直感が私の幸せな人生の道しるべ 癌専門カウンセラー -17ページ目

直感が私の幸せな人生の道しるべ 癌専門カウンセラー

看護師と心理カウンセラーによる自分の命・時間を愛し大切してます。
がん専門 & 人間関係の悩み専門カウンセラーのこっちゃんです。
病気やストレス生活から健康を取り戻す力に 希望の水を注ぎ開花させましょう。

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いよいよ 高校生になった私

特に行きたい高校もなく

私立校にも興味がなかったので

公立高校へ入学した

 

入学してからわかったが

茶色の制服だったので

「チャバネゴキブリ」

っていう名が定められていたようだ

しかもね

女の子の制服だけ

男子は

紺とグレーの制服

 

なんじゃ このアンバランスなの〜

 

近くの高校も茶色の制服だったけど

色はもう少し薄くて

男女ともに茶色だったと思う

 

そうそう、一年生の時

なんでかもう忘れたが

今思うと

運動会の時の「応援団」に入団してた

それでね、

団長に恋心を抱いたのさ〜爆笑

黒の学ランがカッコ良かったのさ〜ラブ

 

アプローチはしなかった

そーーーっと見ていた感じ

 

それ以後は

お笑い芸人が好きなって

追っかけみたいのをやっていた音譜

 

今はもう無くなったが

「2丁目劇場」が心斎橋にあった時代なんだけど

出待ちをしていた

 

そのために

近くの喫茶店でバイトを友達と始めた

1時間かけての通勤

通勤手当が出るしラッキーだったわん

 

そんなこんなで

お笑い芸人にハマった高校生でした

 

学校のクラブには途中で退部して

帰宅部へ

 

ある日虹

 

新聞の求人欄を見て

「あっ これだ!

直感で面接の問い合わせ電話をしたの

 

もともと看護師になる夢があったので

近医病院でのバイトは好都合だったラブラブ

それが これからの私の看護師としての

そして、心理カウンセラーとしての

道の扉をノックして

導かれるとは。。。

 

運命的な出会いだった

 

今日はここまで。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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中学生になって

学校では 付き合う事が流行ったキラキラ

交際が流行るっ!ものなのかなえー

って 書きながら思った

ま〜 その時の私は その流行に興味が増し

この人ならって思って告白した

(胸キュンの出会いとかではなく、探し出したって感じ)

(なんじゃこれ?って今では思う。。。ゲラゲラ

 

告白の時は めっちゃ緊張した

今でも リアルに覚えている

夕方に友達と その子の家に行って

呼鈴を鳴らし

(心臓はドックンドンッ ドックンドンッ

 

「付き合ってください」とダイレクトに伝えた

返事は 🆗だった

 

後日 その子は 別の女の子が好きだったようだが

私を選んだ

(どっちもどっちだねもぐもぐ

 

デートといえば

みんなで一緒にスケートに出かけたり

一緒に下校したりとかだった

 

私の中学では それが定番

昔と今とでは

男女の付き合いやデートの場所は違うだろう

 

でね、

高校受験に向けた時期に入ったある日。。。

 

ピンポーンって呼鈴がなった

彼氏がいた

「勉強を頑張りたいから 別れようハートブレイク

と・・・・・

「うん わかった」と返事した

 

そのあと、友達のところに行き報告した

色々と話を聞いてもらった

 

なんか さらっとした付き合いだったな〜

 

今日はここまで

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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中学生の頃の思い出

「いじめ」

 

 

ある日、放課後にみんなでラーメンを食べる

ことが決まって「行こう」と返事した

 

家に帰って母上に

「みんなでラーメン食べに行くからお金ちょうだい」

って言ったの

「ダメ。お昼は家で食べなさい」

もうすでに 母上は昼食の準備をしていた

何度頼んでも無理だった

迎えに来た友達に

「ごめん いけへん」

と断り 再度迎えにきて遊ぶ約束をした

 

その後、友達は迎えに来てくれた

でもね、、、

心の声(なんか雰囲気が違う、話している内容がわからない)

みんながラーメンを食べている間に

私に分からない用語を作ってお喋りしていた

 

それからのお昼休みも

お弁当を一緒に食べる雰囲気じゃなくてね、、

1人で食べてた

 

私を1人にさせる作戦

ポツン

 

それがしばらく続き。。

合唱コンクールに向けての練習があったんだけどね、

私は 音痴だし得意ではないが

頑張り屋さんの性格上

目の前のこと

目の前にあることに取り組み

頑張って 大きな声で歌って合同練習していた

 

そうするとね、

自然と仲間に入ることができたのだ

 

何が悪かったのか?

