There is a light that never goes out
この歌を、モリッシーのコンサートで見て
感動したとか、涙が出てきたというような
感想を聞いたことがある。
この歌を、モリッシーのコンサートで見て
感動したとか、涙が出てきたというような
感想を聞いたことがある。
しかし、私の場合、この歌に、
それほど憧れがなかった。
それほど憧れがなかった。
強い思い入れはなくて、
どちらかというと、How soon is now ?
のほうが見たかった。
ソロで歌い始めたときのインパクトは、
How soon is now ?のほうが上だった。
How soon is now ?のほうが上だった。
10代の時に、There is a lightを聞いたわけだが、
偉大だと思った。
偉大だと思った。
”And in the darkened underpass
I thought oh God, my chance has come at last
But then a strange fear gripped me and I just couldn't ask”
I thought oh God, my chance has come at last
But then a strange fear gripped me and I just couldn't ask”
その理由は、この部分に集約される。
当時、ダブルデッカーバスってどんなものかわからなかった。
10トントラックと言われると、それまでの人生の中で見たことがある
一番大きなトラックを思い浮かべた。
10トントラックと言われると、それまでの人生の中で見たことがある
一番大きなトラックを思い浮かべた。
実感がわかないから逆にインパクトがあった。
そんなものが突っ込んでくるってあるのかな?
自分たちで突っ込んでいくということかな?
でも、その場合、相手の運転手さんが可哀そうだよねとか
考えるのだった。
自分たちで突っ込んでいくということかな?
でも、その場合、相手の運転手さんが可哀そうだよねとか
考えるのだった。
だから、この部分は、微妙なのだ。
実際、これは、誰かの物語であり
私の物語ではない。
私の物語ではない。
私の人生には、こんなことは存在しない。
もしもの部分が、仮に現実逃避だとしても、
もっと別の現実逃避がいい。
もっと別の現実逃避がいい。
そんなに愛する人がいるなら、
一緒に生きればいいじゃないか。
私だったら、いっそ田舎までドライブして、
お花畑の近くのログハウスみたいなところで
ひっそりと静かに暮らす。アフタヌーンティーとケーキで
嫌なことは忘れる。
お花畑の近くのログハウスみたいなところで
ひっそりと静かに暮らす。アフタヌーンティーとケーキで
嫌なことは忘れる。
このあたりが、現実的な現実逃避になる。
本気で目標設定すれば、実現可能な気がするが、
これを現実逃避と言う段階で、
どれだけミゼラブルなんだよと言う
話はあるのかもしれない。
これを現実逃避と言う段階で、
どれだけミゼラブルなんだよと言う
話はあるのかもしれない。
There is a lightにある
"a heavenly way to die"は、難易度が高すぎて
想像の世界であって、はるか遠くにある。
過剰に美化された感じがする。
"a heavenly way to die"は、難易度が高すぎて
想像の世界であって、はるか遠くにある。
過剰に美化された感じがする。
TV GirlのMy girlfriendに、
僕の彼女は、部屋をめちゃくちゃな状態のままにして
あとで掃除すると言って
いつも忘れるというフレーズがある。
僕の彼女は、部屋をめちゃくちゃな状態のままにして
あとで掃除すると言って
いつも忘れるというフレーズがある。
「あ、わかるわかる、私もそういうのあるから」
とこちらのほうが現実味がある。
とこちらのほうが現実味がある。
ロマンチックではないけれど。