まった

、そのせいか再びリストカットが始まったのだ、み

んなが寝静まった頃『サクサク……』気分がよかった

何故か自分の血をみると安心するのだ。

『私がこんなんだからだ!、何にもできないからだ

!』と何度も責め始めた。


そんな日々が続き病院受診も週1回のペース、しかし

、よくはならなかった。

とうとう、首つりを考えるようになった。

携帯で首つる方法を検索する。

長いタオルをつなぎ合わせると楽にいけると書いて

あった、そのようにして玄関のとってにタオルをか

け準備はできた。『これで楽になれる。』

首をかけ足を落とした、『苦しい…』

気が遠くなっていくのを感じた、『もう少しだ』と

思った瞬間地面に落ちた。しばらく呆然としていた。

『失敗した…』

タオルがほどけてしまったのだ。

それ以降の記憶がない、どれくらいたったのだろう

気がついた時には後悔、『逝けなかった…』

2階から旦那がおきてきたのがわかった、あわてて

キッチンへ戻る。

首にはくっきりとタオルの圧迫痕が残っていた。

家族全員がでて行ったあと、またリストカット、

『何故死ねなかたんだ!あと少しだったのに!』

自己を責めたてた。


病院受診、その事を先生に話した、『入院しましょ

う、もぉ危ないから』

私は断固拒否した。結局、自宅療養となった。


旦那は、一品料理屋さんで毎日酒飲み、私は送り迎

え、でもそれの方がよかった、子供達と3人でいれた

からだ。

その後、しばらくしてリストカットはおさまった。

仕事を始めよぉ、面接もとうり仕事に出勤を始めた

が足がすくみ動けない、『何で?』

今までできた事ができなくなった。

結局、すぐ辞めてしまうこととなる。


病院を受診、先生に話す『仕事ができなくなってる

』先生は『適応障害ですね』と言った。

認めたくない、また新しい職場にチャレンジするが

結果は同じ、長く続かなかった。








このときは遠くに行きたいとしか思ってなかったん

ですね、死にたいとは思ってなかったんですよ、で

もそれが死ぬ事に直結する事さえわかっていません

でした。飛び降りの時も一緒ですね、死にたいって

自殺願望がある人より、消えたいとか遠くに行きた

いとか思っている人の方が多いと思いますよ。


最後まで読んで下さりありがとうございます。

また更新しますね(*^^*)