今週も何とか切り抜けた。
疲れた。
疲れた。
今日、気が付いたことがあった。
私は、基本的に具体的なことしか意識していない。
私は、基本的に具体的なことしか意識していない。
例えば、将来の夢はと言われたら、
クリムゾン50周年に11月と12月行くことだ。
クリムゾン50周年に11月と12月行くことだ。
よって、私はそのためにいろいろなものを犠牲にする。
対価も払っているわけだ。
行動がそれを証明している。
対価も払っているわけだ。
行動がそれを証明している。
漠然とした欲望で生きていない。
例として上げるといろいろあると思う。
例として上げるといろいろあると思う。
漠然と金持ちになりたいとか、
漠然と年収を上げたいとか、
漠然と好きな人と結婚したいとか、
何だろう、いろいろ例はあると思うし、
何でもいいのだが、
こういうのは、私にとっては具体的なようで
具体的じゃない。
漠然と年収を上げたいとか、
漠然と好きな人と結婚したいとか、
何だろう、いろいろ例はあると思うし、
何でもいいのだが、
こういうのは、私にとっては具体的なようで
具体的じゃない。
大昔は、漠然としたものを望んだように思う。
もはや、漠然としたものは望まない。
もはや、漠然としたものは望まない。
人生の扉を開ければ開くほど、
漠然としたものに価値はなく、
ほぼ、勘違いであることに気がつく。
漠然としたものに価値はなく、
ほぼ、勘違いであることに気がつく。
そこに、愛も感動もないみたいなことに
気がつくようになる。
気がつくようになる。
価値を感じるものがあって、
そのために行動を起こせているわけだから
まだ、幸せなのかもしれない。
そのために行動を起こせているわけだから
まだ、幸せなのかもしれない。
たとえ、外側から見て不幸に見えたとしても
もう自分で自分のことを許そうと思う。