#21-1『火山の火竜』

 

 積み荷をすべて積み込み、ハナとニーナが乗り込むのを合図にもやい綱がほどかれ、張られた帆が風をはらんで滑るように船が港を離れていく。

 

 他とは違うのはわかっていたが、ほかの船が四角い帆が横向けに取り付けられ、それがめいっぱい風をはらんで船を推し進めていっているのに対し、この船はまるで魚の背びれのような三角の帆をやや縦向けに取り付けられている。帆の大きさも形状も、マストの数も他の大きな船より風の恩恵が少ないようなのに、同じくらいに出港したほかの大きな船をどんどん引き離していき、ハナはエウリーツォの言っていたこともあながち嘘ではないと納得したのだった。それでもこの内海を出ればマストの数と帆の大きさで、最高速に達したほかの船に追い抜かれ、引き離されてしまうらしい。

 

「でも、あんな大きな船だと海を近くに感じられないだろうし、乗り降りも大変そう。私はこの船の方が好き」

 

 ハナの言葉に嬉しそうなエウリーツォが笑って言った。

 

「それは、この内海が穏やかな海だからそう言っていられるわけで、外洋に出れば波の高さと水しぶきで、その“海の近さ”を恨めしく思うだろうし、でかい船の方をありがたく思うようになるさ。けど、この船を気に入ってくれたのはとても光栄だ。明日には到着するから、それまでゆっくりくつろいでくれ……まぁ、船酔いしちまったら、それまで我慢してくれってことになっちまうがな」

 

 そう言ってエウリーツォは操船している船員のところに行ってしまった。ハナはそれを見送りながら、波に揺られて気分が悪くなる人もいるのだろうなと、ぼんやりと考えるのだった。

 

 翌日の昼頃、エウリーツォがハナを呼び、前方を指さした。そちらを見ると、連なる山々が一部くぼんだように低くなっていて、海に面した部分が小さな入り江になっていた。その先に山頂が大きくえぐれた岩山が見え、くぼんだ辺りから黒煙が狼煙(のろし)のように上がっている。どうやら目的地に着いたらしい。

 

 火山の岸辺は陸近くまで深いらしく、小さな砂浜からせり出すように設けられた桟橋まで船でつけることができた。この船が選ばれたのも、これが理由なのかもしれない。

 

 砂浜から陸に少し歩けばゴツゴツした岩場になていて、浜を挟むように迫る山の一方に寄り添うように小屋が建てられていた。船員たちが荷物を運び込んでいる様子から、これが採掘場の鉱夫たちが利用する休憩所なのだろう。

 

 ハナはさっそく休憩所の周囲を捜索し、リオレウスの痕跡がないかを調べた。しかし、小屋が見える程度まで離れてもリオレウスどころかブルファンゴ以上の大きさの生物の痕跡を見つけることができず、時折あらわれる小鳥が、岩場からわずかばかり生えている草の根もとをつついて虫を探すのを見かけるくらいだった。

 

 どういうことだろうかと首を捻るハナは、ひとまず捜索中に見かけた坑道の入り口から採掘場に入ってみることにした。ランタンに火を入れて坑道を照らすと、緩(ゆる)やかな傾斜で真っ直ぐ下に続いており、ハナはニーナを伴って足元に気をつけながら奥に進んでいった。

 

 進みながら鉱脈を調べてみると、主に採掘できるのが燃石炭のようで、その次に鉄鉱石が、そしてごく僅かにマカライトが採掘できるようだった。二箇所ばかり道が分かれる──うち一箇所は一方から硫黄の匂いが強く漂っていたので、ハナは先に進むのをやめた──程度で、燃石炭もまだまだ十分に採掘できそうなことから、それなりに優良な採掘場なのだと推測できる。疑問なのはリオレウスに襲撃される危険性が薄いことで、なぜ狩猟依頼がきたのかわからない。

 

 ハナは採掘場を出ると、北にそびえる山を見上げた。周囲には背の高い木は生えておらず、草木すら僅かに生えている程度で視界を遮るものはなく、山頂が横なぎにスッパリと切り取られたようになくなっていて、ハナから見て正面の山肌がえぐれて無くなり、そこから山頂が大きく窪んだすり鉢状になっているのが伺える。

 

「村長が休火山と仰っていましたが、当面のところ噴火する様子はありませんね」

 

 ハナと一緒に山頂を眺めていたニーナがつぶやく。

 

「また噴火することがあるの?」

 

「ここに来てからずいぶんと暑いでしょう。高い山に挟まれているとはいえ、これだけ暑いということは地熱が高いということです。おそらくまだ完全に死んでニャい眠っている火山で、このすぐ下を熱い火の川が流れていると思います。ここより上の方では、もっと暑くなるかもしれませんね」

 

 ニーナの説明を聞いてそういうものなのかと頷き、ハナはこうべを巡らせ、東西の山を見た。火山の表面を覆(おお)っている黒っぽくてゴツゴツした岩肌が、東西で再び上り傾斜となっている境目あたりで山の表層がくっきりと変わっており、僅(わず)かだが植物の緑が広がっているせいで火山だけが妙に異質なものとして目に映った。

 

 このあたりにいてもリオレウスの痕跡を見つけることはできないので、ハナたちはひとまず山を登ってみることにした。ゴツゴツして表面にいくつもの穴が空いた岩場は、脆(もろ)い部分が欠けて尖っていて歩きづらく、なるべく歩きやすい場所を探しながら、半ば蛇行するように登っていった。

 

 しばらく登った火山の東側で、あと一息で中腹かと思えるあたりまで来た時、ところどころ地面が裂けて、そこから湯気が立ち上っているのを見つけた。なんだろうかと見つめていると突然、煙と共に勢いよく水が吹き出した。水柱はあたりに水飛沫(みずしぶき)を撒(ま)き散らし、その一部がハナたちに降りかかる。と、水だと思ったものは高温の熱湯で、かかった部分が火傷しそうなくらい熱くてハナたちは慌ててその場を離れた。

 

 中腹をすぎた辺りまで来ると、ニーナが予測した通りさらに気温が上がってしきりと汗を拭うようになり、その主な原因は明らかに足の下からきていて、地面が昼間の砂漠の砂のように熱くなっていた。さらに歩いて火山の西側までやってきた時、ハナたちは地面が大きく裂けたところに出くわす。

 

 用心しながら近づき、裂け目の中をのぞいてみると、裂け目の下の方で赤々と燃える火の川が流れている。その火の川とハナたちのいる真ん中あたりに人が立てるほどの足場があり、その近くの壁にマカライトの結晶を見つけた。足場は裂け目の岩壁に沿っていくらか内部まで続いており、ハナとニーナは視線を交わして頷きあうと、荷物から鉤とロープを取り出し、それらを結びつけると岩場の頑丈そうな部分に鉤を引っ掛け、ロープを伝って裂け目を降りていった。

 

 足場までやってくると上から見えていたのは一部であり、マカライトの結晶は両手に余るほどの大きなものだった。それが裂け目の壁からいくつか見えていて、明らかに大きなマカライトの鉱脈が眠っているであろうことが分かる。

 

 ハナは降りてきた裂け目の縁を見上げ、次いで奥を見据えると、足元に注意しながらゆっくりと奥へと歩いていった。裂け目は火の川の光で山の内部まで続いているのが見えたが、足場は途中でなくなっていた。ハナは鉱物調査用の小さなピッケルを取り出して岩壁に打ち付け、硬いながらも削れなくもないことを確認すると、ニーナを促すと再びロープを伝って裂け目の上へと戻った。

 

 裂け目から少し離れたところに座って休憩しながら、ハナは山頂と海岸の休憩所のあるあたりを交互に目をやり思案にふける。

 

 そうしてニーナがハナに声をかけようとした時、山頂の方から微かに翼を打つ音が聞こえた。弾かれたようにハナがそちらを見ると、今まさに赤い飛竜が山頂のすり鉢の内部から縁のえぐれた部分を通って飛び立っていくところだった。飛竜はそのまま旋回しながら高度を上げ、縁をぐるりと回りながら北へと飛び去っていった。

 

「リオレウスの存在は確認できたわね。ついでにあそこがリオレウスのねぐらだったら、捜索の手間も省けるってものなんだけれど」

 

 軽口を叩きながら立ち上がり、空を見た。昼過ぎに到着し、時間が惜しくてそのままリオレウスの捜査をはじめたが、このまま捜査を続けると山を下りるころにはあたりが暗くなって、足元の不安定なこの山では危険だ。それほど高い山でもないので朝から寄り道せず上がってくれば昼前にはここまで登ってこれるので、ハナはひとまず山を下り、休憩所で一夜を明かすことにした。

 

 翌朝、ハナとニーナは日の出の頃合いに起きると携帯食糧で手早く朝食を済ませて、まだ眠っているエウリーツォたち船員の眠りを妨げないよう静かに休憩所を出た。東西を高い山に挟まれた場所なせいで、まだまだあたりは暗い。

 

 昨晩、夕食の支度を始めたハナたちはエウリーツォに声をかけられ、彼らの夕食に呼ばれた。調理担当の船員が作ったらしいのだが料理の腕前が素晴らしく、手製の腸詰肉の燻製をとってもハナが普段食べているものとは比べ物にならないくらい美味で、ハナが火山へ調査に赴いている間に釣り上げたらしい魚のグリルも絶品だった。ハナは飲まなかったが、彼らは水とは別に積み込んでいたらしいエールを酌み交わして大いに飲み、大いに騒いだ。

 

 眠る時になってハナは念の為、彼らから距離をとって枕がわりに丸めた毛布にナイフも仕込んで眠りについたのだが何事もなく夜が明け、今に至っている。エウリーツォがしっかりと船員をまとめているのか、そもそも船乗りというものがそういう者たちなのか判断はつかないが、同行者としてそれなりに安全ではあるようだ。

 

 休憩所に戻ったハナは、エウリーツォに尋ねた。

 

「あなたたちは、よくここまで鉱夫たちを運んでいるの?」

 

「いいや? 見ての通り俺の船は小さいからな、何人も鉱夫を運ぶことはできない。俺たちが普段運ぶのは書簡の束や、少量の貨物だな。まぁ、お偉いさんを乗っけたり、希少な荷物を運ぶこともある。それがどうかしたのかい?」

 

 小首を傾げて尋ねるエウリーツォに少しのあいだ思案顔になったハナは、別のことを尋ねた

 

「この採掘場について詳しいのかなって思って。ここの採掘場所って、そこに見える坑道だけなの?」

 

「俺もよくは知らんが、多分そのはずだぜ──なぁ?」

 

 エウリーツォが他の船員たちを振り仰いで聞くと、各々同意するように頷く。

 

「そう……ありがとう」

 

 それだけ言うと、訝るエウリーツォを残してハナは夕食の支度に取り掛かった。

 

 

 

 陽が高くなる前に、マカライトの鉱脈がある裂け目までやってきた。熱湯が吹き出す岩場からここまでにくる間に、昨日発見した時と同様リオレウスが火口を飛び立って山肌に沿うように迂回して北へと去っていくのを見かけた。火山の南側が不毛な岩場で獲物となる生き物がいないため、おそらく火山の北の方には獲物となる生物が生息できる環境が広がっているのだろう。

 

 いつ戻ってくるかわからないリオレウスを警戒しながら、戦えそうな場所や隠れられそうな場所を探しているうち、火口の縁が大きく欠けたところの近くまで登ってきた。この辺りは傾斜が強く足場も悪いため、場所によっては山肌に手をつきながら移動しなければならない。

 

 ハナは縁の欠けた部分へ目を向けた。ここからでは十分に内部を見ることはできないが、少なくとも内部は大きな空間が広がっているのが分かる。リオレウスがねぐらとしているのなら、くつろげるほどの十分な足場も存在するのだろう。

 

 戦う場所を考えながら何気なく山肌を眺めていた時、同じ高度の東から回り込んだ先の方で妙な違和感を感じた。注意深くその辺りを凝視(ぎょうし)すると、一部がゆらゆらと陽炎がゆらめいている。注意深く近づいてみると、山肌にひと一人がなんとか通れるくらいの隙間が空いており、竪穴に近い傾斜で奥の方まで穴が続いていた。

 

 奥の方では赤々と光る火の川が流れているのが見え、そこから熱波が穴を通って外に噴き出ていたのだった。そしてその穴の途中と火の川付近に光る鉱石が顔を覗かせている。

 

 少し考え、ハナは穴に降りてみることにした。穴の縁が崩れないことを確かめると環つきの鉤を引っ掛け、環にロープを通して一端を腰に結びつけ、それを伝って慎重に降りていった。

 

 穴の中ほどで一度止まり、片手用のピッケルで光る鉱石を採掘した。親指と人差し指で輪を作ったくらいの大きさの、緑色に輝く見慣れない鉱石が黒い母岩にくっついている。ひとまずそれをポーチにしまい、ハナはさらに穴を降りていった。

 

 火の川の熱が狭い空間にこもっているせいで想像以上に暑い。おまけに足を下ろす場所もなく、足を滑らせると火の川の中に転落してしまう。ハナは慎重に降りて鉱石のそばまでやってくると、足と背中を支えにして穴の壁にへばりつきながら鉱石を採掘した。

 

 上で採取したものよりも大きく、拳ほどもあるそれを観察しようとした時、微かに繊維の焦げるような匂いをがした。匂いの元を辿るとロープからわずかに煙が滲み出るように立ち上っている。ハナは鉱石をポーチにしまうと、急いでロープを伝って入り口まで戻っていった。

 

 

 

