将来の夢、私の夢、
私には夢はない。
私には夢はない。
残りの人生でやりたいことはある。
目標はある。目先の目標もある。
希望もある。
しかし、夢はない。
夢があるならば、夢へまっしぐらがいいと思う。
なるべく早く、向かったほうがいい。
夢半ばで死んでしまうかもしれない。
なるべく早く、向かったほうがいい。
夢半ばで死んでしまうかもしれない。
でも、夢という言葉の意味するものは、
人によっては、かなり緩い。
人によって、かなり異なる。
人によっては、かなり緩い。
人によって、かなり異なる。
夢と言うならば、大きな苦難があったとしても
耐えられると思ってきた。
耐えられると思ってきた。
一流のシェフになるのが、夢で、
たいしてお金もないのにフランスに行って
下働きをしてとかそういう話もある。
リスクを背負わない、苦難もない、
ひたむきさもない。それでも夢は夢。
ひたむきさもない。それでも夢は夢。
だとすると、いったいそれは何だろう?
例えば、私は、コンサートに行って
最前列ど真ん中で、歴史上初めて披露される
スーパースペシャルレアな歌を見たい。
SSRソングだ。
最前列ど真ん中で、歴史上初めて披露される
スーパースペシャルレアな歌を見たい。
SSRソングだ。
これが、夢だと言ったところで、
ほとんど運ゲーである。
ほとんど運ゲーである。
もし、実現したら、
とうとうやりました。神引きしましたという
記事が投稿されるだろう。
とうとうやりました。神引きしましたという
記事が投稿されるだろう。
反面、挑戦しても挑戦しても灰になってしまい、
他の人がサラっと達成しているなんて言うことも
十分起こり得る。
他の人がサラっと達成しているなんて言うことも
十分起こり得る。
身を削って挑戦することは、もはや夢というほどのものでもない。
もう夢なんてない。
自分がやりたいことがあるだけだ。
時としてそれは、できなかったりするし、できたりもする。