#21-1『火山の火竜』
積み荷をすべて積み込み、ハナとニーナが乗り込むのを合図にもやい綱がほどかれ、張られた帆が風をはらんで滑るように船が港を離れていく。
他とは違うのはわかっていたが、ほかの船が四角い帆が横向けに取り付けられ、それがめいっぱい風をはらんで船を推し進めていっているのに対し、この船はまるで魚の背びれのような三角の帆をやや縦向けに取り付けられている。帆の大きさも形状も、マストの数も他の大きな船より風の恩恵が少ないようなのに、同じくらいに出港したほかの大きな船をどんどん引き離していき、ハナはエウリーツォの言っていたこともあながち嘘ではないと納得したのだった。それでもこの内海を出ればマストの数と帆の大きさで、最高速に達したほかの船に追い抜かれ、引き離されてしまうらしい。
「でも、あんな大きな船だと海を近くに感じられないだろうし、乗り降りも大変そう。私はこの船の方が好き」
ハナの言葉に嬉しそうなエウリーツォが笑って言った。
「それは、この内海が穏やかな海だからそう言っていられるわけで、外洋に出れば波の高さと水しぶきで、その“海の近さ”を恨めしく思うだろうし、でかい船の方をありがたく思うようになるさ。けど、この船を気に入ってくれたのはとても光栄だ。明日には到着するから、それまでゆっくりくつろいでくれ……まぁ、船酔いしちまったら、それまで我慢してくれってことになっちまうがな」
そう言ってエウリーツォは操船している船員のところに行ってしまった。ハナはそれを見送りながら、波に揺られて気分が悪くなる人もいるのだろうなと、ぼんやりと考えるのだった。
翌日の昼頃、エウリーツォがハナを呼び、前方を指さした。そちらを見ると、連なる山々が一部くぼんだように低くなっていて、海に面した部分が小さな入り江になっていた。その先に山頂が大きくえぐれた岩山が見え、くぼんだ辺りから黒煙が狼煙(のろし)のように上がっている。どうやら目的地に着いたらしい。
火山の岸辺は陸近くまで深いらしく、小さな砂浜からせり出すように設けられた桟橋まで船でつけることができた。この船が選ばれたのも、これが理由なのかもしれない。
砂浜から陸に少し歩けばゴツゴツした岩場になていて、浜を挟むように迫る山の一方に寄り添うように小屋が建てられていた。船員たちが荷物を運び込んでいる様子から、これが採掘場の鉱夫たちが利用する休憩所なのだろう。
ハナはさっそく休憩所の周囲を捜索し、リオレウスの痕跡がないかを調べた。しかし、小屋が見える程度まで離れてもリオレウスどころかブルファンゴ以上の大きさの生物の痕跡を見つけることができず、時折あらわれる小鳥が、岩場からわずかばかり生えている草の根もとをつついて虫を探すのを見かけるくらいだった。
どういうことだろうかと首を捻るハナは、ひとまず捜索中に見かけた坑道の入り口から採掘場に入ってみることにした。ランタンに火を入れて坑道を照らすと、緩(ゆる)やかな傾斜で真っ直ぐ下に続いており、ハナはニーナを伴って足元に気をつけながら奥に進んでいった。
進みながら鉱脈を調べてみると、主に採掘できるのが燃石炭のようで、その次に鉄鉱石が、そしてごく僅かにマカライトが採掘できるようだった。二箇所ばかり道が分かれる──うち一箇所は一方から硫黄の匂いが強く漂っていたので、ハナは先に進むのをやめた──程度で、燃石炭もまだまだ十分に採掘できそうなことから、それなりに優良な採掘場なのだと推測できる。疑問なのはリオレウスに襲撃される危険性が薄いことで、なぜ狩猟依頼がきたのかわからない。
ハナは採掘場を出ると、北にそびえる山を見上げた。周囲には背の高い木は生えておらず、草木すら僅かに生えている程度で視界を遮るものはなく、山頂が横なぎにスッパリと切り取られたようになくなっていて、ハナから見て正面の山肌がえぐれて無くなり、そこから山頂が大きく窪んだすり鉢状になっているのが伺える。
「村長が休火山と仰っていましたが、当面のところ噴火する様子はありませんね」