 穴の出口でニーナはハナが穴に降りていくのを見守っていた。顔を撫でる熱気がむず痒く、目は乾燥しそうで何度も瞬きする。おまけに熱気に混じって硫黄の匂いもして鼻が痛くなってくる。早く上がって来ないかとヤキモキしていると、ハナは二箇所で採掘作業をすると、どこか急くように穴を上ってきた。

 

 ニーナのいる穴の入り口まで上がってくると上半身を投げ出すようにして穴の縁に掴まり、外の空気を目一杯吸い込んで大きく吐き出すと、ポーチから先ほど採掘した鉱石を取り出し、得意げな顔でニーナに差し出した。鉱石は深い緑色をしており、陽光を受けてキラキラと輝いている。

 

「ドラグライトでしょうか。わたしも一度した見たことがありません」

 

「そして、おそらく 商会の人も、これの鉱脈のことは知らないんじゃないかしら。この場所のことを交渉に──」

 

 話の途中でハナとニーナは空の一角を見上げた。大きな翼が空を打つ音が聞こえ、リオレウスの接近を察知したのだった。見れば、あちらもハナたちに気づいたらしく、ねぐらのある火口には向かわず、まっすぐこちらに向かってくる。

 

 ハナは急いで穴から抜け出そうとしたが、リオレウスが火球を吐き出すのを見て再び穴の中に飛び込み、足と背中で身体を支えた。次の瞬間、穴の縁に火球がぶつかって火の飛沫を飛び散らせたが、幸いロープは飛沫を被らず引火せずに済んだようだった。

 

「ニーナ!」

 

 穴から顔を覗かせてハナがニーナを探すと、彼女も火球を逃れて穴のあるところから下の位置にいて、凹凸の激しい山肌の小さな窪みに身を隠し、背負っていたハナの片手剣の対である盾を構えていた。そこにリオレウスの火球が飛来し、盾にぶつかり四散する。

 

 とりあえずニーナの存命に安堵したが芳しくない状況に変わりなく、なんとか弾き飛ばされずにいるが、盾もニーナもいつまで耐えられるかわからない。ハナは穴から這い出し、飛んできた火球から逃れ、ポーチから閃光玉を取り出し強く握ってリオレウス目掛けて放り投げた──が、次の瞬間、火竜は閃光玉に向かって急降下し、すぐさま身を翻して玉を弾き返しながら飛び上がった。リオレウスの行動に驚きながらも腕で目を覆い、光の爆発から目を守った。

 

 腕を下ろす前に近づく羽音を聞きつけ、咄嗟に身を伏せた頭上を巨体が飛び過ぎていく。身を起こした時にはリオレウスは離れた上空におり、翼を幅たたかせてその場に止まりながらハナの様子を伺っている。

 

 ハナが弓を掴んで矢筒から矢を引き抜こうとした時、リオレウスが火球を吐き出しハナは大きく飛び退いてそれを躱し、リオレウスも身を翻すと大きく離れた火口の縁に降り立って再び様子を伺う。

 

 ハナは慎重に、ゆっくりとした動作で矢を引き抜き、弓につがえたまま動かず、火竜を観察した。目算で距離を測ってみてギリギリ矢が届く距離だが大した効果が望めず、硬い鱗を貫くことはできないだろう。そもそも先ほどの動きから見てじっとしているはずはなく、こちらが観察しているように、火竜もハナの動きを観察しているだろう。

 

 しばらく互いに睨み合ったまま動かなかったが、やがてリオレウスは翼を羽ばたかせてゆっくり上昇してゆき、火口を飛び越え北の空へと去っていったが、十分な高度に達するまで決してハナから目を離さなかった。

『街からきた狩猟依頼』

 

 ココット近郊の森にある山の洞窟のリオレイアはたびたび留守にしていたが、繁殖期が終わり間際になったころ、ふいに出て行ったきり戻ってくることはなかった。そのことをオーフェンに報告すると、「つがいとなるリオレウスと出会えたのだろう」という答えが返ってきた。どうやらリオス種はオスのリオレウスが巣作りをし、メスのリオレイアが好みの巣を選んでつがいとなり、雌雄交代で卵を護り、生まれた子供を育てるものらしい。つまり、つがいとなる相手が見つかって、この森から去ったということだ。

 

 卵を産み育てるところと、幼竜の観察を楽しみにしていたのでそれが見られなかったことは残念だが、相手が見つかったことと、あのリオレイアの血が絶えることなく後世に残るかもしれないと思うと純粋にうれしかった。

 

 そんなことを考えながらリオレイアが去った洞窟の調査をし、いつものように森の中を巡回してからココットに戻り、村の入り口に差し掛かった時のこと、伝書用のハヤブサが飛び去って行くのを見かけた。

 

「あちらはミナガルデのある方角ですね。ギルドか、生態研究所からニャにか連絡が来たんでしょうか?」

 

 ハヤブサが飛び去った方角を見つめながらニーナが聞くとなしにつぶやき、ハナも首をかしげる。ともかく、街からなにか連絡があったのなら村長のところだろうと、荷物を狩人小屋に置いて村長宅へと向かった。

 

 いつものようにテラスにいた村長は、ハナが来るのを待っていたようで、顔を見せるなり手招きして近くに来るよう促す。

 

「研究所からですか?」

 

 ハナが隣に座って尋ねると、村長は一つゆっくりと紫煙を吐き出し首を振った。

 

「いや、ミナガルデのハンターズギルドからじゃ。正確には、ミナガルデの商人がギルドを通して依頼してきおった」

 

 ハナは一瞬目を見張り、首をかしげる。

 

「ミナガルデの商人ならハキムさんじゃないですよね……。依頼を受けるような心当たりはないんですけれど」

 

「おそらく商人はおぬしのことを知らんじゃろうよ。文を読む限り、ギルドはおぬしの技量を知りたくて仕事を回してきたようじゃから、研究所からなにか聞いたんじゃろ」

 

 ハナは微かに眉をひそめて不満を漏らした。

 

「街のハンターになるつもりがないんだから、ギルドから腕試しされるいわれはないんですけれど」

 

「ギルドの意向はともかく、わしもこの仕事は受けるべきじゃと考えておる。ここでハンターをやっておれば村の助けになって非常にありがたいが、ハキムのように村にやってきた者の依頼をこなすとなると、やはり様々な経験と知識を身につけるべきじゃ。そして街の人間の覚えが良ければ、いろいろと融通してもらえるようにもなってくるで、おぬしの実力を見せておくのもいいじゃろうよ」

 

 ハナは不満げに口をゆがませて村長の話を聞いていたが、少し思案すると渋々うなづいた。

 

「なんだか、いいように言いくるめられた気がして釈然としないけれど、わかりました、お受けします──それで、どのような依頼ですか?」

 

「東の方に休火山があって、そこに商人が所有する鉄鉱石や燃石炭の採掘場があるらしい。その採掘場付近に生息するリオレウスを狩猟して安全確保してほしいそうじゃ」

 

「そうですか……それで、迎えはいつ来るんです?」

 

 ハナの質問に村長はきっぱりと言った。

 

「迎えはない。場所を教えるで、おぬしが自分で移動手段を確保するんじゃ」

 

 ハナは一瞬言葉を失い、次いで先ほどよりも強く不満を漏らした。

 

「ひとにモンスターの狩猟を頼んでおいて、そこまでの案内や移動手段を用意しないって、どういうことです?」

 

「おぬしが今まで関わってきた連中が珍しい方で、こちらが普通じゃ。まぁ、狩猟する場所までの地図はわしが持っておるから、後で説明してやる。依頼主に移動にかかった費用を請求していくら取り戻せるかも、独自の移動手段を持つのも、ハンターの格を示すものでもある。──まぁ、おぬしがどうするのか、正直わしも興味がある」

 

 最後はいたずらっぽく話して含み笑いする村長をねめつけ、ハナは体内のいらだちを吐き出すように大きなため息を吐いた。

 

「……それで、採掘場のある休火山はどこにあるんです?」

 

 村長はアンに指示し、アンは奥から持ってきた地図をテーブルに広げた。村長は両腕を広げたほどある大きさの地図の、中央に広がる大陸の西端あたりにあるココットと記された点を煙管で指し示し、そこから東南東にある内海まで煙管でまっすぐなぞると、内海の真ん中あたりの北岸の一点で止めた。

 

「わしらが今おるココットがここ……そして、おぬしが依頼を受けた休火山はここにある。この内海の東と西にある港で採掘された鉱石がおろされ、ミナガルデとドンドルマ、その他の町に運ばれていく」

 

 ここで村長はハナを見据える。

 

「おぬしが選べるルートは三つ。空から気球で向かうか、陸地を通って向かうか、内海西の港町まで行って連絡船を使うか、じゃの」

 

 村長の視線を受けながらハナは熟考し、考えをまとめるようにゆっくり答えた。

 

「気球は、費用の面から言って現実的じゃないかも。実際にいくらかかるのか分からないけれど、気球とそれを操縦する技師を雇って狩りが終わるまで滞在してもらう費用を考えたら報酬額を上回ってしまうかもしれない……。陸路は──と、内海の北側に広がる密林と山々を見つめて──竜車を借りるか、可能なら購入するだけで済みそうだけれど、一番時間がかかりそうだし、目的地に着く前に密林や山でモンスターに遭遇する危険が高いからやめておくべきかな……西の港まで行って船で向かうのが、一番無難だと思います」

 

 村長は深くうなずくと、顔をほころばせる。

 

「良いじゃろう。どれが正解というものはないが、自分に見合った手段を使うのが一番じゃ。──さて、わしは西の港の詳しい場所を知らん。行商かココ辺りに聞いてみれば、詳しい場所がわかるかもしれんが……」

 

 村長が思案するように黙り込んだ時、ニーナが控えめに手を挙げ「その港町のことでしたら」と二人に声をかけた。

 

「港町の名前はマルシェア。ミナガルデとドンドルマをつなぐ、主要な町の一つにニャりつつあります。ミナガルデとのルートが確立されているでしょうから、東に向かえば道が見つかると思います。村長のおっしゃる通り、竜車で7日で到着すると思いますよ」

 

「じゃあ、私の脚なら8日ほど、遅くとも10日で到着できそうね。帰るときに、今後の移動手段のことを考えましょうか」

 

「方針は決まったようじゃの。では、よろしく頼むぞ」

 

 そう言って村長は話を締め、ふたりはアンに食料の手配をし、ついでにと、そのままテラスで食事をしていった。

 

 小屋に戻って旅の支度と装備の点検をしている際、ハナは点検の終わった矢を矢筒に収めながら考えに耽り、矢筒いっぱいに矢を詰め終わるなりその手が止まって、じっと矢筒を見つめる。

 

「ニャにか、不安がおありですか?」

 

 ニーナが尋ねると、ハナは自嘲気味な笑みを浮かべた。

 

「リオレウスは前に狩猟したリオレイアの雄のことらしいでしょ。ニーナがいてくれるとはいえ今回は私一人だから、矢を使い切らずに弓で仕留められるかちょっと心配になって、ね」

 

「では、ボウガンにしますか?」

 

 これにハナは苦笑する。

 

「狩猟弓の威力を知ってしまうと、ボウガンの火力がちょっと物足りなく感じちゃってるの。まぁ。工夫して戦って、数当てれば何とかなるとは思うのだけれど」

 

 ニーナはちょっと考えると、おもむろにハナの片手剣を背負い、次いでライトボウガンを持ち上げて具合を確かめて頷いた。

 

「大丈夫です。私が予備の武器を持っていきますから、矢のことは気にせず、狩猟弓を使ってください」

 

「ありがとう。──それじゃあ、片手剣をお願い。ボウガンでは弾がかさばってしまうから。大丈夫、矢が尽きる前に仕留めて見せるからへと」

 

 二人は互いに笑いあうと旅の支度を終わらせて、この日は早めに床に就いたのだった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌朝早くココットを離れたハナたちは、草原を東に二日ほど歩くと北西と南東に伸びる踏み分け道にぶつかった。踏み分け道ではあるものの、その幅はひろく、二本の轍(わだち)が出来ていることから幾度も竜車が通っており、ここがニーナの言っていたミナガルデとマルシェアをつなぐ道なのかもしれない。ふたりはマルシェア方面に続いているであろう、道を南東へと歩いて行った。

 

 ときどきアプトノスに引かれた荷物を満載にした竜車とすれ違いながら、五日ほど進んだところで丘陵地に差し掛かった。道をたどりながら斜面を登りきったところで、ハナは道の先に見える景色に息をのんだ。道が続く丘を下ったはるか先、歩いて一日か二日ほどのところに港町があり、ハナから見て左手、町の北の方は水面を縁取るようにして壁のように山が連なり、町の右手、南側は荒野が広がっている。そしてなによりハナの目を引いたのは、町の向こうへどこまでも広がる青緑色の水平線だった。

 

「どうやら道に迷うことニャくマルシェアにやってこれたみたいですね」

 

 ニーナの声で我に返ったハナは、ほのかに上気した顔で頷き返すと町を目指して丘を下って行った。

 

 翌日の日没前には町の入り口までたどり着くことが出来た。町は高い石壁で守られ、アーチを描く大きな門には金属で補強された頑丈そうな門扉があり、大きく開かれて人が行き交う往来と、石造りの建物が軒を連ねる町並みがのぞいていた。町の活気ある雰囲気はミナガルデの市場区画に似ているものの、建物の造りはミナガルデや砂漠の町にも似ていない。ほのかに顔をほころばせながら周囲を眺め、ハナは町の門をくぐった。

 

 ハナとニーナはひとまず宿を決め、採掘場に向かうための船を手配しようと港へと向かった。初めて嗅ぐ潮の香りに、見たこともない大小の船。小さな船でも船べりはハナの頭よりも上の位置にあり、狩人小屋が五つ並んだほどの大きさをしているが、大きな船にいたってはどうやって乗り込むのだろうかと思うほど高い場所に船べりがあり、小屋が七つ収まるほどの大きさがあった。

