ジェニファーに捧げられた歌。
来日では見られなかったし、
一度も見たことはない。
好きな歌だ。
Such love shown I've never known
Now I don't want to know tomorrow
I have no use for tomorrow
このフレーズがすばらしい。
モリッシーも死んだら、さらに伝説化されて
証言者がたくさん出てくるのだろう。
別に、それはそれで、良いことだと思う。
知る人も増えるわけだから。
でも、今、ともに生きたほうがいい。
今、ともに生きたほうがその実感が得られる。
若いとき、もう少し世の中の役に立ちたいとか
もう少し認められたいとか考えた。
もっと給料ももらいたいとか、そういうことも考えた。
今は、全く考えてないとは言わない、考えることもある。
でも、キリがない。
一体何のために生きているんだろう。
何が正しいか、人はただ、思い込みの中を生きていて
でも、人生の最後には、その最後の瞬間の一歩手前には
壮大な諦めが待ち構える。
だからこそ、生きてる間は諦めずたたかう。
どっちみち最後には壮大な諦めが来るから。
学習して、反省して、たたかって、生きることのほうが苦しい。
社会である程度のところにいるから、
こんなことが言えると思われるかもしれない。
そうかもしれないが、現実問題すべてが儚い。
すべて、タイミングと時間だけの違いだと思う。
どんなポジションでいようとも、フリーでも、社長でも、一般社員でも
すべての人が必ず働けなくなる。時間の違いだけ。
肉体は消耗品であり、必ず最後にはなくなる。
時間の違いがあるだけ。
自分がすごいというのをアピールしたい人は、
きっとその瞬間とその先は、何らかの行き詰まりがあるのだと思う。
すごい人って出てきて、ちょっとしたことするだけで十分すごいし
ほとんど無意識でやってるから。
この無意識ってところに、嘘がないわけで、それがすばらしい。
すべて、無意識で自然とでないと駄目だ。
愛することも憎むことも、ごく自然とした感情ではある。
仮に、憎んだとしても放っておけば人生は終わるわけだから、
学習のチャンスというのは、あったほうがいい。
生まれてから死ぬまで、何も失敗しない人というのはいない。
一番闘うのが難しいのは憎しみだ。
何とかできると過信するのだけど、おそらく何ともできない。
ただ、闘い続けるだけ。
でも、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。