モリッシーとの思い出 | いつも木端微塵

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ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

某しゅーげ氏(仮名)はTeachers
に満足してくれたようで良かった。
 
97年のMaladjustedツアーに行けなかった
悔しさもあり、99年は、初めから録音するつもりだった。
当時一番最初の会社で正社員として働いていた。
収入も少なかった。

一生懸命貯金して、当時一番高価なソニー製のMDプレイヤー
録音機能付きを買った。マイクも一生懸命選んで購入した。
MDプレイヤーは延長保証に入った。
これは、大正解でその後2度も修理することになった。
 
自宅で録音の練習をしたが、リアルな現場でないため
難しかった。
 
そして、初めてイギリスに向かう。
英語は、今と比べると恐ろしいくらいできなかった。
ホテルの予約はしないでイギリスに向かった。
 
何なんだろうね?あの恐れを知らない、ひたむきさと
情熱と無鉄砲なところ。
 
僕は、気づかれないようにマイクを装備して
録音した状態でダイブしてステージへ突撃していった。
こんな人は当時いなかったと思う。
 
MDプレイヤーは凹み歪み、止まって動かなくなり修理した。
電子機器がこんなふうになるのを経験したのは、
その時が初めてだった。
 
過去にも書いているが、
僕はある会場で、マイクを装備して録音している状態で
最前列からジャンプして、セキュリティをかわして
モリッシーのところまでたどり着いた。
 
モリッシーは、喜んでいて僕と握手した。
その時、歌の歌詞を変えてくれた。
 
Hand it over,Hand it over,Nice to meet you
と歌ってくれた。

その一部始終が録音されて音源に残っている。
それが一番恥ずかしい音源。
 
ライブが終わってからジュリアと話したら、
ジュリアは、僕が来たのでモリッシーが喜んでいたと言っていた。
生涯忘れられない思い出だ。
 
僕は今の自分があまり好きじゃない。
あの頃の僕の方がずっと純粋で強い愛を持っていた。
 
Morrissey Twilightsに親近感があるし、愛着がある。
やっぱり、ほんのちょっとの勇気が必要だと思う。
海外なので犯罪に合う可能性もある。
安全じゃない。

真っ暗な会場で、キューリスト上位を狙っていくってのは、
何かしらの想いがあって、自分を投げ出したのだと思う。
そのほんのわずかな一歩は、踏み出してしまえば
どうということはない。

ただ、踏み出すのには、ほんの少し勇気がいる。
そしてリスクも少なからずある。
 
1999年のイギリス。
1997年からもう一度スタートするならば、全く違う人生を生きていると思う。