 

 茫然と船を見上げているところをニーナに袖を引っ張られ、本来の目的を思い出して近くにいた船員に声をかけてみた。

船員はさいしょ煩わしそうにしていたが、ハナたちが依頼で採掘場に狩りに向かう旨を話すと船員は「あそこならベリーニ商会の所有だから、商会に行って手配してもらってきな」と手短にベリーニ商会の商館の場所を説明し、ハナは教えてもらった場所へと向かった。

 

 商館は港から少し町中に戻った大通りにあった。二階建てで、凝った装飾の立派な造りの大きな建物で、両開きの扉の玄関からは何人もの商人たちが出入りしていた。

 

 ハナは商館に入ると、広々としたロビーの玄関近くにある受付と思しきカウンターに座る女性に、採掘場の狩りの件で来た頃を伝えた。女性はハナたちを上から下まで眺めると、担当者を呼ぶからと待つように言って窓際にある長椅子を指さした。

 

 ハナたちが長椅子に座って少しすると、恰幅のいい中年の男がやってきた。男は疑わしげな顔で値踏みをするようにハナを上から下まで観察すると、呆れたように鼻を鳴らした。

 

「こんな小娘を寄越してくるとはな……。お前さん、本当にモンスターを狩れるんだろうな? ファンゴやランポスじゃなくて飛竜だぞ?」

 

 ハナは大げさなしぐさで心外だというように大きく目を見開いて、両腕を広げながら男に言った。

 

「その小娘が着ているものが、飛竜を狩猟した際に入手した素材で繕った装備なのですけれどね」

 

 リオレイアの甲殻と鱗で作られた防具と、強化された狩猟弓を、男はちらりと一瞥して小さく唸る。

 

「はん、そうかい。まぁ飛竜を仕留めてもらえるんなら、なんだっていいさ。──で、何の用だ?」

 

「採掘場に向かうための船を手配してもらいたいの。陸路で向かってもいいけれど、早く狩ってもらいたいでしょう?」

 

 商人は、小首をかしげて笑みを浮かべるハナをじっと見ながら顎を撫でながら思案するように黙り込んだが、渋々といった顔で口を開いた。

 

「船は出してやるが、タダというわけにはいかねぇ。船は手入れに金がかかるし、動かすための船員に金を支払わなきゃならん。航行には物資や全員分の食料だって必要だ。その経費は払えるんだろうな?」

 

「いくら掛かるの?」

 

 商人が大まかな費用を告げると、ハナは少し考え商人に頷く。

 

「いいわ。食料は往復の分に加えて、採掘場に滞在する三日分をお願い。支払いは報酬から引く形でどう?」

 

「かまわねぇが、失敗したときのための補償金として、一部を出発前に払ってもらう」

 

 ハナは財布から金貨を取り出して商人に握らせると、明日の朝に出発する旨を告げて商館を出た。

 

 

 

 翌朝、船着き場に向かったハナは商人の用意したであろう船を探した。しかし、どの船も採掘場に向かう船ではなく、ようやくベリーニ商会の船をみつけたがハナを運ぶ船は別にあり、それは港の端の方で出港の準備をしていると告げられた。

 

 いわれたように港の端まで行ってみると、横に並ぶ大きな船体に隠れて見えていなかったのか、はたまた気のせいだと思いたくて見ないようにしていたのか、言われた船はほかの船とは比べ物にならないくらい小さなもので、ほかの船が三本、もしくは二本のマストがあるのに対し、その船はマストが一本しかなく、帆の形状まで違う。ほかの船が横向きに帆を張る造り──船尾のマストは、なぜか斜めに帆げたが取り付けられていた──なのに、その船にはマストの中ほどから木の枝のように伸びた帆げたが船尾に向かって伸びた変わった形をしていた。ただ、小さいといっても港に停泊しているほかの船と比べてのことで、ハナの砂上艇の三倍の大きさはある。

 

 ハナは船に積み込まれていく荷物を点検している男に声をかけた。ほかの船員同様に動きやすそうな薄着だが、どこか雰囲気がある。

 

「採掘場に向かう船はこれでいいの?」

 

 声をかけられた男は手を止め、振り替えるなりハナの姿を見て目を見開く。

 

「まさか、お前さんが採掘場のモンスターを狩りに行くハンターか?」

 

 ハナが頷くと、男は一瞬かたまっていたがすぐに船を飛び降り、ハナのもとにやってきて手を差し出す。

 

「すまんね。まさかこんな若い女の子だとは思わなかったもんでな。この船を任されているエウリーツォだ」

 

 エウリーツォの手を握り返してハナも名乗ると、男が下りてきた船に視線を移した。

 

「他のと比べてずいぶん小さな船ね」

 

 ハナが率直な感想を述べるとエウリーツォは後ろの船を振り返った。

 

「確かにこいつは小さくて、ほかのと違って遠洋には向かないが、この内海でならどの船よりも速いのさ。まぁ、おやっさんは出せる中で一番船員が少なく済ませられて、大して荷物の載せられない役立たずをを選んだんだろうけれどな」

 

 そう言うとエウリーツォは誇らしげに、そしてどこか惚れ惚れするように船を眺めると、ハナに向き直って言った。

 

「とにかく迅速、無事に採掘場に送ってやるよ。順調にいけば、採掘場まで二日以内に着く。その後はあんたが戻るまで三日、俺たちは採掘場の鉱夫たちが利用していた休憩所で待機してるから、終わったらそこに寄ってくれ」

 

 ハナはかすかに眉を寄せて首をひねり、エウリーツォは何かに思い出したような顔をして、くつくつ笑う。

 

「おやっさんのことだから、船の使用料を要求してきたろう? 俺の船は横に並んでいるデカブツよりもぐっと船員が少ないから、吹っ掛けられた料金よりも安いはずだ。戻ったら、しっかり交渉しねぇと損するぜ」 

 

 そう言ってエウリーツォは大きな手でハナの肩をはたくと、あっけにとられた顔のハナを残して作業に戻るのだった。

はじめに

 作品の紹介でも語っている通り、小説に登場させている生物たちは私の考察によるものであり、オリジナルのゲーム「モンスターハンター」シリーズの設定からは外れる二次創作です。なるべくオリジナルの設定を再現(特に外見など)する方向で表現していますが、オリジナルのものはゲーム性も考慮されている印象があり、“実際に生き物として存在するのならばこうなるのではないか”、“よりリアルさを求めるとこうなるのではないか”と感じたものについては独自の考察に基づき変更を加えて表現していますので、オリジナルとは異なった表現があることをお伝えしておきます。もし「もっとリアルに考えるのならこうなるのではないか」というご意見があれば、コメント欄にご記入いただけると幸いです。

 今回この枠を設けたのは、モンスターハンターを知らない方がお立ち寄りいただき小説をお読みいただいた時に、よりイメージをつかみやすくなればと思いました。なにぶん作中では登場人物たちの世界観で表現しているので、私の表現能力の足りなさも含めて読んでいてわかりにくい場合があると思いますので、ここで語る内容が補足になれば幸いです。

 

作中の季節

 ゲームではモンスターハンター2(ドス)から実装され、繁殖期、温暖期、寒冷期の順番で循環し、小説ではこれらが一巡りして一年としていますが、オリジナルで年の単位や表現がなかったので、作中では“一年”を“一巡り”と表現しています。目安として日本の季節感で二月から五月が繁殖期、六月から九月が温暖期、十月から十二月、そして一月を寒冷期としています。

 

ブルファンゴ

 外見はほぼ私たちのいる世界に存在するイノシシに酷似しているので、作中でも「この世界での猪」として描いています。ただ、ブルファンゴはそれら現実の猪より一回り大きなものになり、縄張りへの侵入者に対して好戦的なので危険性は跳ね上がります。

ゲームでは大型モンスターがフィールドに現れようが意に関せず、むしろプレイヤーたちハンターが視界に入るなり襲い掛かってきますが、流石に肉食の大型モンスターとブルファンゴでは“捕食者と獲物”という図式ができてしまうでしょうから、ブルファンゴの生存本能を考えれば捕食者から逃げるだろうとクアトロ・ステラでハナが騎乗するリオレウス亜種が現れた際に逃走させています。

 

オスは単独で行動しますが、雌は育児での危険の減少を図る意味も含め群れをつくることがあります。主に木が生い茂った森林や湿地帯に棲息し、平地もしくは緩やかな傾斜の丘陵地を好みます。ゲームでは狩猟中の難易度を上げるためか、草木もろくに生えていない火山地帯にも現れていましたが、おそらく温泉の湧き出るような、付近に火山のある地域にも生息しているという設定と判断しています。ゆえに火口付近はおろか、溶岩が流れているような、本当にろくに草木が生えていないような場所にはいないだろうとして、私の小説ではそういった場所にはブルファンゴは登場しないとしています。

 

繁殖期に交尾をし、寒冷期明けに出産、育児をします。子供を産んだ雌は発情することなく育児に専念しますが、子供のいない(もしくは生まれなかった)雌は繁殖期のあいだ発情します。雄も発情した雌を相手に交尾に臨みますが、ときには子連れの雌の子供を殺して交尾を図ることもあり、それゆえ子連れの雌は子を守るために非常に好戦的になり危険です。

生まれてから季節が一巡りするころに繁殖可能になるまで成長します。幼少期はカモフラージュのためか体に縦に黒い縞模様(現実のウリボーは名にあるように瓜のように横方向の縞模様)があり、危険を感じると藪などの茂みに身を伏せて隠れます。

 

雑食で、主に地下茎や菌類(キノコ)、寒冷期では団栗などの種子も食しますが、虫や小動物、後述のケルピの亡骸なども食することがあります。基本的に昼行性ですが、付近に昼行性の大型の捕食生物が生息するところでは夜行性となります。

現実の猪同様、皮や肉目的でしばしばハンターに狩られることがありますが、現実の猪よりも硬い毛皮に覆われている(熊<ブルファンゴ<象)ので、一般の狩人が使用する弓や弩では一撃で致命傷を与えるのは困難であり、槍や斧や剣では使い手の能力次第ではそれなりの効果が見込めますが、しっかりとした防護服を着用していないとブルファンゴの攻撃で深刻な傷を負うでしょうし、場合によっては死亡する恐れがあるので、モンスターたちを相手取るハンターたちの助力が得られない場合は罠などでブルファンゴの動きを封じるなどして狩猟する必要があります。

 8月に、8割がた書き終えていた金と白の12話めの続きを執筆しようとしてデータを開けられなくなることがありました。

データ保存も、執筆に使っていたWordもPCもきちんと正式な段取りで閉じたにも関わらず、です。同時に開いていた過去データとその他のデータは無事で、執筆中だった前述のデータのみが壊れているという......。


 USBメモリに保存していて、そのメモリは差しっぱだったので抜き差しによる破損は考えられず、特定のデータだけが破損することがあるのかどうか......。

 ともかく、なんだか気味が悪かったので、それ以降はメモリは都度抜き取るようにし、執筆はオフライン状態にあるノーパソで執筆作業をするようになりました。


 それで現在ですが、金と白を頭から手直ししていて、砂漠編まで直し終わったらひとまとめにしたものをpixivにアップします。

 あとpixivのクアトロ・ステラの続きと、なろうサイトで投稿しているプルーポットの一応の完結として執筆を進めています。ただ、気まぐれに始めた根付けの制作作業と、以前なろうサイトとアニメイトのコラボ企画に投稿した作品を根本から作り直したものの準備もしているので、のんびりとしたものに......なります......。



 で、こちらアメブロの方には、クアトロ・ステラと金と白で登場したモンスターの、考察? オリジナルの設定をなるべく再現しながら生き物として成立させた設定を上げていこうと思っています(余裕があれはイラストもつけたいなぁ......)


