現実に目を向ける | いつも木端微塵

いつも木端微塵

ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

「年をとってごめんなさい。
ごめんなさい、疲れました。
そして今、私は忘却の中に住んでいます。
それは私にとてもよく似合います。」

 

このメッセージは、スミスには書けない。

 

年金定期便のハガキを見たのだが、

この年間金額を見ると、

コンサートを見るために海外遠征をして

などとてもできない。

そもそも生活できるのか怪しい。

 

お金の問題は解決しないが、隅に置いておいて

そもそも、海外遠征する体力がないし、

ただ、海外に行くだけならできるが、

あの長時間の路上、天候がどうであれ、

しぶとく路上にいる生活もできない。

できるかもしれないけど、どっかの路上で死ぬんだろうな。

 

生きることも、死ぬことも多少なりとも他人に迷惑をかけるものだから

あんまり深く考えていない。

 

楽しむためにコンサート行くとか、

ちょっと、そういう観点じゃなくなっている。

 

現実的には、年金もらう頃まで仮に生きていたとして、

こんなことできないだろうな。

その時には、モリッシーもいないだろう。

フリップもいないだろう。自分も当然いなくなるし。

 

今できるから、今するんだよ。それだけ。

もちろん、価値は感じているからというのは当然ある。

 

もともとは、俺は必要としているけど、

あの人は、口では好きと言っても、必要としていない。

というような判断だった。

 

人生の中で、モリッシーのコンサート体験に関しては、満足はしている。

しているけれど、もし、時計の針が戻って昔に行けるなら、

もっと見に行っている。この日とこの日は、絶対に見に行きたいみたいなのがある。

当然、年齢もそのころに戻って欲しいが。

つまり、これは、微妙に後悔もあると言うことだ。

 

自分は、病院のベッドで最後をむかえるのかね?

たぶん、路上だよな。どうせ。