自分最優先は結局同じ | いつも木端微塵

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ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

世の中は、何となく全体的に
自分最優先ですに向かって行っているような気もする。

これは、すべての世代において同じだ。
若い人のほうが、
相対的に心に余裕がないからその傾向は強いかもしれない。
 
人のために生きなさいみたいな綺麗ごとは、
正直あまり好きではない。

それを言い出すなら、相当説明した上で
その結論を導き出さないと現実的じゃなくなる。
 
みんなして、スーパーボランティアになるのか?
みんなして、マザーテレサになるのか?
そんなことが現実的なのか?
 
あえて一つだけ言い切ることができるとしたら、
自分のためになる=自分最優先とは限らないということだ。
身をもって経験している。
 
自分を最優先にして、自分のためになることもある。
もちろんある。
ただ、その比率は意外と少ないかもしれない。
 
どうせ、みんな自分が最優先なんだし、
私のことなんてゴミみたく扱うんだから
私だって自分最優先っていう考え方は、
結局、目くそ、鼻くそであって
その批判している他人と、あなたも所詮同じなんでしょう?
ってだけの結論を生む。
 
私は、自分のために生きている。
でも、何が自分のためになるのか?
本当に自分のためになるのか?
ってのを実戦しようとするとかなり難易度が高い。
結局失敗もたくさんした。

他人のためにひたすら生きたり、社会のためだと思って
必死に生きたところで、現実的には、そうなっていないかったり
自分のためにさえなっていなかったりすることもある。
 
結論は、
自分最優先=自分のためになるとは限らない。