以上、近況報告でした

『帰還』


 町に戻ると二人は帆をたたみ、竜車の溜まり場へ向かった。


「報酬を受け取ってすぐに支度を済ませれば、昼までには出発できそうだね」


「そうね。砂上艇があって本当に──」


 途中で言葉を切ったハナを訝(いぶか)しんでヘレンが振り返ると、神妙な顔で砂上艇を凝視している。


「どうしたんだい?」


ヘレンに聞かれて、ハナは砂上艇を見つめたまま言った。


「──砂上艇って砂の上しか走らないのよね」


「そりゃそうだろ。だから、あたしたちはレイアを狩猟するとき山の手前で砂上艇を停めて──」


 ヘレンも話している途中で何かに気づいたらしく、言葉を切るとハナ同様、神妙な顔になって自分が引いている砂上艇を見下ろしたのだった。


 砂上艇は砂の上しか航行できない──船底にある滑走板を外せば強引に水上を航行することはできるがすぐに浸水してくる──ため、山中や森林を進むことはできない。かろうじて平坦な草原なら走れなくもないだろうが、ひとたび石などの硬い突起を踏んでしまえば滑走板が破損してしまって、最悪、立ち往生してしまう。そして二人の住処は砂漠からはるか遠い場所にある。


「……分解はできるんだよねぇ?」


「出来るけれど、これを運んで歩くなんて無理よ。それに、持って帰っても使い道もないし……」


 再び二人は砂上艇を見つめて唸る。砂漠での活動ではとても役に立ってくれた砂上艇が、今は非常に厄介な荷物に見えてくる。


「……とりあえず、報酬を受け取るついでにハキムさんに相談してみましょう」


 ハナの提案にヘレンも頷き、二人は一旦たまり場の隅に砂上艇を預けてハキムを探した。


 いくらも探すことなく休憩所の前でハキムを見つけた。出立の準備か、ハキムは竜車の荷台に荷物を積み込む人足たちに指示を出していて、二人に気づくと手を振ってきた。


「今夜、出発する所だったのです。お二人にいとまを告げることができてよかった」


「私たちも帰る予定だったんです。本当なら、手早く支度して昼までに出発するつもりだったんですけれど……」


 ハナは先ほどの会話のことを話すと、ハキムは朗らかに笑うと言った。


「確かに、あれは携帯に特化させたものですが、竜車などで運ぶことを前提にしていますからね。竜車を手配して荷台に積んでおけば便利ですが、お二人がまたここの砂漠へ来るつもりなのであれば、ここの竜車のたまり場に預けておくといいですよ。分解して隅に立てかけておけば場所をとりませんから、具体的にどうするかは管理者と相談なさい。おそらく預かり賃も請求されず、快諾してくれると思いますよ」


 半信半疑のまま二人はたまり場にとって返し、ハキムに言われたよう管理人に相談すると、たまり場を管理している男は砂上艇は分解してちゃんと倉庫にしまっておき、預かり料もいらないと約束してくれた。

 

 管理人が預かり証の割符を渡す際に二人に感謝を述べたことに首を傾げたヘレンは、得心がいく顔をしたハナに問いかける視線を向けるも、ほくそ笑みながら知らん顔をされ掴みかかって問い詰めようとし、ハナはそれを逃れるようにして戯れるように追いかけっこをしながら二人はハキムのところに戻るのだった。



 二人が戻ったときすでに荷物の積み込みは終了していて人足はおらず、ハキムも休憩所の中でくつろいでいた。二人がハキムのいるテーブルにつくと、ハキムがあらかじめ頼んでくれていたらしい果実のジュースが運ばれてきて二人の前に置かれた。


「私は明日、ドンドルマに向けて出立しますが、お二人はどうします?


 ハキムは用意していた報酬のゼニーが入った袋を二人に渡しながら尋ねると、ハナとヘレンは視線を交わす。


「もし空きがあってご迷惑でなければ、ハキムさんの竜車に便乗させていただけませんか?」


 ハナの言葉にハキムは笑みを浮かべて頷いた。


「もちろんですとも。むしろ護衛として、こちらからもお願いします。ハナさんはココットで降りられるということで宜しいですか?」


「ええ。途中で抜けることになるので、護衛の仕事はちょっと無理ですけれど」


申し訳無さ気なハナの言葉にも気にすることなく構いませんよと笑顔で答えるハキムに、ハナは苦笑を返すのだった。



 その日の夕刻になってハキムの竜車は町を出発し、夕闇に溶けていく砂漠を進んでいく。温暖期が近づき日中の気温が高くなってきているので、なるべく気温の低い時間帯に進むとのことだった。

 

 先日、雌火竜の狩猟に赴いた際に日中の砂漠を移動していたハナとヘレンは「確かにその方が無難だろう」と、なんとなく納得していた程度ではあったが、日が経つにつれて日中の日差しが強くなっていき、活動できなくはないが少し歩くだけで全身から汗が吹き出して止まらなくなるようになって、ようやくハキムの言っていたことをみにしみて理解した。


 ハキムは夕刻から朝にかけて砂漠を進み、陽が高くなる前に竜車をとめて荷台から日除け──竜車を引くアプトノスまで入れる、非常に大きな天幕──を立てて自分たちだけでなくアプトノスも中に入れて強い日差しを凌ぎながら、また夕刻まで休息するのだった。


 やがてじっとしていても日中の日差しが辛くなり始めた頃、微かな湿気を含んだ風を肌に感じ、砂原に草が混じるようになると遠方には背の高い木々が見え始めて砂漠の終わりを知る。それから草原と林をこえて数日後、ようやくココット村へと到着した。



  ココット村の入り口前に竜車が止まるとハナは荷台から降りて、礼を言うために御者席のハキムを振り返るとヘレンも同じように荷台から降りてきた。


 首を傾げるハナに、ヘレンは「しばらくやっかいになるよ」と歯を見せ悪戯っぽく笑う。てっきりハキムの護衛で街までいくものと思っていたハナはハキムを振り返ると、予想していたのか笑みを浮かべて特に驚いた様子がない。


「構いませんよ。ここから先は比較的平穏ですし、これまでに危険なモンスターの出没地域を把握していますので、なんとか避けて通れると思います」


 ハキムが困っている様子もないようなので送ってくれた礼を述べ、街のある方角に向かう竜車が小さくなり見えなくなると、ハナは苦笑しながらヘレンを狩猟小屋まで案内した。



「戻った報告しに村長のところに行くから、あなたはゆっくり休んでいて」


 ハナは適当に部屋の隅に荷物を置いて、外に向かいながら部屋の中を見渡しているヘレンに声をかけると、ヘレンも荷物を置いて駆け寄ってきた。


「じっと待ってても退屈だし、あたしもついていくよ」


「そう。じゃあ、ついでに食事もしましょうか」


ハナはうなづき、二人は村長宅へと向かった。



 村長宅に向かうと、併設された酒場のテラスのいつものテーブルで村長が煙草を燻らせ座っていた。そして、そのテーブルの席には見かけない竜人族の──長寿命の竜人族なので正確な年齢が分からず、あくまで見た目が──壮年の男性が、村長と話をしながら酒を飲んでいた。装いは以前イァンクックの保護を依頼したミナガルデの職員のものに似ていたが、彼のものより仕立てがよく、烏の羽のように艶やかな黒く長い髪は後ろで緩くまとめられている。整った細面は落ち着きが感じられ、知性を湛えた切れ長の目が静かにハナを見つめている。


 竜人の男も気になったが、ハナはひとまず村長に報告を済ませることにした。


「村長、いま戻りました。護衛と、それに伴う狩猟も完了しています」


「ご苦労。お主が砂漠で狩猟したリオレイアのことで、こちらの御仁が話があるそうじゃ」


 竜人の男は立ち上がると、ハナたちに丁寧にお辞儀をした。


「ミナガルデの、生物研究所生態研究部門の大型生物研究班の班長を任されておりますオーフェンと申します。この度は貴重な個体を捕獲してくださり有難うございます。今回はその雌火竜の件でご相談に伺ったのですが、少々話が長くなりますので、まだ食事がお済みでないようでしたら何か食べるものを頼みますが、いかがでしょうか?」


 食事もする予定だった二人はうなづき席に着く。オーフェンの「ご馳走させていただきますから、お好きなものをどうぞ」という言葉に、ヘレンは二人分かと見まごうほどの肉料理を頼み、軽食のみで控えたハナとほぼ同じころに食べ終わってハナを呆れさせた。


 二人の食事が終わって一息ついたころを見計らってオーフェンは今回きた要件を話し始める。


「まずは改めて貴重な個体を捕獲していただいたこと、お礼申し上げます。おかげさまで、私どもがいま研究している内容について大きな手掛かりを得ることができました。それも含めて、ご依頼の雌火竜の保護について報告とご相談に伺った次第です。お二人は、亜種と呼ばれる存在についてご存じですか?」


「私は亜種という呼び方そのものを知りませんでした」


「あたしは噂は聞いたことあるけど、実際に見たことないね」


 二人の返答にオーフェンは頷く。


「一般的に広く知られる生体──亜種と区別するため原種と呼称されています──その原種とは生態や生息地が個体差と呼ぶには大きく異なる特徴を持ったものを総じて亜種と呼称されています。その特徴ゆえ亜種は原種とは違う種として区別されるのが通例ですが、いまだ亜種の幼体が確認されておらず、はっきりとしたことが分かっていないのが現状でした」


「亜種の巣を見つけるとか、成体のつがいを飼育して繁殖してみるとか、やってみなかったのかい?」


「亜種は原種よりも個体の能力が高いものが多いのですよ。それゆえ見つからないところ、侵入されないところに巣をつくっている可能性も捨てきれないのです。そして個体能力が高いということは質のいい素材を入手できるということでもあってか、ハンターたちは素材目的で生け捕りにせず息の根を止めてしまいます。

 

そもそも個体を提供してくれるハンターがあまりいないものですから、研究そのものがなかなかはかどっていませんし、もし捕獲していただいても十分な報酬素材を提供できないのも確かなものですから、ハンターたちに強く要求できません」


言ってため息を吐くオーフェンに、ヘレンは苦笑しながら同情の目を向ける


「まぁ獲物を返してもらえる補償も、同じ素材がもらえる補償もなけりゃ、苦労して仕留めた希少な獲物を誰も渡したいとは思わないよねぇ。──で、あたしたちが捕まえたやつが役に立つと」


「えぇ、しかも今回の個体から、軽視されてきた私たちの班が提唱する説が実証されるかもしれないのです」


「オーフェンさんたちの説?」


「成長過程で原種と亜種に分岐する種が存在する、というものです。小型の走竜下目……ランポスやゲネポスといった鳥竜種やファンゴなどは、リーダーの資質を持つものは第二成長を遂げて他より体躯が大きくなり鶏冠や牙などの種の象徴となる部位もより誇張されるように成長するのが確認されています。それがより大きな変化となって表れたものではないか、と私たちは仮説を立てました……まぁ“成長と呼ぶには度が過ぎている”と一蹴されましたがね」


 少し熱が入るオーフェンの説明に、ヘレンは早々に興味をなくして追加で頼んだ揚げ物をもてあそびながら食し、ハナは妙に熱心に聞き入っていて、少し身を乗り出してオーフェンに質問した。


「私たちが捕まえたリオレイアから、どのようなことが分かるのでしょうか?」


「本来、リオレイアの原種は密林や森林に紛れるような緑色で、亜種は淡いピンク色をしているのですが、あの未成熟な雌火竜はその両方のほぼ中間にあるような色味をしており、変化の途中にあると推測できます。このまま経過を観測できれば、成体になる頃には亜種の色に変わると考えています……まぁ、原種の方に傾く可能性がないわけではありませんが……」


「ちょっと待って、成体じゃなかったの? あの大きさで?」


「そうですね。成体は最小であのリオレイアの1.5倍くらいになります。まぁ季節があと一巡りもすれば繁殖可能となるでしょう。先が楽しみです」


 オーフェンの説明を聞いてハナは一瞬、口をぽかんと開けてほうけた顔をしていたが、すぐに問いただす目をヘレンに向けた。ハナが何かを言いかけるより先にヘレンが口を開く。


「あたしもそうじゃないかと思ってたよ。けど、あの甲殻の硬さだろ? ぜひ欲しいと思うじゃないさ」


 しれっと答えたヘレンを抗議するように睨みつけると、オーフェンに向き直る。


「話の腰を折ってごめんなさい。それで、報告と相談というのは?」


「これからリオレイアの観察をしていただくことになるのですから、わからないことがあれば今のうちに質問していただけると助かります。じつはリオレイアを近郊の森の深部にある山に運びまして、ハナさんにはそのリオレイアの生態観察をお願いしたいのです」


「……どういうこと?」


「ミナガルデから近く、リオレイアが生きていくに十分な環境で、リオレイアの観察と保護を任せるに足るハンターが駐留できる、という条件を考慮するとココット近郊の森が生息に適しており、ココットにはハナさんが生活されていると非常に好条件が揃っているのでリオレイアを山に運び込ませていただきました」


「……あの森は、わかります。ファンゴもそれなりの数が生息していますし、ちかくの平原からもアプトノスがやってくるし、住み心地もいいと思います。でも……私ですか?」


「捕獲したあなた方ならばこそ、あのリオレイアを制しやすくなると考えています。それに、生態観察にもいい経験になると思いますよ。なんでしたら、今後わたしたちの研究を手伝っていただけるのなら我が班での研究資料を共有させていただきます。──引き受けていただけますか?」


 研究資料の共有と聞いてかなり心を動かされながらも、いきなりの話で逡巡していたが、結局ハナは引き受けることを了承し、オーフェンからリオレイアの生態と観察するうえでの諸注意について説明を受け、その場を辞した。

 



 ハナたちは一旦小屋に帰ると携行食と適当な道具をポーチに詰め、防具は砂漠から戻る際に着ていたままでハナは狩猟弓と矢筒、ヘレンは大槌を手にすると森へ向かう。いよいよ温暖期が近づいてきていることから、目的の洞窟まで丘を登り、山を登る頃には二人とも額に汗が滲んでいた。


 洞窟のそばまでやってくると、ハイチが来ていたものを簡略化させた作業着のような装いをした男たちが入り口付近の茂みに身を潜めていたが、気配を全く消せていないことからハイチの部下の研究員なのだろう。護衛にハンターがいないのかと思えば、洞窟に少し入ったあたりで大剣を背負ったそれらしい男が岩陰に身を潜めて奥の方を注視していた。こちらは流石にあまり気配を感じさせないようにしている。

 

 洞窟の奥からはときおりかすかな地鳴りのような音と大きなものが身じろぎする音が聞こえ、おそらくリオレイアがたてている音だと推測する。


 研究員と思しき男がハナたちに振り返り、装いを見て何かを察した様子で手招きしてきた。ハナが身振りで中の様子を尋ねると、男は声をひそめて話し出す。


「あなたがハナさんですね。先ほど収容が終わり、あなたが来ると見張りを交代して撤収するよう言われています。リオレイアの麻酔はもう切れている頃なので、そろそろ目覚めて動き出すかもしれませんのでご注意ください」


 それだけ言うと男は、他の職員と洞窟の中にいるハンター風の男に合図を送り、皆が揃うと山を降り始めた。ハンター風の男は通り過ぎざまハナたちを一瞥し、ハナの背負った弓と矢筒に一瞬きょとんとした顔をしたが、小馬鹿にするように軽く笑うと他の職員たちと一緒に山を降りていった。