そう

自分の行動が 相手の機嫌を損ねた

ご飯行けると返事したのにドタキャンしたこと

私の返事や行動にも問題があった

 

イケイケどんどん

興味があることにはすぐ行動してしまう

いやいや 待て待て

行けるかどうか確認をする必要あるのか無いのか

検討してみる必要の大切さに気付いた

(ケースバイケースで全てではない)

(直感でこれだと確信が得られるものは行動に移す

なぜなら 揺るぎないものだから)

中学生なりにも

自分の言動に責任を持つことは大事だなって

学ぶチャンスだった

 

人間関係のトラブルは

人生ではあり得る出来事

何が悪かったのかばかり考えていても

ドツボにはまる可能生は大かもしれない

エネルギーは消耗されるしね

 

今の自分にとって大切なことは何か?

自分にとって良いことは何か?

今、必要なことが起こっているけど、それは何か?

そう考える事の方が

どん底に陥るまで

エネルギーは消耗しないだろう

 

いろんな事を経験する事は

いろんな学ぶチャンスであると

考えると気持ちはどうだろう?

確かに しんどく 困難なのかも知れない

でもね、

自分を信じる事

相手に助けを求める事

素直に謝る事

乗り越える事は可能である「種」に水を注ぐ事は

できるかな〜と私は思う

 

乗り越える事が出来なくても大丈夫という「種」にも

水を注ぐ事も大切かな〜と私は思う

 

道は一つではない

修正や改善していく方法はある

多くの助けも常にある

少し 寄り道しても良いのではないか

自分に優しさの水を注ぐ。。。

 

今日はここまで。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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みなさん こんばんは

心理カウンセラーと看護師の

こっちゃんです。

いつも読んでくださり

ありがとうございます

 

生理痛からの緩和は薬だけではなかったおすましペガサス

 

中学生になった

受験とか頭に全くなかったので公立中学へ入学

隣の建物が 父上の仕事場だった

されど、

あまり家にはいない

単身赴任やら国内・海外出張やらで

 

中学生になったある日の朝

トイレに行くとパンツが真っ赤ではないか〜びっくり

月経が始まった

 

それから 月に1度

めっちゃ苦痛な時間が訪れるのだ笑い泣き

後から診察してわかったこと

私の子宮さんは

後屈が酷いので整理痛がひどく出るとのこと

 

毎月1回は保健室に出入り

薬は飲ではいけないと言われ

(まだまだ若いからとの理由で)

ただただ 痛みを我慢しなくてはならなかった

 

保険室の常連にもなり

早退の常連にもなり

 

早退の時

歩いて15分〜20分かけて帰る

痛みと戦いながら

トコトコと。。。。

 

家に帰って 母上の勤め先に電話する

「お母さん また痛くて帰ってきた

帰ってこられる?」

母上はすぐに家に戻ってきてくれた

そしてね、

腰をさすってくれた

やはり人の温もりは苦痛を緩和させてくれるものだ

 

もう一つ緩和させてくれたもの

受験を機に婦人科に受診して

薬を処方してくれて服用した

何故なら

痛み方が半端ない時もあったの

母上「あんた、子供を産むみたいな痛みかたやね」

 

そうなの。。。

痛み転げていたのだえーん

だからね、

大事な場面で必要になったの

必要な時に必要なものを

 

もう一つ緩和する方法があった

心身一如

心と体は一体であるという意味

 

成人してからもしばらく30歳くらいまで

痛みはひどく過ごしていた

心理療法を学び始めた頃

あるカウンセラーに相談に乗ってもらった

そのアドバイスってね

「女性らしく生きてみたら」という内容だった

それまでの私って

やや男気というか服装も女の子スタイルではなかったな〜

大型バイクにも乗ってたし

ギャルソンとかのモード系が好きだったし

宿泊型セミナーもジャージで参加したりして

性格も イケイケゴーゴー?だったかな

 

