人は不完全 | いつも木端微塵

いつも木端微塵

ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

1月にホワイトバレットという映画を見ていて、
そこには、医者だって人間であって完ぺきではないという
メッセージがあった。
 
しかし、病気の人にとっては、お医者様であって完ぺきを求める。

私の母親は、たぶん、3度、病気を見抜くことができなかった。
亡くなった時の、病名はウィルス性の肺炎だった。
しかし、肺のレントゲンを撮っていてもわからなかった。
 
人間の記憶力には限界がある。
そこから必要な情報をタイムリーにひっぱってくるのも
限界があり、個人差がある。
そして、人間はど忘れしたりする。

特殊なケースであればあるほど、ミスのケースが高くなる。
判断にだってミスが出てくる。
 
何度も同じようなケースを見ていたら、特定は容易い。
しかし、これらは、全部、不完全な人間がしていることだ。
 
AIを使うのは、飛行機を使う理由と変わらないと思っている。
生身の人間が、飛行機を使わずに、
飛行機と同じような速度で移動することはできないからだ。
 
ネット上に流れる膨大なデータから
あるいは、過去蓄積された膨大なデータから、
必要な時に必要なものを取り出す。
 
図書館にある大量の本の中から、1冊の本を取り出す。
生身の人がやるとかなりの時間がかかる。
疲労で見過ごしてしまうかもしれない。

だから、コンピュータで検索したりする。
 
自分が失敗したり、自分の都合が悪いと
すぐ人は、不完全であると言い訳のように思い出す。
キリスト教などでも同じだ。
 
人生も、それに伴い不完全。
生まれてから死ぬまで、ずっと幸せなのは不可能だ。
 
薬物中毒にでもなれば別かもしれない。
ラリってる間は幸せを感じ続けて、そのまま死んでしまうかもしれない。
 
生まれてから死ぬまで、何一つ失敗をしないのも不可能だ。
 
不完全であることを皆が知っているのに
ある瞬間の、ある事柄の優劣で人を判断する。それは、自分も同じだ。
人が不完全であるならば、究極的には、
肌の色が何であれ、何を信じていようとも、どんな主義主張があろうとも、
愛国心があろうが、なかろうが、
時折、失敗をしようとも、
本質的には、不完全。
 
信じていても信じていなくても不完全なら、不完全であることに差はない。
相対的不完全の度合いで判断しているだけで
結局、人間というのは、差別的な生き物だ。

何をどう判断するとしても、不完全であることに変わりはない。
 
AIは危険だという人がいるが、
それに対して私の見解は、「そりゃ、状況によっては危険。」が回答である。
飛行機だってそうじゃないか。
飛行機は危険か、「そりゃ、状況によっては危険。」同じだ。
じゃあ、使わない?、ご自由にどうぞ。
 
もっともっと技術が進歩しているならば、
私は、母をAIに診察してもらいたかった。

膨大な過去の患者のデータから、母に似た症状の人もいただろうから。
そうすれば、3度の誤診のうちの1度ぐらいは減らせたかもしれない。
早めにわかったなら、打つ手が他にもあった。
 
病気は、初期段階で気が付くのと末期で気が付くのでは大違いである。
可能性をどんどん失っていくのだ。
 
可能性が必要な人に、AIを利用するという選択肢は
あってしかるべきだと思う。
 
なぜなら、社会は不完全で満ちているから。