ハナと一緒に山頂を眺めていたニーナがつぶやく。
「また噴火することがあるの?」
「ここに来てからずいぶんと暑いでしょう。高い山に挟まれているとはいえ、これだけ暑いということは地熱が高いということです。おそらくまだ完全に死んでニャい眠っている火山で、このすぐ下を熱い火の川が流れていると思います。ここより上の方では、もっと暑くなるかもしれませんね」
ニーナの説明を聞いてそういうものなのかと頷き、ハナはこうべを巡らせ、東西の山を見た。火山の表面を覆(おお)っている黒っぽくてゴツゴツした岩肌が、東西で再び上り傾斜となっている境目あたりで山の表層がくっきりと変わっており、僅(わず)かだが植物の緑が広がっているせいで火山だけが妙に異質なものとして目に映った。
このあたりにいてもリオレウスの痕跡を見つけることはできないので、ハナたちはひとまず山を登ってみることにした。ゴツゴツして表面にいくつもの穴が空いた岩場は、脆(もろ)い部分が欠けて尖っていて歩きづらく、なるべく歩きやすい場所を探しながら、半ば蛇行するように登っていった。
しばらく登った火山の東側で、あと一息で中腹かと思えるあたりまで来た時、ところどころ地面が裂けて、そこから湯気が立ち上っているのを見つけた。なんだろうかと見つめていると突然、煙と共に勢いよく水が吹き出した。水柱はあたりに水飛沫(みずしぶき)を撒(ま)き散らし、その一部がハナたちに降りかかる。と、水だと思ったものは高温の熱湯で、かかった部分が火傷しそうなくらい熱くてハナたちは慌ててその場を離れた。
中腹をすぎた辺りまで来ると、ニーナが予測した通りさらに気温が上がってしきりと汗を拭うようになり、その主な原因は明らかに足の下からきていて、地面が昼間の砂漠の砂のように熱くなっていた。さらに歩いて火山の西側までやってきた時、ハナたちは地面が大きく裂けたところに出くわす。
用心しながら近づき、裂け目の中をのぞいてみると、裂け目の下の方で赤々と燃える火の川が流れている。その火の川とハナたちのいる真ん中あたりに人が立てるほどの足場があり、その近くの壁にマカライトの結晶を見つけた。足場は裂け目の岩壁に沿っていくらか内部まで続いており、ハナとニーナは視線を交わして頷きあうと、荷物から鉤とロープを取り出し、それらを結びつけると岩場の頑丈そうな部分に鉤を引っ掛け、ロープを伝って裂け目を降りていった。
足場までやってくると上から見えていたのは一部であり、マカライトの結晶は両手に余るほどの大きなものだった。それが裂け目の壁からいくつか見えていて、明らかに大きなマカライトの鉱脈が眠っているであろうことが分かる。
ハナは降りてきた裂け目の縁を見上げ、次いで奥を見据えると、足元に注意しながらゆっくりと奥へと歩いていった。裂け目は火の川の光で山の内部まで続いているのが見えたが、足場は途中でなくなっていた。ハナは鉱物調査用の小さなピッケルを取り出して岩壁に打ち付け、硬いながらも削れなくもないことを確認すると、ニーナを促すと再びロープを伝って裂け目の上へと戻った。
裂け目から少し離れたところに座って休憩しながら、ハナは山頂と海岸の休憩所のあるあたりを交互に目をやり思案にふける。
そうしてニーナがハナに声をかけようとした時、山頂の方から微かに翼を打つ音が聞こえた。弾かれたようにハナがそちらを見ると、今まさに赤い飛竜が山頂のすり鉢の内部から縁のえぐれた部分を通って飛び立っていくところだった。飛竜はそのまま旋回しながら高度を上げ、縁をぐるりと回りながら北へと飛び去っていった。
「リオレウスの存在は確認できたわね。ついでにあそこがリオレウスのねぐらだったら、捜索の手間も省けるってものなんだけれど」
軽口を叩きながら立ち上がり、空を見た。昼過ぎに到着し、時間が惜しくてそのままリオレウスの捜査をはじめたが、このまま捜査を続けると山を下りるころにはあたりが暗くなって、足元の不安定なこの山では危険だ。それほど高い山でもないので朝から寄り道せず上がってくれば昼前にはここまで登ってこれるので、ハナはひとまず山を下り、休憩所で一夜を明かすことにした。
