直感が私の幸せな人生の道しるべ 癌専門カウンセラー -20ページ目

直感が私の幸せな人生の道しるべ 癌専門カウンセラー

看護師と心理カウンセラーによる自分の命・時間を愛し大切してます。
がん専門 & 人間関係の悩み専門カウンセラーのこっちゃんです。
病気やストレス生活から健康を取り戻す力に 希望の水を注ぎ開花させましょう。

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私は保育園に通園していた

両親は共働きで、姉上は小学生

それぞれの役割を果たしていた。

 

正直、あまり私自身の記憶が少ない

 

ん〜っと、リストアップするなら

毎日、母上がバイクか自転車自転車

乗って通園していたこと

通園途中に蛇ヘビがで出て

「リンリンベル」とベルを鳴らして

避けてもらったこと

プール開き浮き輪でテープカットをしたこと

幼馴染の家によって遊んでいた時に

オバちゃんが目の前で着替えた衝撃びっくり

運動会で走る人母上とかけっこしたこと

皆んなの個人で描いた絵カラーパレットの展示会

私のを家族で探して見つけた思い出

消防署消防車の見学の時に絵を描いて表彰されたこと

 

母上に聞いてみた

「どんなだったの?私の小さい時?」

母上は言った

「最初、通園し始めた時に

嫌がってたんだよ

だから、

心配になって保育園に送った後、

こっそりと門のところに隠れて

 様子を見てたわ〜

でもね、少し慣れてきたら

楽しく通園しだしたんだよ」

 

「すぐ友達もできたしね。」

 

へ〜そうだったのか。

子供だから親と離れるのが

嫌だったのか

不安だったのか

わからないけど

 

そういえば

こんな話を聞いたことがある

出産で母のお腹から

外の世界に出てくる時

恐怖えーんを感じるらしい

何故なら

今までお母さんの子宮で

居心地よく過ごしていたのに

知らない世界に出てくるからとのこと

 

でもね、母に抱かれて安心すると

泣き止む

産まれてからも

きちんと

母親をこの人だと把握するらしいガーン

人間ってきちんと

産まれながらにもって

安心できる爆笑

ミルクが欲しい時と

オムツを替えて欲しい時など

違った泣き方らしいよ

他にも

ヨチヨチ歩きが出来るようになる

立ち上がることができる

1人で歩ける

色々な本能や力をもって

産まれてくるんだもんだね

人間を始め

動物ってすごいな〜って思うわ

 

今日はここまで

最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

 

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今回は 姉に私の幼少期の頃の思い出を聞いてみた

 

『んーーマイペースだったから正直記憶が少ない』

 

あらーそうなのね。

出産日に 姉は父上に本屋に連れて行ってもらったらしい

私と母上が退院した後、公団の花壇で私を抱っこして

写真を撮ったこと

が思い出に残っているんだ〜って教えてくれた

ありがとう 可愛がってくれて姉上

 

私がベビーベッドでね

くつろぎながら?スクスク育っている時期

姉上は水疱瘡になったみたい

 

姉上は

私にちょっかいを出しにベビーベッドにやってくる

そして、

私は 姉上から水疱瘡をもらったのだ

姉妹揃っての水疱瘡

 

他には

私も姉上も熱性けいれんを

起こしたようだ

(それぞれの時期にね)

子供自身も色々と経験し

それを見守る親も色々と経験し

お互い成長していく

まさに2人3脚

(うーーっんと家族4人だから何人何脚だ?)

 

姉上の行動は

子供ならではだな〜って思う

子供って素直で無邪気で遊び心が満載だもんね

いつの間にか

大人になるにつれ 理性やら 何やらで

 無邪気さや素直さ 遊び心満載が

減ってくる

 

この日本社会文化も影響しているんだろうなはてなマーク!?

働いてなんぼ

他人と比較してしてしまう

 善く見られたい

良い評価を得たい

など

 

 水疱瘡だから接触したらダメとか

子供はわからないし

素直に行動に移つすしね

私を可愛がってくれるがために

なった水疱瘡も

愛情があっての姉上の行動だったと思うのよね

 

大人になってもね

人生で大事な仕事って皆さんは何ですか?

