『砂漠の生き物たち』

 

 翌朝、町の工房にヘレンの防具を修繕に出すと、往復分の食料と武器のみ──ハナは片手剣を新たに購入した──を持って、砂漠用の外套を羽織るとハキムが用意してくれた砂上挺に乗り込んだ。砂上挺は”舟”と言うにはあまりに小さく、二人と荷物をのせるとほぼ一杯となった。それでも三角の帆に風を受けるなり滑らかに走りだし、ぐんぐん速度をあげていく。馬の走る速さすら超えて風のように砂上を走り、竜車で一日かかった距離を半日もたたずに走破した。

 

 操船しながらヘレンは舵の取り方、帆の操作の仕方を説明し、ハナはそれを真剣に聞きながら砂上艇の操作を学んでいった。昨日、ドスガレオスを仕留めた場所まで近づいてくると、ハキムが言っていたように強い刺激臭があたりに広がっており、昨日よりさらに強くなった匂いで二人はたまらず顔をしかめながら手で鼻を覆った。

 

 布で口と鼻を覆って──それでも防ぎきれない匂いに自然と眉間にしわが寄る──帆をたたみ、身を隠せそうな砂丘の窪地に身を隠して周囲の様子をうかがった。

 

「ちょっち喰われてるな。あたしらがいない間になんか来てたらしい」

 

 見ればドスガレオスの骸(むくろ)は、ところどころ肉がえぐり取られたようになくなっていた。

 

 しばらくすると数体の二足歩行の鳥竜の群れが現れた。すがた、大きさこそランポスに似ているが体表はオレンジの縞がある碧色の鱗に覆われ、二つの小さな鶏冠(とさか)があり、鋭く長い牙が口から覗いている。群れはあたりを警戒しながら骸に近づくと、各々ドスガレオスの骸にかぶりついた。

 

「ねぇ、あれは何? ランポスのなかま?」

 

「あいつはゲネポスだよ。ランポスのなかま……かどうかは分かんないけど、似た感じなのは見たまんまだな。あの上あごから伸びてる長い牙には毒があって、それで獲物を動けなくさせて仕留めんだよ」

 

「ふぅん……」

 

 ヘレンの説明を聞きながらハナはから返事をするだけで、ゲネポスたちを真剣な目でじっと見つめる

 

「おい……狩ろうなんて思うなよ? あたしはいま防具がないから、ろくに加勢してやれねぇんだからな」

 

 ハナの様子に不穏な気配を感じたのか、注意するヘレンに片手をあげて応えながら、ハナはもう片手でポーチを探って手のひらサイズの革張りの手帳とペンを取り出しスケッチを始めた。それを見たヘレンは表情をやわらげ、フードを深くかぶりなおすとその場であおむけに寝転がって目を閉じた。

 

 

 

 ゲネポスの食事の音と、ハナがペンを走らせる音だけがあたりを支配してしばらくたったころ。何かがやってくる気配を感じてハナは描く手を止め、ゲネポスたちは頭を上げて周囲に目を配る。そしてハナとゲネポスが同時に同じ方向に顔を向け、砂原の遠方からやってくる大きな影を凝視した。

 

 やってきたのは全身を赤い甲殻に覆われた巨大な甲殻類だった。体のてっぺんに突き出た小さな黒い突起のような眼の下に二本の大きなハサミを抱えるようにたたみ、眼の左右にある長い触角を動かしながら4本の細長い爪の足で砂を掻くように進んでこちらに近づいてくる。何より目を引くのは体と同じくらいの大きさはあるモンスターの頭骨で、後頭部が大きな衝立のように広がり、鼻の頭に立派な長い一本の角が生えていた。ハナは目の前にいる巨大な甲殻類と同じくらいこの骨の持ち主だったモンスターのことが気になり、横で昼寝をしているヘレンの肩をゆすって起こした。

 

「もしかして、あれがあなたとハキムさんが言っていた砂漠の掃除屋?」

 

 不機嫌そうに呻きながら上体を起こしたヘレンはハナが指し示す先を一瞥し、面倒くさそうに首肯(しゅこう)すると再び寝転がった。

 

「名前はダイミョウザザミ。だいたい水場のある所に生息してるけど、アイツみたいにエサを探して砂漠を徘徊することもあるみたいだ。アイツがいるってことは、どっかに水源があるってことでもあるな」

 

「へぇ……」

 

 獲物をとられる危険を感じてゲネポスたちが一斉に吠えたてるが、それらが眼中にないかのようにダイミョウザザミは砂上に横たわる骸に近づいていく。ゲネポスの一頭が阻止しようと跳びかかってハサミにかみついたが牙は甲殻を貫くことはなく、何度もかみつき足掻くゲネポスは一振りで引きはがされ、起き上がったところを振り下ろされた大きなハサミで頭を砕かれ動かなくなってしまった。

