亡くなった母のことを思い返す。
私の母は、転職を繰り返し、
最後は、起業した。
起業してからも業態を変えたりした。
すさまじいチャレンジャーだった。
私の母は、転職を繰り返し、
最後は、起業した。
起業してからも業態を変えたりした。
すさまじいチャレンジャーだった。
私との共通点は、
転職を繰り返しているところだ。
転職を繰り返しているところだ。
進路に関して、何か言われたことがない。
世の中には、家族でも友人でも誰でも、
この会社に行くべきだとか、この学校が良いとか
言う人がいる。
世の中には、家族でも友人でも誰でも、
この会社に行くべきだとか、この学校が良いとか
言う人がいる。
わりと良くある例では、
親がこの大学がいいと言っているとか、
この会社がいいと言っているとか、
この職業がいいと言ったり、例えば、医者がいいとか。
親がこの大学がいいと言っているとか、
この会社がいいと言っているとか、
この職業がいいと言ったり、例えば、医者がいいとか。
私の母親には、まったくこういうことがなかった。
今の会社に入る時も、
「で、どうするの、へえ」という感じだった。
私も、例えば、3社あるうちのどれにしようか悩んでいるのだけど
というような相談はしない。
というような相談はしない。
常に自己責任。自分で考えて判断する。
母は、何度も失敗してきた。
だから、一生懸命考えてもそれが、正解かどうかはわからない
ということを感じて生きてきたと思う。
だから、一生懸命考えてもそれが、正解かどうかはわからない
ということを感じて生きてきたと思う。
人生にマニュアルはない。
ある正解があって、その通りにすれば、必ず幸せになれるなんて
ものは存在しない。
どれだけ考えぬいて選択しても、想定外のことがあったり起きたりする。
こういうことをわかっているので、軽はずみなことを言わないのだ。
この点は、やはり尊敬している。
結局のところ、本当に自分の選択を失敗と決定づけるのは、自分だと思う。
物事には自責と他責の両方があり、これをちゃんと分けて考えられない人は、
ダメだと思う。自分で何とかできること、自分ではどうしようもできないこと
それをちゃんと分けて考えて決断していく。
物事には自責と他責の両方があり、これをちゃんと分けて考えられない人は、
ダメだと思う。自分で何とかできること、自分ではどうしようもできないこと
それをちゃんと分けて考えて決断していく。
常に調整や軌道修正は発生する。これを上手にやっている人たちというのは
存在する。起業や転職や異動も1つの手段だし、留まって踏ん張るというのも1つの手段。
このように人生は難しいのに、簡単にこの道に進むのが一番良いとか言ってしまうのは
とっても浅はかであり、その人自身が、幸せな人生のモデルケースみたいな道を
歩んでいるならば、まだ、わかる。
とっても浅はかであり、その人自身が、幸せな人生のモデルケースみたいな道を
歩んでいるならば、まだ、わかる。
私の母親は、自分の人生がこれだけ課題ありなのに、
誰かに対して、これが一番良いなんて言えないということをちゃんとわかっていた。
だから、この部分は、尊敬している。
結局、自分で考えて、メリット・デメリットをちゃんと分析した上で
自己責任で選ぶ。それに尽きる。
そして、調整や軌道修正をしていくことになる。
自己責任で選ぶ。それに尽きる。
そして、調整や軌道修正をしていくことになる。