働くこと

自立すること

社会性を持つこと

一生懸命に努力する活動する

とかかな

 

他にも大事な仕事もあるのでは音譜

それは、大人であっても遊びの時間 ≧(´▽`)≦

そして、休息の時間 Zzz…(*´?`*)。o○ リラックス

 

私は 活動と休息とのバランスを大事にしてる

身体的 精神的 社会的 スピリチュアル的に

調和が取れていることって

人生が生き生きしてて

健全な時間を過ごせる在り方だなって

 

この調和が取れている先輩。それは自然界。

時には暴れることもあるけど

私たちが生きるために完璧なエネルギーを

作り出してくれている

太陽 空気 土 樹木 水 とか

様々なものの調和によって

私たちは生きる事が できてるなと感謝

時には暴れることもあるが

そのことで 周囲の人との絆や

普段何気なく生活できていることへの感謝が育まれ

良いものが得られるギフトととして解釈できる部分はあるのでは

確かに災害で被害にあった方やその親族

そして、友人などは悲しい出来事に値する

 

良いことだけ取るのって バランスは取れてるのかな

悲しいこともあるけど 乗り越えられる力は

全ての人に既に備わっているし

私たちは 支え・助け合いで生活ができる

有難いと私は思う

 

大人になっても甘えても良いことはあるしね

 

姉上からの思い出話しを書いていたんだけど

「調和について書いちゃいました」

自然の流れでそうなっちゃったの巻

 

長文になりましたが、

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

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もっと私の出産について知りたいと

思ってね、

実家に帰り母子手帳を見せてと頼んだら。。。。

母子手帳だけでなく

なーーーっんと

出産日記念に その日の新聞までも

残してくれていた

両親は いろいろと記念品を残す性格

 

その新聞以外にもね

小学校・中学校・高校生の成績表も残っていた

先生のコメントつきで

そのことは 後ほど書くね〜

 

でね、

誕生日の時の新聞(朝刊・夕刊)には

どんな記事だったか?

すご〜く 黄ばんだ新聞紙に

何やかかんやら難しい興味のない事ぼけー

一面を飾っていた

すぐさま興味がある欄ウシシを見てみた

それはテレビ番組欄なりよ音譜

 

『まんが日本昔ばなし』

『8時だよ!全員集合』

『クイズダービー』

 

私が生まれて囲まれてた環境は

色々と整っていた

ライフラインとか

大きな病院とか

社会システムとか

 

両親も姉上も

色々な助けが得られてた

また、

両親自身が頑張って整えた環境もあった

その全てが

私が生まれて育てる安心材料になっていたのでは

ないかな〜っと思う

 

世界中には産まれてくる環境も様々

育つ環境も様々

 

幸せな家族の在り方??ってなんだろう

えーん不幸と思うのか 

ハート幸せって思うのか

 この差はどうして起こるのかなって考えてみた

どんな貧しい環境で生まれ育った子供達が

笑顔ニコニコでいられるのは何故なのか

裕福な環境で育ったのに不幸あせると感じるのは何故なのか

 

出来事そのものに直結して感情が湧いてくるはてなマーク

実は そうではないと思うのねニコニコ

人の感情って 出来事そのものを

どう捉えた どう解釈した

どう受け止めたのか

によって感情は変わるんよ

(全てではないけどね)

 

これは

私も 病気を通してそうだよな〜って

更に深く感じたことでもあるの

そう、自分の抱いた感情の芽を開花させたチューリップのは

自分自身なのだ

 

人間は喜怒哀楽を味わえる存在

ニコニコプンプンムキーショボーンラブ

否定的な感情を慢性的に持っていると

心身ともに良くない影響は受けるけど

自分が持ちたい感情に自由に変化させる力は

きちんと備わっているのねふんわり風船星

 

私が どのように気持ちを変換させて

今のように生き生き過ごせているのかは

後ほどブログにアップしますね

 

人生には予想外に嫌なことが起こる 

と同じ確率で

予想外に嬉しいことも起こるって

思いませんかはてなマーク

 

長文になってしまった〜

最後まで読んでくださり

ありがとうございます

〜感謝〜

 

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私が生まれた日

1977年5月

その日は どうなってたのかな。。。。

5月の下旬 朝方

母上におしるし(少量の出血)があったので

父親と姉

そして 何故か近所のおばちゃんと一緒にね

 

大人3人と姉上と

胎内にいる私は車に乗って

病院へ行ったんだって

 

でね、

すぐに本格的な

陣痛が始まりスポーンとスムーズに

私はこの世界にキラキラ

赤ちゃん出てきたらしい

分娩時間は3時間

心配していた

私の血液型でRHプラスかマイナスか?

RH(マイナス)だったのだ

合併症のリスクは考える必要はなく終了OK

 

RH(マイナス)として出産するリスクに

ついて 母親に気持ちを聞いてみた

 

母『えっマイナスだったの?』     

  『ほんなら この家族に3人いるんやね〜』

  『リスクの説明もなかったんじゃない?』

 

 私「おーーーっいおーっ!母上 

               

        うちの血液型RHマイナスは知らんのか〜いっ!!」(心の声)

『えっ 知らなかったんや』

            

お産後直後は 父親と姉と叔母は売店へ

朝ごはんを食べに行っていたらしい

母『お姉ちゃんの時もご飯食べに行ってたんよ』

 

母上は私を産む仕事を頑張りニコニコ

父上は姉の世話を頑張りニコニコ

お互いの役割があったのだろう

 

でね、

この世界観がブログを書くにあたり

両親に産まれた頃の時を聞いたの合格

 