 

「まぁゲネポス程度じゃ相手にはならんわな」

 

寝ころんだままヘレンが呟く。

 

 仲間が一撃で屠(ほふ)られたのを見たほかのゲネポスたちは一目散に逃げだした。ダイミョウザザミもそれらに構わずまっすぐ骸に向かうとハサミでドスガレオスの肉を細かく引きちぎり、ハサミの裏側に隠れていた小さな脚でそれらを口に運んでいく。

 

「本来、臆病は性格らしいんだけどな、エサを前にしたり、なんかのきっかけで興奮状態になると好戦的になるらしい。あの甲殻は防具にも武器にも優秀な素材になるから狩ろうとするやつも結構いるんだけどな、興奮状態になるとやたら機敏になるから、殻は硬いわ動きは早いわで返り討ちにあって命を落とすやつも少なくないってわけさ。依頼でもなけりゃ、あたしも手を出す気にはならないね」

 

「……そんな厄介なモンスターなら、ここに居座られたらまずいじゃない。ここってハキムさんたちの交易路でしょ?」

 

「そうでもねぇよ。余計なちょっかいを出さない限りあっちから襲ってくることはねぇし、そこに転がってる餌がなくなりゃ水場に帰るか、ほかの場所に移動するよ」

 

 まぁ、狩ったモンスターを運んでたら気をつけなきゃだけどな、とカラカラ笑うヘレンから目を離し、ハナが再びダイミョウザザミの方を見るとちょうど食事を終えたらしく、骸から離れて砂の中に潜っていった。そして背中の一本角のモンスターの頭骨が申し訳程度に砂から顔を出すまで沈むと動きを止めて静かになり、まるで死後忘れ去られた一本角のモンスターの亡骸が、砂に埋もれているかのようにしか見えない。

 

 しばらくダイミョウザザミ──の背中の頭骨──を眺めていたハナは、いま目にしたものを書きまとめようと視線を離したとき、先ほどダイミョウザザミがやってきた方角からまた何かがやってきたのを視界の隅にとらえてそちらを見た。正体を確かめようと双眼鏡で確認すると、それはダイミョウザザミを小さくしたようなものが数体、こちらにやってくるのだった。全身が赤い甲殻で覆われ、ダイミョウザザミのものよりはるかに小さい何かのモンスターの頭骨のようなものを背負い、4本の爪状の脚で砂を掻きながら進んでいる。

 

 それらはドスガレオスの骸に群がるとダイミョウザザミのよりもかなり小さなハサミで肉をちぎり、無心に口に運んでいく。

 

「ねぇ……なんだかダイミョウザザミをちっちゃくさせたようなのが来たんだけれど」

 

「あぁ、そいつはヤオザミってんだ。ガクシャサンたちの間では割れてるらしいが、ダイミョウザザミの幼体だって言われてる」

 

「……ふぅん」

 

 ハナは何とも言えない顔でヤオザミの群れを眺めていたが、小さくため息を吐くと手帳に今日見たモンスターたちのことを書きまとめるのだった。

 

 

 

 ヤオザミたちも食事を終えるとダイミョウザザミのように砂の中に潜ってしまった──こちらは完全に砂の中に潜って見えなくなった──。どうやら眠るときは砂の中に潜って身を隠すらしい。ハナは観察記録を書き終えると、完全に眠ってしまっているヘレンを揺り起こした。

 

「もういいのか?」

 

眼をこするながら、まだ眠そうな声でヘレンが問うと、ハナは小さく微笑んだ。

 

「砂漠のあちこちを見て回りたいけれどハキムさんに借りている舟を返さなきゃいけないし、一旦戻りましょう。砂漠には別の機会に、もっとちゃんと準備してゆっくり探索することにするわ」

 

 

 

 二人は砂上艇に乗り込み街に進路をとる。追い風を受けて往路以上の速度で砂上艇は飛ぶように──実際、砂漠の起伏部に乗り上げると勢いよく跳ねてハナは肝を冷やし、そんなハナの反応を見てヘレンは愉快そうに笑っていた──はしった。道中ふたりは無言のまま流れる景色を眺め、操船しながらヘレンはハナに干し果物を放り、ハナは町で購入していたザクロのジュースが入った水袋をヘレンに差しだす。

 

 町まで道半ばまで来た頃、ふいに何かに気が付いたハナは双眼鏡を取り出して覗き込んだ。

 

「なにが見えた?」

 

「確かめる前に見えなくなった」

 

双眼鏡を戻しながら顔をしかめて答えるハナに、ヘレンも苦笑する。

 

「ま、何だったにせよ、こっちに来なかったのなら安全ってことだよ」

 

 

 

 しかし、無事に町に到着した二人は、深刻な事態が起こっていることを知るのだった。