『襲撃』

 

 ハナとヘレンは町に戻ると砂上艇を返すためにハキムのもとに向かった。そのさい、町の人々からやけに視線を感じる。期待を漂わせながらも不安を抱くような気配に訝(いぶか)しみながらも、ともかくハキムのもとに向かう。ハキムはちょうど広場で露店を開いており、二人に気づくと笑みを浮かべて迎えてくれた。

 

「お早いお帰りですね。てっきり泊りで探索なさるのかと思っていました」

 

ハナが「ただいま」と答えながら笑みを返す。

 

「もともとダイミョウザザミを見に行きたかっただけでしたから。砂漠の探索はまた今度、ゆっくりやります」

 

ヘレンが何気ない風でハキムに尋ねた。

 

「それより聞きたいんだけどさ、あたしらがいない間に町でなんかあったのかい?」

 

 ヘレンの質問の意図をくみ取り、ハキムは「あぁ、そのことですか」と困ったように顔を曇らせ答えた。

 

「飛竜です。岩に囲まれた更地でねぐらに良いと思ったのか、飛竜が町に降りてこようとしたんですよ。人々が慌てふためいて逃げ出そうとしたところ、いきなり何もないところから人が現れたことで飛竜も驚いたようで、動きを止めたところに行商たちで撃退用の匂い玉を投げつけてひとまずは追い返しましたが、町の人たちはすっかりおびえてしまいまして」

 

「匂い玉が届く距離まで近づく前にバリスタで迎撃しなかったのかい?」

 

 射程の長いバリスタなら、倒せないにしてもじゅうぶん追い払うくらいはできるだろうとヘレンが言うとハキムは顔をしかめ、周囲をはばかるように声を潜ませた。

 

「いままで飛竜などモンスターに襲われたことがなかったせいか、衛兵たちも慌てふためいてしまっていまして……。私がいた時だけかもしれませんが、衛兵たちが訓練しているところを見たことがありません。バリスタも手入れされているのを見たことがなく、はたして使用できたかどうか……」

 

 ヘレンは特に関心なさそうに「ふうん」と返すと思案気に俯(うつむ)き、やがて何かを思いついて口元に笑みを浮かべた。

 

「確かにまた襲われると思うと不安でしょうがないだろうから、町の代表も早急にハンターに狩猟してもらいたいだろうねぇ。で、町のやつらがあたしらを見る目から察するに、ここにいるハンターはあたしらしか居なさそうだ」

 

「……わかりました。私の方から報酬額について代表と交渉しておきましょう」

 

 ハキムもヘレンの考えていることが分かったらしく、苦笑を浮かべて仕方のないといった態で言った。

 

「緊急事態ですので必要な食料や野営装備を支給させていただきます。砂上艇も報酬の一つとして差し上げましょう。移動にお役立てください」

 

砂上艇を気に入っていた二人は嬉しそうにハイタッチを交わす。

 

「それで、その飛竜はなんなのか特定はできてるのかい?」

 

「おそらくリオレイアとかいう飛竜だと思います。以前、ハンター殿から聞いたものと、先日ヘレンさんがハナさんと話していたものの特徴と似ているので」

 

「レイアか──。この依頼、あたしは受けるけど、お前はどうする?」

 

「引き受けてもいいけれど、装備が心もとないからどうにかしたいかな──ちょっと工房に行ってくる」

 

「そんなら、あたしも行くよ。防具の修繕を急いでもらうよう話さなきゃだからね」

言いながら二人は足早に工房へと向かった。

 

 

 

 工房につくと、ヘレンが防具の修繕を頼んだ職人に──半ば脅すように──急ぎで終わらせてくれるように頼んでいるのを聞きながら、ハナは工房を見回して求める武器種がないのを確認すると職人に尋ねた。

 

「双剣は置いていないの?」

 

聞かれて職人は不思議そうに首を傾げた。

 

「双剣だって?」

 

職人の問いかけに、今度はハナの方が戸惑った。

 

「え、双剣を知らない?」

 

「双剣ってんだから、両手に一振りずつ持つんだろ? 盾が無駄になっちまうが、片手剣を二組揃えて剣だけ使えばいいんじゃねぇのかい」

 

職人の返答にハナは軽く眉をしかめる。

 

