結局自分のこととして捉えられない | いつも木端微塵

いつも木端微塵

ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

周囲の人が、あっけなく亡くなってしまうと

人の命の儚さとか

人生の儚さみたいなものを実感する。

 

生きる目的があったとしても、

生きる理由があったとしても、

有限な時間との戦いをしているわけであって、

最終的には、みな、どうしようもなく、

時間が無くなってしまう。

 

有限な残り時間との戦いをしている。

 

若い時は、そんなことは、意識しない。

歳を取ると、周囲が死んでいくので、

意識せざるを得なくなるが、日々の生活では、

どこか目をそらしている。

 

もっと、若い時に、今のように実感していたら

行動も変わったのにと思うわけだが、

一生懸命説明されたとしても、自分のことと

捉えることはできなかっただろうし、

誰もそんなことを自分に伝える人はいなかった。

伝えたところで理解するわけないと思うから

伝えない。

 

実際、伝えたところで伝わらない。

人が納得するのは、論理ではなくて、体験なんだよね。

 

 "Oh, where did all the time go?"
Once always in for the kill
Now it's too cold
And he feels too old