父上おじいちゃんは 

出産直後に食事に行っていたことは忘れてるわ〜

姉上お母さんは 

父と売店に本を買いに行っていたと

母上おばあちゃんは 

直ぐ産まれたし楽だった

 

あまり誕生の日のことを覚えてない父上に

抱っこした時の感覚って覚えてる?って

      質問してみた        

 父『うーーん 覚えてないな

 『次女ができたと知った時は嬉しかったよニコ』と即答

  『お風呂やミルク ご飯の時は

     膝の上に乗せて食べさせてたわ〜』

 

                   大人になって私が

  看護師となってから    

少しの期間 私は産婦人科病院で働いた 

お産に立ち会いベビー受けを

 担当していたんだよね。

だから、パパやママが赤ちゃんを抱っこする

  瞬間って すごく輝いてキラキラ見えたの 

(私からの目線では。)

だからね、子供が産まれる日って

必ず覚えていると

私は思い込んでいた

が、そうではなかったのに気づいたよ〜

みんな 思い出は 人それぞれで

感じることも 人それぞれ

 

そう お気づき?ビックリマーク

人は それぞれ 自分の感じるフィルターが違うってこと!!

嬉しい 感動 感銘 充足感 喜びなどの良い感情ニコ

悲しみ 怒りなどの否定的感情イラッ

人それぞれが 記憶するもの 見る視点は違う

なぜなら 

その人の価値観や思考パターンが違うからなんだと思う

 

私が産まれて 退院した後は。。

さてさて 

どんな幼少期を過ごしたのかな??

続きは 明日のお楽しみに爆笑

 

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父親と母親が奇跡的に出会う(*^▽^*)

そして結婚ドキドキ

この大きな世界の中で2人は出会ったんだね〜

 

そして姉を出産ニコニコ

その5年後に母のお腹に私の命が宿った

 

次女の私を妊娠した母

両親は 出産のリスクを背負っていたと

最近姉から聞いたのだ

なーに! なーに! どんなリスク?

 

実は、父親以外は血液型RH(ー)なの

2人目を出産するリスク

ちょっと説明してみるね

 

女性がRHマイナスで夫がRHプラスの場合、

胎児はRHプラスの場合がほとんどです。 

 妊娠中に胎児の血液や胎盤や羊水など

胎児のRHプラスの血液細胞などが母体の血液中に少量入り込むと、

母体はRHプラスの血液に対する抗体を作ります。

これをRHプラスに感作された状態といいます。 

 この抗体は胎盤を通って胎児のほうへ流れ込み、胎児の赤血球を破壊します。

そのため、胎児は強度の貧血となり、

心不全になって、胸水や腹水がたまる胎児水腫の状態になり、

子宮内で亡くなります。

あるいは、心不全になる前に出生できた場合、

貧血ばかりでなく、

黄疸が強くでます、

新生児死亡や高度の脳障害を起こします

 

まれに胎児がRHマイナスであることもあり、

この場合は何の問題も起きません。音譜

説明はここまでね。

私は、

RHマイナスなのか?

RHプラスなのか?

リスクを背負っていたのだ

答えは

次回のブログでね。

 

これを知ったのは今回の世界観ブログを

書くことで得た情報なのだ

情報収集をすることで

家族の会話も増えるし

思い出も蘇るし

ブログを書くって自分にとって

良いエネルギーが得られるのなんの〜ニコニコ

 

リスク抱えた中

両親は私を産む決断をしてくれた赤ちゃん

だから 今 私はここにいられる誕生日ケーキ

 

 でね、

奇跡的に両親は恋に落ち

2人目を産む

これって凄いことやんな〜!!

って今まで思っていた

と同時に

本当に産んでくれてありがとう

感謝していた

 

今さらに

今回このリスクを知って

その勇気と愛情に心が熱く

感謝の念が強くなった

 

みなさん 『胎内記憶』って聞いたことあります?

私は ドキュメンタリー映画で知りました。

 

3歳?くらいまで胎内にいた感覚や

お産時の記憶がある子がいるの

それでね、

インタビューを受けた3歳くらいの子が

こんな風に言ってたの

「僕はまだ 上にいてね

下の世界を見てたんだ

でね、あの家族の所に

行きたいと思って

ママの所に来たんだよ」

 

どうも、雲の上から

生まれたい親を探すことができるらしい

言い換えるとね、

子が親(家族)を選ぶことができるんだって

 

私は、ナーーーンも胎内記憶はないけど

こっちゃん家に生まれて

幸せだと更に強く感じたn

 

感謝はあったが

今の様な幸福感や家族を大切に感じるまで

時間はかかったよ〜

また 詳細はいつかアップしまーす

 

ようやく次 外の世界に産まれ出てくるよ〜

 

今回 長文ながらも 最後まで

読んで頂きありがとうございました。

 

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