「ちょっと何だい、あの態度」


「気にする事ないわ、いきましょう」


 坂道を降りていくハンターの背中を睨みつけて、いまにも追いかけようとするヘレンの肩に手を置いて制すると、ハナはヘレンの背中を軽く叩いて静かに洞窟に入っていった。


 中を覗き込むと褐色のリオレイアがうずくまっており、目覚めた場所が見ず知らずの場所だからか戸惑うように辺りをうかがっていたが、ハナとヘレンの姿を見つけるとぎこちない動きで立ち上がり、怯えた気配をにじませながらも翼を広げて二人を威嚇してくる。


 ヘレンは大槌を腰に下げたまま腕を組んで壁にもたれかかり、ハナは左手に弓を握ってはいるが矢をつがえず右手は矢筒に添えるのみで、素早く周囲とリオレイアを観察した。

 

 成体がどれほどの大きさになるのかわからないが、今のリオレイアのサイズで余りあるほどの空間があるので、おそらく成体となっても十分な広さがあるとしてここに運ばれたのだろう。リオレイアの下には大量の藁が敷き詰められて寝床がつくられていて、後々はリオレイアが自分で居心地よく工夫するだろう。


 雌火竜は体の大きさ、各部の傷の位置から自分たちが捕獲したリオレイアで間違いない。なにより手ひどく痛めつけた自分たちのことをよく覚えているようだ。きちんと治療をされたらしく、負傷した箇所に半透明の軟膏が塗布されている。


 洞窟には閉じ込める柵のようなものは設けられていない。リオレイアにも拘束具らしいものは一切ないので逃げ出そうと思えばいつでも逃げられる状態ということは、研究者たちは雌火竜はここを住処にすると確信しているのだろうか。


 状況を把握すると、リオレイアをこれ以上興奮させるのも良くないので今日のところはひとまず撤収することにし、ハナは右手でヘレンに下がるよう合図を送ると、ゆっくりと洞窟を出るのだった。


「あれじゃ傷が治り次第、どっかに飛んでっちまうんじゃないのかい?」


 ヘレンが斜面を下りながら前を歩くハナに疑問を投げかけると、ハナは困った顔で笑いながら振り返る。


「私もリオレイアのことについてはわからないことだらけだからなんとも言えないわね。研究所の人たちのほうがはるかにリオレイアのことを知っているわけだし、その人達が何も処置をせず、特に何も言わなかったのだからあのままでいいのだと思う。それより、今晩の食材を調達したいから、あなたも手伝いなさい」

 

 


 ハナは森の中を案内しながら道すがら山菜や木の実を採取し、池のある野営地まで戻ってくるとヘレンと二人で魚釣りに勤しんだ。日が沈むと釣った魚をさばいて串にさして焚き火で焼いて食べると、野営地で夜を明かしたいというヘレンに従い、二人はテントで眠った。


 翌朝、二人はリオレイアの様子を見に再び山を登る。今度は洞窟には入らず、入口から少し離れたところで聞き耳を立てて中の様子を探った。リオレイアはすでに起きていたらしく、洞窟の中を歩き回る音が聞こえた。時々立ち止まっては再び歩き出す様子からすると、洞窟の中を探っているらしい。

 

 ハナはヘレンを促してその場を離れると、山をぐるりと回り込んで絶壁に移動した。ヘレンは崖を見上げ、遥か上に僅かに見える洞窟への入口を指差し登るのかと問いかけたがハナは首を振り、ヘレンを誘って近くの茂みに身を隠した。そして荷物から双眼鏡をとりだすと、そのまま静かに洞窟の入口を見据えるのだった。


 しばらくして洞窟の中からリオレイアが姿を表し、ハナは素早く双眼鏡を覗き込んでリオレイアを観察する。リオレイアは崖の縁まで歩み寄ると周囲を見回し、そして何かを探るように眼下の森のあちこちに視線を移していく。そして大きく翼を広げると、地面を蹴って森の深部にある湖の方角へと滑るように降下していった。


 追いかけるため立ち上がろうとしたヘレンの肩を掴んだハナは、再びヘレンをしゃがみ込ませると遠くの音を探るように耳を澄ませた。ほどなくリオレイアが飛んでいった方角から鳥たちが慌て飛び立つ羽音が聞こえ、しばらくして聞き覚えのある大きな翼の羽ばたく音とともに片足にブルファンゴを掴んだリオレイアが崖の上に降下してきた。そして着地するなり仕留めた獲物にかぶりついて食事を始め、再び洞窟の中に戻っていくとハナはヘレンを促して静かに茂みから抜け出し野営地へと戻るのだった。



 野営地に着くと卵と燻製肉を炒めてパンに挟んで朝食にして食べるとハナはくつろいだ姿勢で池に糸を垂らし、ヘレンはデッキチェアに寝そべって各々のんびりとした時間を過ごした。


「よかったわぁ、体を休めるためのねぐらとして認めてくれたみたいね。そのまま住み着くかどうかは、まだわからないけれど」


「あたしはリオレイアが自由になったのを幸いと逃げ去らないか、昨晩から気が気じゃなかったよ」


 ウキが沈んだ瞬間、ハナは無造作に竿を上げて魚を釣り上げたが、思ったより小さかったのか針を外してそっと池に返した。


「翼の負傷があったからそれは心配してなかったけれど、逆に飛べなかったら狩りに支障をきたすから、さっきはそれを確認しにいたのだけれど、治療薬が効いているのかだいぶ飛べるようになってたみたいね。それもちょっと安心した」


ヘレンが寝そべったままくつくつと笑う。


「そのまま怪我が治って明日には飛んで逃げちまうんじゃないのかい?」


「砂漠に比べて居心地がいいから大丈夫なんじゃないかしら。逃げるのであれば洞窟に戻らず飛び去るか、獲物を捕まえて戻らなかったはずだし」


「そんなもんかねぇ」


 そのまま二人は言葉をかわさず、鳥のさえずりと風に揺れる木々の葉擦れを聞きながらのんびりと過ごすと、昼を過ぎたあたりで村に帰った。



 数日の間、リオレイアは朝に狩りに出て食事をすると翌日まで洞窟の中で休むといったことを繰り返していた。そのあいだ二人も朝にリオレイアを崖の下から観察し、一日を森で過ごした。


 ある日、捕獲報酬であるリオレイアの生態素材がミナガルデから届いた。二人はそれを分配すると、ハナは弓の強化と防具の製作に使った。ヘレンは双剣を作ろうとしたが雌雄の素材が必要だということが判明し、手元になかったため諦めることになった。


 季節は温暖期に入って数日。植物は青々と茂り、生き物たちは活力に満ちるころになるとリオレイアの体にも目に見えて変化が現れる。打撲傷はすっかり癒え、肩と翼の傷もほとんど目立たなくなった。そして傷の治癒と体力の回復に合わせて褐色だった体色が徐々に淡い色合いになっていき、原種の色とされる緑の色味も抜けていった。


 研究員も定期的に村にやってきてハナの報告を聞き、リオレイアの観察をしていたのだが、前回来たときはまだ変化の兆候が見られなかったときだったので、ハナが急遽ミナガルデに隼を飛ばして急ぎオーフェンがやってきた。


「素晴らしい、我々の説が実証されつつありますね」


 三人は森の中を徘徊しているリオレイアを刺激しないよう、ハナとヘレン、そしてハナに呼ばれてやってきたオーフェンが双眼鏡を使って離れたところから観察していた。


「体の大きさはじわじわと成長はしていたのですけれど、ここの環境に馴染んで、傷も治り始めて体力が回復していくと変化が見え始めた印象です」


「なるほど。コンディション──生命力も変化に必要な要素というわけですか。もしかすると、ある水準を超えた生命力や能力を持つものが変化するのでしょうか……もっと他の個体も調査したいところですね」


 リオレイアの話で盛り上がるオーフェンとハナとは反対に、ヘレンは会話の内容に全く興味を見せず、あくび混じりにあたりの景色を眺めていたが、おもむろに口を開いた。


「繁殖はどうすんだい?」


 話に夢中になっていた二人は、ヘレンの言葉に「そういえば」と顔を見合わせた。


「そればかりはなんとも言えませんね。どこかからリオレウスを捕まえてきてあてがうわけにはいきませんし、繁殖可能となっても当のリオレイアがその気がなければ、ただストレスを与えるだけになりますからね。しかし、どのようにして相手を見つけるか、などといったことは分からないことも多いので、そういった状況に立ち会ってみたいですね」


オーフェンの返答に、ヘレンはやはりどこか気のない感じで「なるほどねぇ」と返しながら双眼鏡を覗き込んでいた。



 季節がめぐり、繁殖期がやってくる頃にはリオレイアも運び込まれた頃に比べて体が一回り大きくなり、体色も淡いピンク色になって原種の色も、捕獲されたときのような枯葉色の面影が見られなくなった。そしてこの頃には完全に洞窟を住処として定着し、朝に住処を出て森の外へと飛び去っても日没には洞窟へと帰ってきているようだった。


 ハナが感心したのは、森の生態系の頂点にありながら他の森の住民の生存性を脅かすことなく、休憩に地上に下りてきても長時間そこにはとどまらず、少し休んではどこかへと飛び立って他の生き物がその場所に寄り付かなくなるようなことはなく、これは狩り場も同じで狭い地域に集中して狩りは行わず、離れた場所にいくつか狩り場を確保しているようで毎日違う方角へと飛び立っている。


 ただ、オーフェンの話ではそろそろ繁殖可能になるということだが一向にその気配はなく、ヤキモキするハナをヘレンが「嫁の婚期を心配する母親だ」と茶化し、オーフェンは「のんびり待ちましょう」となだめるのだった。

 



 ある日、いつものように二人で森を巡回して野営地で各々気ままに過ごしていると、デッキチェアに寝そべっていたヘレンが「そろそろ街に帰るよ」とこぼす。


 まるで今日の夕飯は焼き魚がいいというような調子で言われたので、池に浮かぶウキに注視しながら生返事を返したハナだったが、言葉の意味が頭に染み込んでくると驚いてヘレンを振り返った。


「いつ?」


「明日」


「……そう」


そう言葉をかわしたあと、日没に村に帰るまで二人は一言も話すことはなかった。



 翌朝、朝食を済ませたあと旅支度を済ませたヘレンはハナから弁当を受け取るとしばし逡巡し、言い淀みながらおずおずと「おまえも──ハナも、一緒にドンドルマに来ないか」と尋ねた。


 ハナは一瞬目を見張り、ついで困ったように笑みを浮かべた。


「嬉しい申し出だけれど、まだリオレイアの観察を続けなきゃならないから……。せめてあの子が子供を生むまでは続けないと」


「そっか……そうだよな……」


 ヘレンは泣き出しそうな、困ったような顔で笑い返すと、ハナを引き寄せ抱きしめた。ハナは驚きながらもすぐに微笑み、自身もヘレンを抱きしめかえした。


「元気でね、ヘレン」


 一向に抱擁を解く様子がなく、かすかに震えるヘレンの背中をハナが優しく撫でていると、ようやく抱擁を解いたヘレンはふわりと笑みを浮かべてハナの肩を優しく叩き、颯爽(さっそう)と歩み去り、ハナは狩猟小屋の戸口に立って、ヘレンの背中が村を出て見えなくなるまで静かに見送るのだった。

 ヘレンは足音を忍ばせ、姿勢を低くして茂みなどに身を隠しながらリオレイアに接近していく。ハナはヘレンを支援するため気配を殺して岩陰に隠れて矢をつがえ、ヘレンが行動を起こすのを待った。

 

 ゆっくりとリオレイアの背後に回り、そして近づいていく。あと一息で駆け寄れる距離まで来てヘレンが茂みから抜け出そうとした直前、気配に気づいたリオレイアが振り向きヘレンを視界にとらえた。

 

 構わず駆けだしたヘレンは襲い掛かってきた尻尾をかがんで躱し、腹部に殴り掛からんと起き上がったところに横なぎに振った尻尾の勢いで向きを変えたリオレイアの大きく開けた口が迫ってくる。ヘレンは左前に跳びながら腰からハンマーを抜き放ち、身体をひねってリオレイアの側頭部に大槌を叩き込んだ

 

(浅い)

 

 回避から強引に攻撃に転じたため距離が甘く、大槌にも勢いをつけられず軽く小突いただけに終わった。そして体当たりを仕掛けてきたリオレイアの肩に背中を強打されて弾き飛ばされた。

 

 ヘレンが仕掛けるのに合わせてハナは弓を引き、尻尾の勢いで反転したリオレイアの右脚に矢を放ったが頑丈な甲殻の表面をわずかに削るのみではじかれてしまう。ハナは軽く眉を寄せたのみで矢筒から新たに矢を抜き取って弓につがえると引き絞り、ヘレンに襲い掛かるリオレイアの右肩関節に狙いをつけて矢を放った。まさにいまヘレンを弾き飛ばしたリオレイアの肩に矢が刺さり、雌火竜は激痛に悲鳴を上げてヘレンに追い打ちをかけようとした動きを止めた。

 

 激怒したリオレイアは標的をハナに変え、立て続けに火球を飛ばしてきた。ハナは矢筒から矢を抜き取りながら右へ左へと後ろに跳んで火球を躱し、リオレイアが息を継ぐため攻撃を止めた隙を見計らって素早く弓を引き、左の翼を狙って放たれた矢は左腕の甲殻をえぐり取ってリオレイアをひるませた。

 

 ハナが次の矢をつがえた時、レイアに弾き飛ばされたヘレンが起き上がってハナに叫んだ。

 

「援護してくれ、あたしが畳みかけて弱らせる!」

 

