具体的かどうか | いつも木端微塵

いつも木端微塵

ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

今週も何とか切り抜けた。
疲れた。
 
今日、気が付いたことがあった。
私は、基本的に具体的なことしか意識していない。
例えば、将来の夢はと言われたら、
クリムゾン50周年に11月と12月行くことだ。
 
よって、私はそのためにいろいろなものを犠牲にする。
対価も払っているわけだ。
行動がそれを証明している。
 
漠然とした欲望で生きていない。
例として上げるといろいろあると思う。
漠然と金持ちになりたいとか、
漠然と年収を上げたいとか、
漠然と好きな人と結婚したいとか、
何だろう、いろいろ例はあると思うし、
何でもいいのだが、
こういうのは、私にとっては具体的なようで
具体的じゃない。
 
大昔は、漠然としたものを望んだように思う。
もはや、漠然としたものは望まない。
 
人生の扉を開ければ開くほど、
漠然としたものに価値はなく、
ほぼ、勘違いであることに気がつく。
 
そこに、愛も感動もないみたいなことに
気がつくようになる。
 
価値を感じるものがあって、
そのために行動を起こせているわけだから
まだ、幸せなのかもしれない。

たとえ、外側から見て不幸に見えたとしても
もう自分で自分のことを許そうと思う。