かわいそうに | いつも木端微塵

いつも木端微塵

ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

モリッシーは、相当辛いだろう。

回復して欲しい。

ただ、年内は、何もできないんじゃないだろうか。

しばらくは、ずっと、そばにいるだろう。

 

私の母親は長生きはできなかったので

3年前に亡くなった。

だから、私も多分、そんなに長生きはできないと思っている。

根拠はないが、遺伝的な予感だ。

 

亡くなった時は、精神的にちょっとおかしくなった。

後悔の気持ちがたくさん出てきた。

最大の間違いは、いて当たり前という油断だ。

 

入院した時も、いつも回復するだろうぐらいの感覚だった。

亡くなると、みんな思ってなかった。

 

くだらないことで喧嘩するんじゃなかったとか

もっと会いに行けば良かったとか今は思う。

 

親不孝だったように思う。

だから、当時、私の中から出た言葉は、「ごめんなさい」だった。

 

いまだに、母親に対して、ひどいことをした連中のことを

恨みはしないが、快くは思っておらず、微妙に禍根がある。

 

今思えば、当時は気が付かなかったが、自分のことを

大事に考えてくれていたのがわかる。

なぜ、当時わからなかったかというと、

すべてがあって当たり前のもので意識できなかった。

 

その当たり前のものが突然、存在しなくなる。

 

幼くして親を亡くした子供たちは、想像できないぐらいの

喪失の人生を生きていると思う。

 

精神的な耐性というものはあるので、仕事も割と早く復帰したが、

結局、1年ぐらいは大きく引きずり、今も、どこか引きずっている。

 

人間、いずれは、死ぬのだけど、

理屈で感情を制することもできないし、

結局、その日を境に、自分は変わったと思う。

 

変わらざるを得なかった。

精神的なバランスをちょっと失うような意味でおかしくなった。

 

今は、命を大事にするとか、

慈悲を持つとか、何よりも大事だと思う。

それは、神様を信じるとか、信仰とか、そんなものよりずっと大事だと思う。

なぜなら、これらは、抽象的すぎるから。

 

命を大事にするとか、どんなに憎い人がいても、その家族のことを考えると

憎むのをやめようとか、そういう方が具体的だ。

 

私の母は、キリスト教徒だったが、いろいろトラブルにあって

結局、やめた人だった。

 

私は、宗教は人種差別と言っていたのだが、

最後は、私の考えに納得していた。

 

ちゃんとした自分の考えのもとに、宗教否定の究極側に自分はいると思う。

いろいろ嫌なことがあってそうなった。

 

最近は、信じるのは自由と言うより、信じるのは病だから、

あまり気にしないようにはしている。