「双剣のは両手にそれぞれ持って振るうことを想定して作られているから軽量化されているの。片手剣のだと重くてちゃんと戦えないわ。あれは盾を併用して戦うように作られているのよ」

 

「そうは言っても俺らは双剣の実物を見たことねぇし、図面すら知らんから作ってやることは出来ねぇぞ。ここにある片手剣とか大剣じゃダメなのか?」

 

「大剣は重すぎて機敏に動けないから使いたくないし、それほど大きくない獲物なら片手剣でもなんとかなるかも知れないけれど、飛竜って結構大きいんでしょう? 先日ドスガレオスを狩猟したけれどライトボウガンでは心許なかったし、そもそもボウガンの火力に対して弾薬をたくさん持っていかなきゃならないのが、ねぇ」

 

 職人は唸りながら困ったように顎をかいていたが、何かを思いついたようでハナに言った。

 

「威力がありゃあ弾数少なくても気にしないんなら、あんた、弓を使ってみないかい?」

 

「弓ですって? こう言っては何だけれど、ボウガン以上に弾……矢を所持できない上に獣を狩るくらいしか出来ないじゃない」

 

顔を顰めるハナに取り合わず職人は話を続ける

 

「あんたの言ってるのは普通の弓だろう? 俺が言ってるのはモンスターの狩猟用の弓のことさ。今じゃ誰も使わなくなったが、昔のハンターはこれで飛竜なんかも狩っていたらしい」

 

「ふうん……見せてみて」

 

 得意げに話す職人の言葉に興味をひかれてハナが言うと、職人はいそいそと奥から弓と矢筒を持ってきた。明らかに通常の弓とは違う。大きさは通常の弓とほぼ同じだがリム──弓のしなる部分──が木ではなく金属と竜骨、丈夫そうな何かのモンスターの皮でつくられた尋常ではない強弓(ごうきゅう)であるのが見て取れ、軽く引いてみようとするが簡単には引き絞れない。矢筒も通常の二倍くらい太くて矢柄(やがら)の太い矢が30本ほど収められている。そして弓の大きさに対して妙に矢筒が長く、矢を一本引き抜いてみれば通常の長さの矢柄に短剣の刀身ほどある長く大きな鏃(やじり)がついていた。

 

「試し撃ちできるところはある?」

 

「あんた、これを引く気か……あ、いや、裏手に練兵場に射場があるから、そこでなら」

 

 戸惑う職人を尻目にハナは練兵場に向かった。練兵場では休憩中の衛兵が数人端の方で談笑しているが射場には誰もいない。

 

 ハナは矢筒を腰に下げて的前に立つと一本引き出した矢を弓につがえ、しっかりと地面を踏み締めゆっくりと弦を引く。まずは的であるカカシに届く程度の加減で弦を引き絞り、狙いをつけて放った。軽い弦音(つるね)を響かせて矢はカカシの胸あたりに突き刺さり、衝撃を吸収しきれなかったカカシは軽く振動して止まった。直後、周囲から歓声がわき、みればいつの間にか休憩中の衛兵や工房の職人、ヘレンまでもギャラリーに加わり試射を見物いている。

 

 ハナは軽く息をつき、次の矢を引き抜いてつがえると今度はめいっぱい弦を引き絞って矢を放った。太く力強い弦音があたりに響き、放たれた矢はカカシを吹き飛ばしながら四散させ、後方の築山に深々とめり込んだ。今度は歓声は上がらずあたりは静寂に包まれ、深呼吸して気持ちを沈めたハナがギャラリーをみれば皆息を呑んで目を見開き、口を半開きにして硬直していた。唯一、ヘレンのみが満足そうに笑みを浮かべ、ハナと目が合うと親指を立てた右手を突き出した。

 

 

 

「あれだけの威力があるのに、なんで使われなくなったんだい」

 

ヘレンに問いかけられ、職人は我にかえった

 

「あ? あぁ……簡単だよ、あれだけの強弓だから使い手を選ぶし矢に限りがある上にそんなに数を持てない。そのうちボウガンが発明されると射程と弾数、弾種の多様性に取って代わられて次第に使われなくなったのさ」

 

「ふうん、もったいない話だねぇ」

 

 ヘレンはそう呟き、カカシを一体ダメにしたことを詫びるも驚き冷めない衛兵に恐縮されるハナを眺めた。