感謝するということ | いつも木端微塵

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ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

常々思っている、ちょっと複雑なことを書いておきたいと思う。


人生で、自分にとって一番難しいことは、
感謝することだ。

「ありがとう」という言葉を生活の中で使うことは
もちろん、たくさんある。
もちろん、感謝してないわけではない。
「ありがとう」という言葉は、実は全部嘘でしたなんてことはない。

 

でも、僕は、人生において感謝できていないと思っている。


例えば、時々、感謝しなくちゃいけないなと思ったりする。
やや反省したりする。

しかし、この時点で、感謝してないんじゃないか?
と思うのだ。

 

これは、キリスト教批判でないのだが、
あれだけ、聖書の中で、許し、愛、感謝と言っている。
僕は、多くのクリスチャンと言われる人々を見てきた。
もちろん、彼らは皆同じではなくて、まったくバラバラと言えなくもない。
そして、ほぼ大半の人たちに対して、私は彼らが感謝しているとは
とても思えない。

 

だから、彼らが偽善だという言うわけじゃない。
なぜなら、自分も感謝するのがとても難しいからだ。

 

もし、本当に僕が感謝したら、その人間関係も変わるし、
僕の行動も変わるし、何か感謝することによる決断が生まれる
のではないかと思っている。
これは、お礼をするとか、お返しするとか金銭的なことではない。

 

しかし、僕は、「ありがとう」と言いながら、
全く感謝してないというわけではないが、
たぶん、そんなには、感謝していない。


だから、悪いということではないのだが、
感謝することは一番難しい。

感謝というのは自然とできなくてはならない。
これが持論である。
これは、感謝しなくてはいけないなと
考えている時点で、もう本物じゃないのだ。
はっきり言うと、感謝のレベルは極めて低いのである。

 

僕は、それでも、人生の中で心から感謝したことは、

少ないかもしれないが確かにある。

生きるか死ぬかの瀬戸際で救われると人は感謝をするだろう。

 

何を言いたいかというと、
僕にとって、感謝は課題であり、人生の中で一番難しい。

 

感謝という言葉を簡単に口にする人たちが信じられない。
彼らがそれほど感謝をしているとはとても思えないことが多い。
極めて軽い簡単な感謝である。
簡単に口にできることは、重みがなくて簡単なのだ。

 

そして、これが落ちなのだけど、すまない。
僕は、そんなには感謝していない。