壮絶 | いつも木端微塵

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ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

眠ったら、変な時間に目が覚めた。


昔、自分は、壮絶と言われたことがある。
壮絶という言葉の意味は調べてもらうとわかる。

 

今は、壮絶ではないと思う。
壮絶とは目指すものではない。
あるべき姿かと言われると違う。

 

僕は、モリッシーはある意味壮絶だと思う。

最近、村山聖という人が好きで
いろいろ調べたりもした。もうすぐ映画が上映される。
この人も壮絶だと思う。

 

私が好きな理由は、才能があるからでもなければ、
闘いに身をささげたからでもない。
根性があるからというわけでもない。
不幸な生い立ちだからということでもない。

好きな理由は、つきつめるとよくわからない。

 

村山聖に強く感じるのは、
自分の存在価値というものが信じられない。
病気であるがゆえに、自分に存在価値があるんだろうか?
と思ってしまう。
病院で幼いころから周囲が亡くなっていく
現実と向き合い、ああ、なってしまった。

 

前提条件が違うのに、いったい何を見習うのだろうか?
僕にも、この人は見習うべきだなと思うことがある。
でも、実際見習っているかは微妙だね。
この人は素晴らしい見習うべきだと仮に言ったとしても
ほとんどそうならない。
それが事実だ。

 

僕は壮絶な人が好きだ。
理由はわからない。
壮絶な人には、何らかの苦しみがある。
壮絶は、目指すべきものではない。
見習うべきものでもない。

 

また、何かを偉大で素晴らしいと思っても
皆がそうなるなんて絶対にない。
もし、そうなったら、それは、偉大から普通に変わる。

 

この自分にとってごく普通な考え方が

他人に伝わらない。難しい。