翌朝、ハナとニーナは日の出の頃合いに起きると携帯食糧で手早く朝食を済ませて、まだ眠っているエウリーツォたち船員の眠りを妨げないよう静かに休憩所を出た。東西を高い山に挟まれた場所なせいで、まだまだあたりは暗い。
昨晩、夕食の支度を始めたハナたちはエウリーツォに声をかけられ、彼らの夕食に呼ばれた。調理担当の船員が作ったらしいのだが料理の腕前が素晴らしく、手製の腸詰肉の燻製をとってもハナが普段食べているものとは比べ物にならないくらい美味で、ハナが火山へ調査に赴いている間に釣り上げたらしい魚のグリルも絶品だった。ハナは飲まなかったが、彼らは水とは別に積み込んでいたらしいエールを酌み交わして大いに飲み、大いに騒いだ。
眠る時になってハナは念の為、彼らから距離をとって枕がわりに丸めた毛布にナイフも仕込んで眠りについたのだが何事もなく夜が明け、今に至っている。エウリーツォがしっかりと船員をまとめているのか、そもそも船乗りというものがそういう者たちなのか判断はつかないが、同行者としてそれなりに安全ではあるようだ。
休憩所に戻ったハナは、エウリーツォに尋ねた。
「あなたたちは、よくここまで鉱夫たちを運んでいるの?」
「いいや? 見ての通り俺の船は小さいからな、何人も鉱夫を運ぶことはできない。俺たちが普段運ぶのは書簡の束や、少量の貨物だな。まぁ、お偉いさんを乗っけたり、希少な荷物を運ぶこともある。それがどうかしたのかい?」
小首を傾げて尋ねるエウリーツォに少しのあいだ思案顔になったハナは、別のことを尋ねた
「この採掘場について詳しいのかなって思って。ここの採掘場所って、そこに見える坑道だけなの?」
「俺もよくは知らんが、多分そのはずだぜ──なぁ?」
エウリーツォが他の船員たちを振り仰いで聞くと、各々同意するように頷く。
「そう……ありがとう」
それだけ言うと、訝るエウリーツォを残してハナは夕食の支度に取り掛かった。
陽が高くなる前に、マカライトの鉱脈がある裂け目までやってきた。熱湯が吹き出す岩場からここまでにくる間に、昨日発見した時と同様リオレウスが火口を飛び立って山肌に沿うように迂回して北へと去っていくのを見かけた。火山の南側が不毛な岩場で獲物となる生き物がいないため、おそらく火山の北の方には獲物となる生物が生息できる環境が広がっているのだろう。
いつ戻ってくるかわからないリオレウスを警戒しながら、戦えそうな場所や隠れられそうな場所を探しているうち、火口の縁が大きく欠けたところの近くまで登ってきた。この辺りは傾斜が強く足場も悪いため、場所によっては山肌に手をつきながら移動しなければならない。
ハナは縁の欠けた部分へ目を向けた。ここからでは十分に内部を見ることはできないが、少なくとも内部は大きな空間が広がっているのが分かる。リオレウスがねぐらとしているのなら、くつろげるほどの十分な足場も存在するのだろう。
戦う場所を考えながら何気なく山肌を眺めていた時、同じ高度の東から回り込んだ先の方で妙な違和感を感じた。注意深くその辺りを凝視(ぎょうし)すると、一部がゆらゆらと陽炎がゆらめいている。注意深く近づいてみると、山肌にひと一人がなんとか通れるくらいの隙間が空いており、竪穴に近い傾斜で奥の方まで穴が続いていた。
奥の方では赤々と光る火の川が流れているのが見え、そこから熱波が穴を通って外に噴き出ていたのだった。そしてその穴の途中と火の川付近に光る鉱石が顔を覗かせている。
少し考え、ハナは穴に降りてみることにした。穴の縁が崩れないことを確かめると環つきの鉤を引っ掛け、環にロープを通して一端を腰に結びつけ、それを伝って慎重に降りていった。
