【小説】よろしくお願いします | 箱庭の空

箱庭の空

小さな世界。

「いつもお世話になっております。今後もよろしくお願い致します」

 

 何の変哲もない挨拶文に見えるが、《瑠璃色》と呼ばれる少佐には違った。 同職だがそんなに親しいわけでもないのに、事あるごとに一筆ある。理由は恐らく、今、少佐が配置されている、この辺りに力を持つ人間の孫息子だからだ。

 少し、言動が横柄で鬱陶しい男だった。自分で、オリンピックに出場したフィギュアスケート選手に似ているなどと言ったこともある。少佐より年下だ。しかし、彼の態度は特に咎められることはない。宴席だからと理解していたが。

  別の人にこぼした時、祖父が地方議員であることを教えてもらった。土地の有力者の坊っちゃんなのだと。

 

 そういえば、この辺りの出身で実家も自分の家もここにあると言っていた。

 そんな彼には当然のように伴侶がいて、息子が二人いる。その息子二人を引き連れて

「長男がお世話になります。よろしくお願いします。こちらは二男です」

と、わざわざ直に挨拶されたこともあった。それは、実に堪えた。

 家庭を持てるのは良いことだな、と応じたら、配布資料のつまらない誤りを指摘して去っていった。

 二度と会いたくなかった。だから春の式典は欠礼した。恐らく彼が息子達と、もしかしたら配偶者を同伴して現れるかもしれないから。他の人には何でもないかもしれない。だが、少佐は深く悲しんだ。

 

 その彼からのこんな手紙だ。腹が立つやら、圧力を感じるやらである。

 しかし、少佐は思いついた。

  一年程前に、最前列の、しかも正面で、あるご高名な人の講演を聴くことになった。その高名な人は、厳しくて周囲に畏怖を与えることでも有名な人だった。何故、真正面の席が指定されたかは全く分からないが、少佐は耐え抜いた。

 失礼が無いようにと大変緊張した。しかし、意外に面白くもあった。その人がどうして、他人を恐れさせるような態度を取るのかが分かったように思ったからだ。 

 その配偶者が同じ職場にいる。

 時々、話もするが、上品で良い人だ。家は、この辺りにあると聞いている。

 

 「あまり楽しい話ではないのですがね。ある同職の人が、機会があると、このようなことを書いてよこすのです」

 

 恐縮しながら手紙を渡した。

 

「この『よろしくお願いします』というのは、口を利いて欲しいという意味だと思うのです。私によろしくされても、困るものですから」

 

 それを受け取った彼女は、手紙の主がどういう人かや、所属と名字を確かめた。あまり多くは言えないが、彼女は仕事上、長男についても役職として担当している。

 後はどのように判断し対応するも、恐くて有名な人の配偶者次第だ。任せてしまえば良かろう。 

 筋の通らないお願いと一緒に、心の澱も手を離れた。そんな気がして悠々帰った。



よろしくするのは、勇気と未来だけでいい。

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