基本的に、すぐ誰か他人のせいにしたり、
環境のせいにしたり、外的要因のせいにするというのは、
苦手だ。
昔の方が、自己責任だと考えていた。
でも、今は、そう考えていない。
自分が辛い思いをしているからこそ、
意識できる枠組みと言うのはある。
例えば、人種差別だが、
黒人が実際人種差別されているとして、
それと自分は違うわけだ。
実際それをされている人の方がもちろん大きく感じる。
いじめもそうで、実際いじめにあっている人のほうが、
強く意識するわけであって、
いじめられていない人には、関係ない。
せいぜい、いじめは良くないよねって言うぐらいだ。
正規雇用とか非正規雇用も同じで、
別に困ってない人は何も言わない。
そういう時に、社会が悪いとか、環境が悪いとか、
他人が悪いとか、そういう風に考えていくわけで、
別にそれを否定する気も無いし、否定する根拠もない。
しかし、その人が本当に必要としているものは、何なのだろうか?
その人が本当に必要なものは、こう言った経緯とか理由とか、
原因とか、あるいは、時として言い訳であるとか、自己弁護とか
そういうものとは、まったく別のものだと思う。
いつも、そう考えている。
今の現状に例えると、俺は、チケット難民になっている。
その理由は、抽選に落選したからだ。
運が悪かったからだとする。
日頃の行いも良くなかったからだとする。
まあ、そうかもね。そうではないと言い切るのも難しい。
反省するべき点はあるかもしれないし、無いかもしれない。
でも、俺が本当に必要なもの、こういうことじゃないんだよ。
もっと、端的にシンプルだ。
キング・クリムゾンSS席の紙が一枚あれば、
すべて解決するんだよ。
もちろん、それまでの経過をいろいろ分析して改善するのは
大事なことだ。一体何が悪かったのか考えることも大事だろう。
それは、他人であり、環境であり、自分でもあるかもしれない。
お互いさまかもしれない。
あるいは、一方的に外的要因が悪いのかもしれない。
だとしても、ポイントは、自分が本当に必要なものは何かを
見失わないことだ。
今、目の前に、チケ流と書いてある箱があったら、
ぶっ壊したいぐらいフラストレーションがある。
運が悪いなと思ったりする。
もちろん、人間なので、そのように考える。
でも、俺が本当に必要としているものは、もっと単純でシンプルなんだよ。