(このストーリーはフィクションです)
モリッシーのコンサートの場合、
今、私が抱えている苦しみはない。
どうしてかというと、こんな感じだから
「もういいよな、前方の5、6席は、無視してスタンディング状態にしても
多少壊れてもいいだろ、それが、俺たちの愛であり、義務であり、カルチャーだから」
そして、雪崩状態になるからだ。
ニュージャージーで、私の座席は、最後列だった。
しかし、最前列にいた。
1秒たりともその座席には座らなかったし、触らなかった。
触ったら負けだと思っていた。
ニューヨークで、最前列だった時、
アンコールの時に、観客の姿を見て、
大泣きしてしまったことがある。
ある女性の表情を見て、あまりに必死で、
救いをもとめるようにステージに突撃していく、
それを見ていたら、五月雨式に、他の観客も突撃しだして、
本来、自分が行く予定だったのに、
観客を見て、泣いてしまって、その場で動けなくなった。
MORRIESSEYとKING CRIMSONというアルファベットを見ると、
スイッチが入ってしまい、覚醒して、真剣になってしまう。
私は絶望していない。希望を持っているから苦しい。
生きる理由や目的のない人の中には、死刑になりたいとか言って
無差別に人を傷つけたりする人がいる。
生きる目的は、無いとダメだ。
理由は1つだけで、生きる目的のない人間は、他人の生きる目的を尊重できない。
生きる目的の大切さがわからないからだ。
自分に大切なものがあるから、他人の大切なものを理解できる。
それが理解できない場合は、大切であるということを理解できていない。
行かなくてはならない場所がある。
その場合は、希望を捨てることはできない。