 言い終わらないうちにヘレンは雄たけびを上げながら雌火竜に突進する。ヘレンに気づいて襲い掛かろうとしたリオレイアにハナが矢を突き立てそれを阻止し、懐に入り込んだヘレンがわき腹に大槌を叩き込んだ。リオレイアも足蹴にして応戦するもヘレンはすでにそこにはおらず、移動したヘレンにさらに攻撃を仕掛けようとすればハナが矢を放ち、意識が分散したところにヘレンが腹部や胸部に大槌をたたきつけた。

 

 そのような応酬を二度繰り返したとき、たまらず逃げ出そうとしたリオレイアが痛みに耐えながらぎこちなく翼をはばたかせて飛び上がった。

 

「逃がすか!」

 

 地を離れかけたリオレイアに、勢いをつけて跳びあがったヘレンは大槌を振りかぶって力いっぱい振り下ろした。大槌はリオレイアのわき腹を強打し、痛みにひるんだリオレイアは羽ばたき損ねて失速して落下した。そこに弓を引いて狙いをつけていたハナの放った矢がリオレイアの左足の内腿を貫き、よろよろと立ち上がったリオレイアの頭部をヘレンが左右から殴打し、ふらついたところをダメ押しで下から突き上げるように下を殴りつけるとリオレイアはその場に頽れた。

 

「まさか死なせてしまったの……?」

 

「昏倒しただけだよ──あたしは加減しながら戦うのは苦手なんだから、あんまりこういう戦い方をさせないでくれよ」

 

 おそるおそるリオレイアの顔を覗き込みながら不安げにハナがつぶやくと、地面に突き立てた大槌に寄りかかり、息を整えながらヘレンがぼやく。ハナはぎこちなくヘレンに微笑みかけながらも安堵した様子でバックパックから両手に乗るサイズの平たい装置を取り出し、リオレイアのそばに置いて起動させると小走りで離れた。

 

 一拍置いてリオレイアの下の地中へ爆発が起こって地面を穿(うが)ち、もろくなった地中に雌火竜が落下すると同時にネットが広がって獲物に覆いかぶさった。落下の衝撃で目を覚ましたリオレイアは突然のことに慌てもがくがネットが体に絡みつき、二人の攻撃で消耗したリオレイアが瓦礫に埋もれてどんどん身動きが取れなくなったところにハナがぶつけた麻酔玉により強い睡魔に襲われ意識を失った。

 

 

 

 無事にリオレイアの捕獲を完了して一息ついている間にどんどんあたりが暗くなっていく。手元が見えなくなる前にハナがランタンに火を入れて点灯させ野営地まで移動した。とりあえず、いま必要な寝袋と毛布を持って再び捕獲したリオレイアのところに戻り、干し肉と干し果物を食べて水で流し込むと寝袋に体を押し込み、毛布をかぶせてくっつくようにして眠りについた。

 

 翌朝、野営地の設備を撤収して捕獲場所に移設すると、ハナは小さな紙片に何かを書き込んで小さくたたみ、ハキムが持たせてくれたハヤブサの脚についた筒にたたんだ紙片を入れると空に放った。ハヤブサは空高く飛び上がると輪を描くように飛んでいたが、やがて町のある方向に飛んで行った。

 

「どうするつもりなんだ?」

 

 空を見上げてハヤブサを見送っていたハナにヘレンが話しかけた。

 

「あたしらには捕獲した際の報酬としてストックされていた“普通の”レイアの素材が渡されて、こいつは引き渡した先で研究のためにいろいろ実験された挙句、生態標本として体の一部を採取されてはく製にされるか、解体されて標本化されるのがオチさ」

 

「よく知ってるのね」

 

 不満げにぼやくヘレンに振り向き、感心するようにハナが言うとヘレンは自重するようにゆがんだ笑みを浮かべた。

 

「色々噂を聞くし、あたしも実際になんかの液体の入ったビンに入れて保存された内臓とか見たことあるからね。訳の分からん研究とやらの材料にされるより、あたしらの装備にして有効活用してやった方がこいつも浮かばれるんじゃないかね」

 

 胡乱な目を向けるヘレンの顔をしばらく見つめた後、ハナはなだめるような笑みを返して「報酬素材についてはあきらめるしかないと思うけれど」と前置きしてヘレンに言った。

 

「この子の処遇については、頼める人物に心当たりがあるの。少なくとも標本にされることはないはずよ」

 

 ヘレンは疑わしげな眼でハナをねめつけていたが、ため息を吐くと「そうかい」とつぶやき、ふて寝するように横になった。

 

 

 

 それから二人は、一方がリオレイアの見張りにつき、そのあいだもう一方が周辺の調査や水と食料の調達に赴いた。その間、どちらもリオレイアのねぐらで発見した謎のモンスターの新しい痕跡を発見することはなく、おそらくもう周辺にはいなくなったのだろうと結論付けた。

 

 そうして二日後、尾根を散策していたハナが気球がやってくるのを発見し、捕獲場所で集めた低木の枯れ木をいぶして狼煙にして気球を誘導した。

 

 気球がリオレイアの回収作業をする間、ハナは作業の責任者に書簡を渡しながらこれをミナガルデの研究施設に届けてもらい、手紙の受取人にリオレイアを無事引き渡してほしいと頼んだ。責任者は、自分たちは南の街ケスプのギルドからきていてリオレイアはすぐには受取人には渡せないが、手紙はミナガルデに届けてリオレイアは引受人が来るまで自分たちがしっかりと守っておくと請け負ってくれた。

 

 二人はいっしょに気球に乗っていくかと誘われたが砂上艇があるからと丁重に断り、気球が飛び立つのを見送りながらヘレンが感心するように言った。

 

「驚いた、もっと雑に扱われるかと思ったよ。おまけにレイアの管理まで請け負ってくれてさ。あたしら、そんなに立派に見えるもんかねぇ」

 

苦笑を浮かべてハナが答える。

 

「多分、それは私たちじゃなくてハキムさんの威光なんじゃない? 町の人たちのハキムさんへの態度とか見ていると結構影響力がありそうだし」

 

 その言葉にヘレンも妙に納得したように頷くと、ハナを促して野営の撤収を始めるのだった。

 夜明け前に二人は目を覚まし──昨晩は休憩所の男にレシピを聞いていたハナの、トウガラシを使った料理の美味しさと体の芯から温まるような効用に、ヘレンはすっかり機嫌をよくしていた──夜明けとともにキャンプを出発した。

 

 二人はいったん高い場所まで行き、そこから周囲を観察して大型モンスターのねぐらになりそうな場所に目星をつけ、一番近い場所から調べることにした。

 

 最初に向かった場所は比較的平らな場所が広く、くるぶしを隠す程度の背の低い植物に地面が覆われ岩壁の隙間からしみだした水が小さな水溜まりと小さな川を作っており、実際に現地に来てみれば、ねぐらというよりも草を食みに来る草食竜や、水を飲みに来る獣を捕食しに来る狩場といったものだった。次に向かった場所はゲネポスの巣だったらしく、二人は群れが戻ってくる前に退散した。

 

 次に向かった場所は、隅に草食竜や小型のモンスターの骨が山を作っており、どこからか運ばれてきた枯れ枝や枯れ草が散らばっていた。目撃したリオレイアがくつろぎ、寝そべるには十分な広さがあり、歩き回った足跡、寝そべった跡がいくつもあることから、ここがねぐらであった可能性が非常に高いと判断した二人は、ここを入念に調査することにした。

 

「大喧嘩したみたいに、めちゃくちゃじゃないさ……」

 

 辺りに散乱する枯れ枝や枯れ草などを眺めて呆れたようにヘレンがつぶやく。それに対して「そういうわけではないみたい」と、ひざまずいて熱心に地面を調べていたハナが言った。

 

「確かに飛竜が羽ばたき、暴れまわった跡にも見えなくもないけれど──これを見て」

 

 ハナは自分が見ていた地面を指示し、ヘレンがそばに来てじっと見つめた後、右手でそっと地面をなぞってみて表面が削られているのに気づいた。羽ばたきの風圧程度では不可能なえぐれ方をしている。その痕跡を辿ってみると、まるで円を描くような痕跡だった。

 

「爪や尻尾なんかで削れたものではないわね……。もしそうだとしたら、非常に奇妙で不自然な動き方をする生き物ね。散らばった枯れ枝や草の位置が大きなつむじ風に巻き込まれ、吹き飛ばされたような散らばり方をしてる

 

──あくまで私の突飛な想像でしかないけれど、そしてこんな場所でどうして発生したのか説明がつかないけれど非常に強力で小規模な竜巻が発生して、リオレイアはそのせいでここにいられなくなって逃げ出したのではないかしら。もし、強力な風圧できりもみしながら飛び上がるモンスターがいるのなら別だけれど……」

 

「んなもん、あたしも見たことないよ」

 

 ヘレンは苦笑を浮かべ、ハナは「もっと詳しく調べてみる」と再び痕跡を調べ始めた。ヘレンは周囲を取り囲む斜面を登り、あたりが見渡せそうな場所まで行くと周囲に注意を向けるのだった。

 

 

 

 ハナが斜面に不自然にえぐれた痕跡を調べているとき、ヘレンが口笛を吹いて注意を促してきた。ハナが顔を上げそちらを見ると、ヘレンが「レイアだ」と遠くを指さした。

 

 ハナは斜面を駆け上がってヘレンのそばまで行くと指さした先を見た。今朝に調査した狩場とおぼしき場所の上空、何かに狙いを定めたかと思うと急降下していった。

 

「どうする?」

 

 太陽の位置を見ながら聞くヘレンに、リオレイアの動向に注視しながらハナが言った。

 

「このまま観察しましょう。今から向かったところでまたどこかに飛び立ってしまうだろうし、追いかけて狩りをするには、ちょっと時間が経ってしまってる。どこで食事をして、どこで休息するのかをこのまま見張って明日に備えましょう」

 

「だね」

 

話しているうちに、再びリオレイアが翼をはばたかせて姿を見せた。片足に首がぐらりと垂れ下がったゲネポスをつかんでおり、空高く舞い上がるとそのままの高度を維持したまま周囲に目を配っている。

 

「ん?」

 

 そのまま見ているとリオレイアと目が合ったように感じ、二人は咄嗟に身を伏せた。するとリオレイアは移動を開始し、だんだんこちらへと向かってくる。

 

 ヘレンは斜面に身を伏せたままハナに目配せし、同様に身を伏せていたハナも表情を引き締めて頷く。二人は身を伏せたままそっと斜面を降りてゆき、ヘレンは大槌を手に骨の山に紛れるようにして身を伏せ、ハナは狩猟弓に矢をつがえてリオレイアを待ち構えた。

 

 

 

 やがて羽ばたきが聞こえ、山の上からリオレイアが姿を現した。ハナは雌火竜の心臓と思しき箇所に目星をつけて矢を引き絞ったが、心に迷いが生まれて狙いが定められない。

 

 それでもなんとか射落とそうと肩に狙いを変えた時、リオレイアが咆哮を上げた。今までに聞いたことのない大音響にたまらずハナは顔をしかめ、放たれた矢は狙いをそれてゲネポスの腹に深々と刺さる。

 

 リオレイアはハナ目掛けてゲネポスの亡骸を放り投げると翼をはばたかせながらゆっくりと降りてきた。落ちてきた亡骸を躱したハナは翼が発する風圧で弓を引くことができず、その間にリオレイアは地上に降り立った。

 

 レイアが地上に降りる直前ヘレンは立ち上がり、ハナに向き合い自分に背を向けているリオレイアに駆け寄ると、着地直後を狙って尻尾めがけて槌を振り下ろした。

 

「なっ!」

 

 通常なら甲殻を欠片なりとも砕いてひるませる一撃が、鈍い音を立てて甲殻にぶつかり、浅く引っ掻き傷を作りながら滑り落ちるだけに終わった。ならば腹部をとヘレンがさらにリオレイアの足元に踏み込もうとしたとき尻尾の横なぎが襲い掛かり、ヘレンは転がりながらくぐるようにしてこれを躱した。

 

 ヘレンに意識が向いた隙にハナは矢をつがえて眉間を撃ち抜かんと狙いを定めて待ち構えたが、リオレイアがこちらを向いて口を開けたとたん悪寒が走り、咄嗟に横に飛びのいた。直後、自分がいた場所に火球が飛んできて、燃えた油のように地面にぶつかりあたりに炎を散らした。一部がハナのくるぶしに当たって防具を燃やし、ハナは慌てて叩き消す。

 

 ハナに追い打ちをかけようとしたリオレイアは左脚に鈍い痛みを感じ、見るともう一人が自分の脚に殴りかかっていた。煩わしく思い脚で蹴りつけ追い払うと二人を視界にとらえるためにいったん空に飛び上がった。

 

 矢をつがえようとしてたハナは、リオレイアが翼を広げたのを見て矢をつがえるのをやめ腕で顔を庇いながら姿勢を低くして風圧に備える。そして飛び上がると同時に素早く矢をつがえ、胴体めがけて放った。矢は右脚の内ももに刺さり、リオレイアは悲鳴を上げてそのまま飛び去ってしまった。

 

「どうする?」

 

 そばに駆け寄りながらヘレンが問うと、ハナはリオレイアの行く先を目で追いながら答えた。

 

「追いましょう。ここがねぐらで間違いないんでしょうけれど、先ほど見たように別の場所、それも遠くの方まで逃げられたら追跡が大変になる」

 

 ヘレンは頷き斜面を駆け上がり、ハナもそれに続く。リオレイアの行く先を見失わないよう、二人はなるべく尾根を走り、リオレイアのあとを追った。

 

 

 

