CCIEが4桁だった時代 | いつも木端微塵

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ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

1993年にCCIEは、始まった。

番号は、1024から開始されて、最初の取得者は、1026番だった。

CCIEが今の5桁に突入したのは、その10年後の2003年あたりからだ。

4桁の人たちは、インターネット発展の時代に業界で働いていた人たちだ。

 

当時のことはよく思い出せない。

たぶん、XTCのNonsuchを聞きまくっていたと思う。

 

インターネットは、常時接続じゃなかった。

バイトして貯めたお金で、一番最初に購入したのは、

アップルコンピュータのMacでPerformaシリーズだった。

1995年だったと思う。

 

モデムでアナログ電話回線を使ってインターネットに接続をしていたが、

より通信速度の速い28800bpsのモデムを秋葉原に買いに行った記憶がある。

これで、インターネット速くなるぞ!と思った。

 

今のスマホが、このスピードだったら、日本国民の全員がブチ切れること間違いない。

その時、CCIEの存在は知らなかった。

シスコ認定の存在を知ったのが、おそらく1998年とか1999年ぐらいだったような気がする。

 

電話回線でインターネットにつないでいたため

通話料金がどうなるのかというのをかなりビクビクしながら気にしていた。

テレホーダイの登場は、忘れられない。

なんて、すばらしいサービスだろうと思った。

23時から深夜まで、つなげっぱなしにしたものだ。

 

インターネットに関係した仕事をしたいと思ったのは、

1999年に、初めてインターネットでコンサートチケットを買ったときだった。

便利だと思った。

 

あと、VPNと言う言葉を周囲の誰も知らない時代、1998年ぐらいだと思うが、

リモートアクセスVPN(IPSec VPN)でインターネット接続のにより、

社内にアクセスして、3270エミュレータを使ってメインフレームにアクセスした時に

これなら、自宅で仕事できると感動したのも忘れられない。

 

当時、テレワークとかWFHとかという言葉は無かったが、90年代終わりには、

それを考えていた。そのくらい、最初の会社は、先進的だった。