村山聖の存在に
なぜ、こんなにひきつけられるのか。
共感する部分もあるが、それは一部で、
それ以上に強烈な存在である。
僕にとっては、日本で存在するものの中で
一番、World of morrissey:モリッシーの世界を
感じさせる。
そんなことはないと思う人は多いかもしれないけど
説明するのは難しい。
モリッシーのNow my heart is fullに、
And I just can't explain
So I won't even try to
というフレーズがあり、
これは、どうしようもない事実ではあるのだけど、
反面今の僕には、子供にでもわかるように
わかりやすく核心をついた形で言う
というのは、とても素晴らしく大事なこと
なのではないかと思っている。
今は、相反する2つの自分がいる。
歌で言うと2つ頭をよぎる。
「Well I wonder」
「Do your best and Don't worry」
この人はとても
素朴でごく普通の人生を、
ごく普通を求めていて
そこに価値を置いていたのだろうが、
病気のせいもあり、
激しく、普通から逸れて離脱していく。
この世界は僕も知っている。
求めているものは手に入らないかもしれないと
絶望と隣り合わせになりながら。
もがき苦しみ、追い詰められて。
あまりに強烈で、想いが強いため
普通から逸脱している彼の存在こそが、
本物であると感じてしまう。
あるべき姿でも正しい姿でもなくて
本物だと感じてしまう。
本物だと感じさせてしまう段階で
村山聖は勝負に勝っていると思う。
普通を愛しながらも
普通でいられない自分を自覚しているところ。
勝負には堂々としながらも
それ以外は隠れるようにしている。
この自分に対する自信のなさ。
僕はこの人のようになるのは無理だ。
似たような状況に置かれたらと仮定しても
そんなのは意味もなくて
そうならなければ、結局のところわからない。
最も素晴らしく感動することも
最も悲しい出来事も
これから起きると考えると
もっと真剣勝負で生きられるかもしれない。
とにかく難しい。
人は、経験しないとわからないと思う。
結局のところは、実感としてわからない。
逆に実感としてわかっていると
あまり言葉を交わさなくてもわかるのだ。