「年をとってごめんなさい。
ごめんなさい、疲れました。
そして今、私は忘却の中に住んでいます。
それは私にとてもよく似合います。」
このメッセージは、スミスには書けない。
年金定期便のハガキを見たのだが、
この年間金額を見ると、
コンサートを見るために海外遠征をして
などとてもできない。
そもそも生活できるのか怪しい。
お金の問題は解決しないが、隅に置いておいて
そもそも、海外遠征する体力がないし、
ただ、海外に行くだけならできるが、
あの長時間の路上、天候がどうであれ、
しぶとく路上にいる生活もできない。
できるかもしれないけど、どっかの路上で死ぬんだろうな。
生きることも、死ぬことも多少なりとも他人に迷惑をかけるものだから
あんまり深く考えていない。
楽しむためにコンサート行くとか、
ちょっと、そういう観点じゃなくなっている。
現実的には、年金もらう頃まで仮に生きていたとして、
こんなことできないだろうな。
その時には、モリッシーもいないだろう。
フリップもいないだろう。自分も当然いなくなるし。
今できるから、今するんだよ。それだけ。
もちろん、価値は感じているからというのは当然ある。
もともとは、俺は必要としているけど、
あの人は、口では好きと言っても、必要としていない。
というような判断だった。
人生の中で、モリッシーのコンサート体験に関しては、満足はしている。
しているけれど、もし、時計の針が戻って昔に行けるなら、
もっと見に行っている。この日とこの日は、絶対に見に行きたいみたいなのがある。
当然、年齢もそのころに戻って欲しいが。
つまり、これは、微妙に後悔もあると言うことだ。
自分は、病院のベッドで最後をむかえるのかね?
たぶん、路上だよな。どうせ。