穴の中ほどで一度止まり、片手用のピッケルで光る鉱石を採掘した。親指と人差し指で輪を作ったくらいの大きさの、緑色に輝く見慣れない鉱石が黒い母岩にくっついている。ひとまずそれをポーチにしまい、ハナはさらに穴を降りていった。
火の川の熱が狭い空間にこもっているせいで想像以上に暑い。おまけに足を下ろす場所もなく、足を滑らせると火の川の中に転落してしまう。ハナは慎重に降りて鉱石のそばまでやってくると、足と背中を支えにして穴の壁にへばりつきながら鉱石を採掘した。
上で採取したものよりも大きく、拳ほどもあるそれを観察しようとした時、微かに繊維の焦げるような匂いをがした。匂いの元を辿るとロープからわずかに煙が滲み出るように立ち上っている。ハナは鉱石をポーチにしまうと、急いでロープを伝って入り口まで戻っていった。
穴の出口でニーナはハナが穴に降りていくのを見守っていた。顔を撫でる熱気がむず痒く、目は乾燥しそうで何度も瞬きする。おまけに熱気に混じって硫黄の匂いもして鼻が痛くなってくる。早く上がって来ないかとヤキモキしていると、ハナは二箇所で採掘作業をすると、どこか急くように穴を上ってきた。
ニーナのいる穴の入り口まで上がってくると上半身を投げ出すようにして穴の縁に掴まり、外の空気を目一杯吸い込んで大きく吐き出すと、ポーチから先ほど採掘した鉱石を取り出し、得意げな顔でニーナに差し出した。鉱石は深い緑色をしており、陽光を受けてキラキラと輝いている。
「ドラグライトでしょうか。わたしも一度した見たことがありません」
「そして、おそらく 商会の人も、これの鉱脈のことは知らないんじゃないかしら。この場所のことを交渉に──」
話の途中でハナとニーナは空の一角を見上げた。大きな翼が空を打つ音が聞こえ、リオレウスの接近を察知したのだった。見れば、あちらもハナたちに気づいたらしく、ねぐらのある火口には向かわず、まっすぐこちらに向かってくる。
ハナは急いで穴から抜け出そうとしたが、リオレウスが火球を吐き出すのを見て再び穴の中に飛び込み、足と背中で身体を支えた。次の瞬間、穴の縁に火球がぶつかって火の飛沫を飛び散らせたが、幸いロープは飛沫を被らず引火せずに済んだようだった。
「ニーナ!」
穴から顔を覗かせてハナがニーナを探すと、彼女も火球を逃れて穴のあるところから下の位置にいて、凹凸の激しい山肌の小さな窪みに身を隠し、背負っていたハナの片手剣の対である盾を構えていた。そこにリオレウスの火球が飛来し、盾にぶつかり四散する。
とりあえずニーナの存命に安堵したが芳しくない状況に変わりなく、なんとか弾き飛ばされずにいるが、盾もニーナもいつまで耐えられるかわからない。ハナは穴から這い出し、飛んできた火球から逃れ、ポーチから閃光玉を取り出し強く握ってリオレウス目掛けて放り投げた──が、次の瞬間、火竜は閃光玉に向かって急降下し、すぐさま身を翻して玉を弾き返しながら飛び上がった。リオレウスの行動に驚きながらも腕で目を覆い、光の爆発から目を守った。
腕を下ろす前に近づく羽音を聞きつけ、咄嗟に身を伏せた頭上を巨体が飛び過ぎていく。身を起こした時にはリオレウスは離れた上空におり、翼を幅たたかせてその場に止まりながらハナの様子を伺っている。
ハナが弓を掴んで矢筒から矢を引き抜こうとした時、リオレウスが火球を吐き出しハナは大きく飛び退いてそれを躱し、リオレウスも身を翻すと大きく離れた火口の縁に降り立って再び様子を伺う。
ハナは慎重に、ゆっくりとした動作で矢を引き抜き、弓につがえたまま動かず、火竜を観察した。目算で距離を測ってみてギリギリ矢が届く距離だが大した効果が望めず、硬い鱗を貫くことはできないだろう。そもそも先ほどの動きから見てじっとしているはずはなく、こちらが観察しているように、火竜もハナの動きを観察しているだろう。
しばらく互いに睨み合ったまま動かなかったが、やがてリオレウスは翼を羽ばたかせてゆっくり上昇してゆき、火口を飛び越え北の空へと去っていったが、十分な高度に達するまで決してハナから目を離さなかった。