モリッシーのコンサートは、私にとっては、
見ないより見たほうが良いというもの。
昔の方が良かったとは思っている。
でも、見る側もモリッシーもいつまで活動するのか
わからない。
残り時間というものは、何かで区切られない限りわからない。
日本から、ニューヨークに連日見に行っている人たちは、
時間を大切にしているのだと思う。
自分の場合は、時間を大切にできていない。
どこまで、それを大事に思っているのかという話でしかない。
一日が24時間であること、そのうち死ぬこと
それだけが、この世界で平等と言えるもので、
それ以外で平等を議論するのが、ナンセンスだと思う。
いつ、いかなる時も平等がいいのかというと
正直なところ、良くわからない。
生まれつき、恵まれなくて仕方ない人より、
恵まれたものを持って生まれてくる段階で不平等だし、
不完全な人間がしていることにより、いろいろあるだけで
わりとこの世界は平等にできている。
一人だけ永遠に生きられて、一人だけ老化せず、体力も落ちないとか
ないわけだし、一人だけ一日が48時間あるとかもない。
不平等を嘆いている人は、こういう当たり前のことを
わかってない。