 脚の負傷のためか、幸いにもリオレイアはあまり遠くまで行くことなく低木が群生する山間のひとつに降りて行った。二人はペースを上げ、リオレイアのいる山間の近くまで行くと息を整えてそっと近づき、物陰から覗き込んだ。低木のそばには水が湧き出しているのか小さな池があり、リオレイアはそこで水を飲んでいるところだった。

 

「あたしが今まで見たレイアよりもかなり頑丈だった。アイツの甲殻を使えばきっといい防具がつくれるよ」

 

 リオレイアを見張りながら嬉しそうにつぶやくヘレンの言葉を聞きとがめ、彼女の肩をつかみながらハナは訴えかけるようにささやいた。

 

「あの子って通常とはちがって珍しいタイプなんでしょう? 殺さず捕まえて保護してもらいましょうよ」

 

ヘレンは振り返るとハナを凝視した。

 

「正気かい? あれほどの獲物はめったにお目にかかれないんだよ。保護しちまったらあの素材は手に入らないじゃないか」

 

「それでも。あの子が生き続けて、その子が生まれて数が増えるようになったら、今後もっと素材を入手する機会が増えるでしょう?」

 

「今後って、お前──」

 

 ヘレンは忌々しさと迷いの入り混じった顔でハナを見、その目を頑として引かない気持ちを込めてハナが見つめ返す。

 

「──お願い」

 

「……わかったよ。けど、あたしは捕獲用の罠なんて持ってきてないよ?」

 

 あきらめるように肩を落としながら拗(す)ねたようにヘレンが言うと、嬉しそうに微笑みながらハナは自らのバックパックを軽くたたく。それを見てヘレンは困ったような顔で笑みを返した。

『砂漠の雌火竜』

 

「お前、双剣なんか使えたのな」

 

 砂上艇の帆を調整しながらヘレンがハナに尋ねた。今二人はリオレイアと思しき飛竜の狩猟のため、ハキムに聞いた飛竜のねぐらがあるという岩山へと向かっていた。おおかたのねぐらの位置は以前から把握されていたものの、砂上艇でも町から丸一日かかるということ、一度も町の付近まで飛来したことがなかったことからずっと放置されていた。今回、町中にまで飛竜がやってきてしまったことからハキムが町の代表に掛け合い、正式に二人に狩猟依頼されることになった。

 

 今回ヘレンは修繕がおわった対モンスター戦闘用防具を身につけ、腰に愛用の槌を下げている。ハナはドスガレオスの狩猟の時に身につけていたランポスの防護服に、ガレオスの皮と鱗で作られた籠手と胴衣を合わせ、工房から買い受けた狩猟弓と矢筒を身につけている。そして移動手段に報酬で受け取ることにもなっているということで継続して借り受けた砂上艇に、数日分の食料とキャンプ設営用部材を積載している。

 

 舵を握り、コンパスでこまめに方角を確認しながらハナが答える。

 

「暴走する危険もあるから、練習程度にしか使っていないけれどね。それでも昏倒するようなことはないかな。今回はあなたがいるから、多少暴走する危険があっても止めてくれると思って工房で調達したかったんだけれど、ね」

 

「あたし頼みかよ」

 

顔を顰めるヘレンに、ハナはイタズラっぽく笑いかけた

 

「万が一よ。ずいぶん練習して"これ以上は危ない"って加減はわかるようになったんだから。あなたの話を聞いて破壊力のある武器がいいだろうとは思うのだけれど、よく知らない相手に使い慣れない重い武器はやめておいた方がいいし、なら双剣ならいいんじゃないかと思ったの。なのに、おいていないどころか双剣を知らないなんて……」

 

不満を漏らすハナに、ヘレンは宥めるように言ったものだ

 

「まだドンドルマやミナガルデでも使える人間が少ないんだ。不用意に広めるわけにはいかないんだろうさ」

 

「そういうものなのかなぁ……」

 

 一晩、砂上艇で過ごし、翌朝に目的の岩山に着いた。歩いて登れなくはないものの傾斜はきつく、まだ朝とはいえ強い日差しに照らされ、頂上に登りついたときには二人とも全身が汗にぬれていた。登ってみてわかったのは、二人がいるのは城壁のように連なり林立する山の一つにすぎず、端から端まで踏破しようと思うと数日はかかりそうなほど広大な山塊だということだった。そして幾つかある山に囲まれた窪地には背の低い植物がまばらに生えており、それらのどれかが飛竜のねぐらであるらしかった。

 

「いや、広すぎんだろ……。もうちょっと具体的な位置を調べとけよ……」

 

 眼前に広がる景色にヘレンがげんなりした顔で頽(くずお)れながらぼやき、ハナは息を整えながら苦笑を浮かべて、なだめるようにヘレンの肩をたたく。

 

 休憩中、水分補給をしながら何気なく辺りを見回していたハナは何かに気づき、ヘレンの肩を叩いて山間の一つを指差した。ヘレンはそちらに目を凝らして「レイアだな」と呟き、直後に顔を顰める。

 

「何だい、ありゃ」

 

 岩場の先の荒地に舞い降りてきたのは一頭の飛竜で、姿形はヘレンも狩ったことのあるリオレイアに間違いないのだが、その体色は樹林に溶け込むような緑色ではなく、粘土を焼いたレンガのような赤褐色をしていた。

 

「どこか変なところでもあるの?」

 

「あいつの体って褐色だろ? けど、本来レイアってのは全身を覆う甲殻が緑色なんだよ。他のハンターたちが狩ってたやつも緑色だったから間違いない……はず」

 

 ハナの疑問に困惑しながらヘレンが答えると、ハナも褐色のリオレイアを眺めながら首をひねる。

 

「──あの子、私が見たのとは違う気がする」

 

ヘレンはチラリとハナを見た

 

「それは、この前見かけたやつか?」

 

「そう。遠かったし、しっかり確認できたわけでもないから確証はないけれど、翼の形が全然違う。方角的にこちらの方だし、飛んでいた場所は大きさがその子と大体同じか少し大きいくらいだったら、町からここまでの中間から少しこちら寄り、かな」

 

「じゃあ、もしかしたらレイア以外の何かもいるってことか──どうする?」

 

「なぜレイアが町に来たのかも調べたいし、また町にやって来て住民を襲う危険があるから狩猟しなきゃならないんじゃない?」

 

ハナの返答にヘレンは軽く眉を寄せる。

 

「まぁ、そうなんだけどさ。お前が見たってのが何なのかってのが気になるんだよ。そいつらを両方相手することになったら、メンドクサイことになるだろう? 前もって正体を知っておきたいじゃないさ」

 

「そうだけれど……。じゃあ、リオレイアの調査を一番に、もう一方のモンスターの調査も同時進行で進めていきましょうか」

 

 目的の場所に向かうまでにリオレイアは飛び去ってしまったが二人はリオレイアを追わず、まずは降り立った場所を調べてみることにした。向かった先は十分な広さはあるものの大きな岩が無数に転がり、とてもくつろげるような場所ではなかった。しかし寝そべった痕跡があることから、ここで休息をとっていたことは確かなようで、二人は「どうしてこんなところで?」と首をひねる。

 

 長い間このあたりをねぐらにしていたのなら、もっと他にくつろぐのに適した場所があるはずだろうということと、ハナが目撃したモンスターの痕跡らしきものが見つからなかったから他の場所も捜索することにした。ただ、陽も傾き始めたことから今日のところはいったん調査を打ち切り、二人はキャンプを張る場所を探すことにした。

 

 

 

 二人は調査した場所から離れたところに日差しがあまり差し込まず、大型モンスターが入り込めそうもない狭い谷間を見つけた。そこを仮の拠点に決め、二人は野営の準備をする。

 

 ヘレンがテントを張る間にハナは手ごろな大きさの石を集めてかまどを作り、その中央に両手に載るほどの大きさで背の低い、やや口の小さい陶製の壺を置いた。口をふさいでいた蓋と栓をとり、その口に火をつけておいた縄の先端差し込んだ。すると口から炎が揺らめきたち、次第にそれは勢いよく噴き出る青白い炎に変わった。そこにテントを張り終えたヘレンが近づいてきて、興味深そうにかまどの中の壺を見つめた。

 

「なんか面白いもの持ってるじゃないか」

 

「不思議な火よねぇ。私も初めて使うんだけれど、ハキムさんが食料とか他のと一緒に用意してくれたの。薪になるものが見つからないかもしれないから持って行けって。なんか、モンスターの脂と薬品、香料を調合した燃料なんだそうよ。火を消すときは蓋をかぶせればいいらしい──便利よね」

 

ヘレンは炎を吹き出す壺に感心しながら頷き、言った。

 

「あたしも初めて見るよ。確かに砂漠じゃ薪にする木なんて簡単に調達できないから、みんな燃石炭持ってくからな」

 

ヘレンの言葉にハナも頷く

 

「まぁ、そうよね。でもやっぱり燃石炭もかさばるから、こういうのはすごく助かるわよね」

 

「どれくらい持つんだ、これ」

 

「この大きさで数刻くらいだって。一晩もたないけれど、調理だけに使えば何回かは使えそう」

 

「──明かりは?」

 

 疑わし気に尋ねるヘレンに、ハナは傍らに置いてあるランタンを差し出す。

 

「……この谷間だと風はあるていど防げるけど、寒さはどうやってしのぐんだよ」

「厚手の毛布があるから大丈夫」

 

 ヘレンは何か言いたそうな表情でハナの顔をしばらく見つめていたが、大きなため息を吐いて「かさばって重くても、あたしは燃石炭でいいや」とぼやきながら、翌日の探索の準備のために装備が置いてある場所へと去って行った。

『襲撃』

 

 ハナとヘレンは町に戻ると砂上艇を返すためにハキムのもとに向かった。そのさい、町の人々からやけに視線を感じる。期待を漂わせながらも不安を抱くような気配に訝(いぶか)しみながらも、ともかくハキムのもとに向かう。ハキムはちょうど広場で露店を開いており、二人に気づくと笑みを浮かべて迎えてくれた。

 

「お早いお帰りですね。てっきり泊りで探索なさるのかと思っていました」

 

ハナが「ただいま」と答えながら笑みを返す。

 

「もともとダイミョウザザミを見に行きたかっただけでしたから。砂漠の探索はまた今度、ゆっくりやります」

 

ヘレンが何気ない風でハキムに尋ねた。

 

「それより聞きたいんだけどさ、あたしらがいない間に町でなんかあったのかい?」

 

 ヘレンの質問の意図をくみ取り、ハキムは「あぁ、そのことですか」と困ったように顔を曇らせ答えた。

 

「飛竜です。岩に囲まれた更地でねぐらに良いと思ったのか、飛竜が町に降りてこようとしたんですよ。人々が慌てふためいて逃げ出そうとしたところ、いきなり何もないところから人が現れたことで飛竜も驚いたようで、動きを止めたところに行商たちで撃退用の匂い玉を投げつけてひとまずは追い返しましたが、町の人たちはすっかりおびえてしまいまして」

 

「匂い玉が届く距離まで近づく前にバリスタで迎撃しなかったのかい?」

 

 射程の長いバリスタなら、倒せないにしてもじゅうぶん追い払うくらいはできるだろうとヘレンが言うとハキムは顔をしかめ、周囲をはばかるように声を潜ませた。

 

「いままで飛竜などモンスターに襲われたことがなかったせいか、衛兵たちも慌てふためいてしまっていまして……。私がいた時だけかもしれませんが、衛兵たちが訓練しているところを見たことがありません。バリスタも手入れされているのを見たことがなく、はたして使用できたかどうか……」

 

 ヘレンは特に関心なさそうに「ふうん」と返すと思案気に俯(うつむ)き、やがて何かを思いついて口元に笑みを浮かべた。

 

「確かにまた襲われると思うと不安でしょうがないだろうから、町の代表も早急にハンターに狩猟してもらいたいだろうねぇ。で、町のやつらがあたしらを見る目から察するに、ここにいるハンターはあたしらしか居なさそうだ」

 

「……わかりました。私の方から報酬額について代表と交渉しておきましょう」

 

 ハキムもヘレンの考えていることが分かったらしく、苦笑を浮かべて仕方のないといった態で言った。

 

「緊急事態ですので必要な食料や野営装備を支給させていただきます。砂上艇も報酬の一つとして差し上げましょう。移動にお役立てください」

 

砂上艇を気に入っていた二人は嬉しそうにハイタッチを交わす。

 

「それで、その飛竜はなんなのか特定はできてるのかい?」

 

「おそらくリオレイアとかいう飛竜だと思います。以前、ハンター殿から聞いたものと、先日ヘレンさんがハナさんと話していたものの特徴と似ているので」

 

「レイアか──。この依頼、あたしは受けるけど、お前はどうする?」

 

「引き受けてもいいけれど、装備が心もとないからどうにかしたいかな──ちょっと工房に行ってくる」

 

「そんなら、あたしも行くよ。防具の修繕を急いでもらうよう話さなきゃだからね」

言いながら二人は足早に工房へと向かった。

 

 

 

 工房につくと、ヘレンが防具の修繕を頼んだ職人に──半ば脅すように──急ぎで終わらせてくれるように頼んでいるのを聞きながら、ハナは工房を見回して求める武器種がないのを確認すると職人に尋ねた。

 

「双剣は置いていないの?」

 

聞かれて職人は不思議そうに首を傾げた。

 

「双剣だって?」

 

職人の問いかけに、今度はハナの方が戸惑った。

 

「え、双剣を知らない?」

 

「双剣ってんだから、両手に一振りずつ持つんだろ? 盾が無駄になっちまうが、片手剣を二組揃えて剣だけ使えばいいんじゃねぇのかい」

 