そのアドバイスに納得したことから

行動を起こしたの

そしたらね、

 

薬をそんなに服用しなくても

生理痛は緩和されていったのだチューリップ

私には合っている在り方とは。。。

 

女性として生まれ

女性としての心をもち

女性として成長してきた私

なので

私にあった女性としての在り方として

服装を変えた

ぶりっ子はできないので

女性としてしっくりとくる

行動

優しさや思いやりの心ある

穏やかな女性になっている

イメージを持って

遊び心を持って

自分の在り方を変容させていった

その結果

本当に 効果抜群だったキラキラ

 

あんなに 痛みで転げまわっていた私なのに

子宮の形態は変わっていないのに

痛みは 緩和されている現在

すごーい

 

今までの 

人からの温もりとサポート

薬のサポート

自分の在り方を見直し取り組むプロセスそのもの

によって 人間は変われるものなのだと思った

形態は変わらないのにね

気持ち 心が

体に働きかけた癒しのプロセスでした

 

心と体とを統合して生きる

 

今日はここまで。

最後まで読んでいただきありがとうござました。

 

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小さい頃から姉妹の仲が悪かったムカムカ

色々されたことは記憶がよく残っている

人間って 良い出来事より

悪い出来事の方が記憶が残りやすい

という特徴あるいは印象がある

あとね、

考え方や受け止め方も

悪い方に考える傾向があるようにも

思えていた

 

 

でも、これが永遠に続くのか?

 

本当は そうではないと私は考える

 考え方や受け止め方 解釈は

良いものに変換できるのだ

その力って

 人間の素晴らしさだね

それによって

人間が抱く感情も穏やかに変わるのだ

 

私が 姉上の事が嫌いだった

でもね、

心理療法を学び 理解と自分の取り組みに

よって私自身の嫌いな感情は変わったクラッカー

今は 姉上の存在が嬉しいおすましペガサス

有り難いと思えるニコニコ

 

私達って 変わる事は出来る力は備わっているのだ

 

それまでの私は姉上の事を非常に

嫌いだったプンプン

それはね、

 

小学生の頃に

よく喧嘩をしていたし

どんなに抵抗しても勝てなかった

しかも

ひどいっと思う事をされたから

嫌いになった

 

友達と家で遊んでいたら「家が壊れるドンッ

って友達の前で言われるし

別の日に、きっかけは忘れたけど姉上が感情的なった時

私の背骨に靴のヒールで殴ってきたり

お風呂上がりにヤカンのお茶を頭からかけられた

一度取り組みあったけど力に勝てず。。。

姉は強しガーン

 

姉上の行動は 良いとは言えない

だけどね、

今となっては 姉上にも事情があったんだろう

たとえ

(姉上は もう忘れている出来事かもしれないが)

どんな事情があっても私は、

姉上が抱いた感情と事情に

同情し続けることは 私はしない

姉上と同じ感情を持ち続ける事はしない

それは 姉上自身の問題だからだ

 

姉上も

大変だったのだろう

欲求が満たされなかったのだろう

その行動しか取れなかったのだろう

 という事を 

1歩引いてみると 理解はできる

 

私自身

共感と慈悲について

認知療法について

他にも色々と

学んでいくと

私の中で 姉上への嫌な記憶は

変化していった

過去の出来事は変えられないが

感情は変えられるからだ

 

ま〜子供時代っていろんな事を経験するもんだ

もちろん

大人になってからもね

様々な経験をして

人は成長していくものだヒヨコ

 

成長する

 必要な事を学ぶために

必要な事が起こり

そこから 気付きが得られる虹

気付きへのきっかけになるのではあしあと

 

予想外や 苦痛な出来事は

残念ながら 大変なんだけど

乗り越えられる力を持っているしお祝い

1人では無理なら助けを借りても良いしね

 

よく聞く言葉

クローバー「人って字は支え合っている」クローバー

 

時には 気が強い姉上だけど

『頼りにしてますハート

   いつもありがとうニコニコ

  姉上の個性を生かし

  お互いに 自分らしく1日を

  過ごしていきましょうね乙女のトキメキ

 

長文になりましたが

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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