職人の返答にハナは軽く眉をしかめる。

 

「双剣のは両手にそれぞれ持って振るうことを想定して作られているから軽量化されているの。片手剣のだと重くてちゃんと戦えないわ。あれは盾を併用して戦うように作られているのよ」

 

「そうは言っても俺らは双剣の実物を見たことねぇし、図面すら知らんから作ってやることは出来ねぇぞ。ここにある片手剣とか大剣じゃダメなのか?」

 

「大剣は重すぎて機敏に動けないから使いたくないし、それほど大きくない獲物なら片手剣でもなんとかなるかも知れないけれど、飛竜って結構大きいんでしょう? 先日ドスガレオスを狩猟したけれどライトボウガンでは心許なかったし、そもそもボウガンの火力に対して弾薬をたくさん持っていかなきゃならないのが、ねぇ」

 

 職人は唸りながら困ったように顎をかいていたが、何かを思いついたようでハナに言った。

 

「威力がありゃあ弾数少なくても気にしないんなら、あんた、弓を使ってみないかい?」

 

「弓ですって? こう言っては何だけれど、ボウガン以上に弾……矢を所持できない上に獣を狩るくらいしか出来ないじゃない」

 

顔を顰めるハナに取り合わず職人は話を続ける

 

「あんたの言ってるのは普通の弓だろう? 俺が言ってるのはモンスターの狩猟用の弓のことさ。今じゃ誰も使わなくなったが、昔のハンターはこれで飛竜なんかも狩っていたらしい」

 

「ふうん……見せてみて」

 

 得意げに話す職人の言葉に興味をひかれてハナが言うと、職人はいそいそと奥から弓と矢筒を持ってきた。明らかに通常の弓とは違う。大きさは通常の弓とほぼ同じだがリム──弓のしなる部分──が木ではなく金属と竜骨、丈夫そうな何かのモンスターの皮でつくられた尋常ではない強弓(ごうきゅう)であるのが見て取れ、軽く引いてみようとするが簡単には引き絞れない。矢筒も通常の二倍くらい太くて矢柄(やがら)の太い矢が30本ほど収められている。そして弓の大きさに対して妙に矢筒が長く、矢を一本引き抜いてみれば通常の長さの矢柄に短剣の刀身ほどある長く大きな鏃(やじり)がついていた。

 

「試し撃ちできるところはある?」

 

「あんた、これを引く気か……あ、いや、裏手に練兵場に射場があるから、そこでなら」

 

 戸惑う職人を尻目にハナは練兵場に向かった。練兵場では休憩中の衛兵が数人端の方で談笑しているが射場には誰もいない。

 

 ハナは矢筒を腰に下げて的前に立つと一本引き出した矢を弓につがえ、しっかりと地面を踏み締めゆっくりと弦を引く。まずは的であるカカシに届く程度の加減で弦を引き絞り、狙いをつけて放った。軽い弦音(つるね)を響かせて矢はカカシの胸あたりに突き刺さり、衝撃を吸収しきれなかったカカシは軽く振動して止まった。直後、周囲から歓声がわき、みればいつの間にか休憩中の衛兵や工房の職人、ヘレンまでもギャラリーに加わり試射を見物いている。

 

 ハナは軽く息をつき、次の矢を引き抜いてつがえると今度はめいっぱい弦を引き絞って矢を放った。太く力強い弦音があたりに響き、放たれた矢はカカシを吹き飛ばしながら四散させ、後方の築山に深々とめり込んだ。今度は歓声は上がらずあたりは静寂に包まれ、深呼吸して気持ちを沈めたハナがギャラリーをみれば皆息を呑んで目を見開き、口を半開きにして硬直していた。唯一、ヘレンのみが満足そうに笑みを浮かべ、ハナと目が合うと親指を立てた右手を突き出した。

 

 

 

「あれだけの威力があるのに、なんで使われなくなったんだい」

 

ヘレンに問いかけられ、職人は我にかえった

 

「あ? あぁ……簡単だよ、あれだけの強弓だから使い手を選ぶし矢に限りがある上にそんなに数を持てない。そのうちボウガンが発明されると射程と弾数、弾種の多様性に取って代わられて次第に使われなくなったのさ」

 

「ふうん、もったいない話だねぇ」

 

 ヘレンはそう呟き、カカシを一体ダメにしたことを詫びるも驚き冷めない衛兵に恐縮されるハナを眺めた。

 『砂漠の生き物たち』

 

 翌朝、町の工房にヘレンの防具を修繕に出すと、往復分の食料と武器のみ──ハナは片手剣を新たに購入した──を持って、砂漠用の外套を羽織るとハキムが用意してくれた砂上挺に乗り込んだ。砂上挺は”舟”と言うにはあまりに小さく、二人と荷物をのせるとほぼ一杯となった。それでも三角の帆に風を受けるなり滑らかに走りだし、ぐんぐん速度をあげていく。馬の走る速さすら超えて風のように砂上を走り、竜車で一日かかった距離を半日もたたずに走破した。

 

 操船しながらヘレンは舵の取り方、帆の操作の仕方を説明し、ハナはそれを真剣に聞きながら砂上艇の操作を学んでいった。昨日、ドスガレオスを仕留めた場所まで近づいてくると、ハキムが言っていたように強い刺激臭があたりに広がっており、昨日よりさらに強くなった匂いで二人はたまらず顔をしかめながら手で鼻を覆った。

 

 布で口と鼻を覆って──それでも防ぎきれない匂いに自然と眉間にしわが寄る──帆をたたみ、身を隠せそうな砂丘の窪地に身を隠して周囲の様子をうかがった。

 

「ちょっち喰われてるな。あたしらがいない間になんか来てたらしい」

 

 見ればドスガレオスの骸(むくろ)は、ところどころ肉がえぐり取られたようになくなっていた。

 

 しばらくすると数体の二足歩行の鳥竜の群れが現れた。すがた、大きさこそランポスに似ているが体表はオレンジの縞がある碧色の鱗に覆われ、二つの小さな鶏冠(とさか)があり、鋭く長い牙が口から覗いている。群れはあたりを警戒しながら骸に近づくと、各々ドスガレオスの骸にかぶりついた。

 

「ねぇ、あれは何? ランポスのなかま?」

 

「あいつはゲネポスだよ。ランポスのなかま……かどうかは分かんないけど、似た感じなのは見たまんまだな。あの上あごから伸びてる長い牙には毒があって、それで獲物を動けなくさせて仕留めんだよ」

 

「ふぅん……」

 

 ヘレンの説明を聞きながらハナはから返事をするだけで、ゲネポスたちを真剣な目でじっと見つめる

 

「おい……狩ろうなんて思うなよ? あたしはいま防具がないから、ろくに加勢してやれねぇんだからな」

 

 ハナの様子に不穏な気配を感じたのか、注意するヘレンに片手をあげて応えながら、ハナはもう片手でポーチを探って手のひらサイズの革張りの手帳とペンを取り出しスケッチを始めた。それを見たヘレンは表情をやわらげ、フードを深くかぶりなおすとその場であおむけに寝転がって目を閉じた。

 

 

 

 ゲネポスの食事の音と、ハナがペンを走らせる音だけがあたりを支配してしばらくたったころ。何かがやってくる気配を感じてハナは描く手を止め、ゲネポスたちは頭を上げて周囲に目を配る。そしてハナとゲネポスが同時に同じ方向に顔を向け、砂原の遠方からやってくる大きな影を凝視した。

 

 やってきたのは全身を赤い甲殻に覆われた巨大な甲殻類だった。体のてっぺんに突き出た小さな黒い突起のような眼の下に二本の大きなハサミを抱えるようにたたみ、眼の左右にある長い触角を動かしながら4本の細長い爪の足で砂を掻くように進んでこちらに近づいてくる。何より目を引くのは体と同じくらいの大きさはあるモンスターの頭骨で、後頭部が大きな衝立のように広がり、鼻の頭に立派な長い一本の角が生えていた。ハナは目の前にいる巨大な甲殻類と同じくらいこの骨の持ち主だったモンスターのことが気になり、横で昼寝をしているヘレンの肩をゆすって起こした。

 

「もしかして、あれがあなたとハキムさんが言っていた砂漠の掃除屋?」

 

 不機嫌そうに呻きながら上体を起こしたヘレンはハナが指し示す先を一瞥し、面倒くさそうに首肯(しゅこう)すると再び寝転がった。

 

「名前はダイミョウザザミ。だいたい水場のある所に生息してるけど、アイツみたいにエサを探して砂漠を徘徊することもあるみたいだ。アイツがいるってことは、どっかに水源があるってことでもあるな」

 

「へぇ……」

 

 獲物をとられる危険を感じてゲネポスたちが一斉に吠えたてるが、それらが眼中にないかのようにダイミョウザザミは砂上に横たわる骸に近づいていく。ゲネポスの一頭が阻止しようと跳びかかってハサミにかみついたが牙は甲殻を貫くことはなく、何度もかみつき足掻くゲネポスは一振りで引きはがされ、起き上がったところを振り下ろされた大きなハサミで頭を砕かれ動かなくなってしまった。

 

「まぁゲネポス程度じゃ相手にはならんわな」

 

寝ころんだままヘレンが呟く。

 

 仲間が一撃で屠(ほふ)られたのを見たほかのゲネポスたちは一目散に逃げだした。ダイミョウザザミもそれらに構わずまっすぐ骸に向かうとハサミでドスガレオスの肉を細かく引きちぎり、ハサミの裏側に隠れていた小さな脚でそれらを口に運んでいく。

 

「本来、臆病は性格らしいんだけどな、エサを前にしたり、なんかのきっかけで興奮状態になると好戦的になるらしい。あの甲殻は防具にも武器にも優秀な素材になるから狩ろうとするやつも結構いるんだけどな、興奮状態になるとやたら機敏になるから、殻は硬いわ動きは早いわで返り討ちにあって命を落とすやつも少なくないってわけさ。依頼でもなけりゃ、あたしも手を出す気にはならないね」

 

「……そんな厄介なモンスターなら、ここに居座られたらまずいじゃない。ここってハキムさんたちの交易路でしょ?」

 

「そうでもねぇよ。余計なちょっかいを出さない限りあっちから襲ってくることはねぇし、そこに転がってる餌がなくなりゃ水場に帰るか、ほかの場所に移動するよ」

 

 まぁ、狩ったモンスターを運んでたら気をつけなきゃだけどな、とカラカラ笑うヘレンから目を離し、ハナが再びダイミョウザザミの方を見るとちょうど食事を終えたらしく、骸から離れて砂の中に潜っていった。そして背中の一本角のモンスターの頭骨が申し訳程度に砂から顔を出すまで沈むと動きを止めて静かになり、まるで死後忘れ去られた一本角のモンスターの亡骸が、砂に埋もれているかのようにしか見えない。

 

 しばらくダイミョウザザミ──の背中の頭骨──を眺めていたハナは、いま目にしたものを書きまとめようと視線を離したとき、先ほどダイミョウザザミがやってきた方角からまた何かがやってきたのを視界の隅にとらえてそちらを見た。正体を確かめようと双眼鏡で確認すると、それはダイミョウザザミを小さくしたようなものが数体、こちらにやってくるのだった。全身が赤い甲殻で覆われ、ダイミョウザザミのものよりはるかに小さい何かのモンスターの頭骨のようなものを背負い、4本の爪状の脚で砂を掻きながら進んでいる。

 

 それらはドスガレオスの骸に群がるとダイミョウザザミのよりもかなり小さなハサミで肉をちぎり、無心に口に運んでいく。

 

「ねぇ……なんだかダイミョウザザミをちっちゃくさせたようなのが来たんだけれど」

 

「あぁ、そいつはヤオザミってんだ。ガクシャサンたちの間では割れてるらしいが、ダイミョウザザミの幼体だって言われてる」

 

「……ふぅん」

 

 ハナは何とも言えない顔でヤオザミの群れを眺めていたが、小さくため息を吐くと手帳に今日見たモンスターたちのことを書きまとめるのだった。

 

 

 

 ヤオザミたちも食事を終えるとダイミョウザザミのように砂の中に潜ってしまった──こちらは完全に砂の中に潜って見えなくなった──。どうやら眠るときは砂の中に潜って身を隠すらしい。ハナは観察記録を書き終えると、完全に眠ってしまっているヘレンを揺り起こした。

 

「もういいのか?」

 

眼をこするながら、まだ眠そうな声でヘレンが問うと、ハナは小さく微笑んだ。

 

「砂漠のあちこちを見て回りたいけれどハキムさんに借りている舟を返さなきゃいけないし、一旦戻りましょう。砂漠には別の機会に、もっとちゃんと準備してゆっくり探索することにするわ」

 

 

 

 二人は砂上艇に乗り込み街に進路をとる。追い風を受けて往路以上の速度で砂上艇は飛ぶように──実際、砂漠の起伏部に乗り上げると勢いよく跳ねてハナは肝を冷やし、そんなハナの反応を見てヘレンは愉快そうに笑っていた──はしった。道中ふたりは無言のまま流れる景色を眺め、操船しながらヘレンはハナに干し果物を放り、ハナは町で購入していたザクロのジュースが入った水袋をヘレンに差しだす。

 

 町まで道半ばまで来た頃、ふいに何かに気が付いたハナは双眼鏡を取り出して覗き込んだ。

 

「なにが見えた?」

 

「確かめる前に見えなくなった」

 

双眼鏡を戻しながら顔をしかめて答えるハナに、ヘレンも苦笑する。

 

「ま、何だったにせよ、こっちに来なかったのなら安全ってことだよ」

 

 

 

 しかし、無事に町に到着した二人は、深刻な事態が起こっていることを知るのだった。