テロのことを考える機会が増えるが、
シリアへの空爆もテロのようなものと
言えるのだろう。無関係な人が死んでないとは言えないし
病院に間違って空爆したりしている。
本質的な差はないかもしれない。
相手にいなくなってほしいからやっている。
テロの場合、おのれも自爆してしまうため
相手も死に、自分も死ぬ。
これは、いったい何になるのだろうかと思う。
考えを改めるということは、まったく起きない。
ただ、命がなくなるだけ。
テロ行為を見て、我々が間違っていたんだ。
アラーは偉大だから、イスラム国に行かなくちゃなんて
思うはずがない。
アラーを信じるようにしなきゃなんてまず思わない。
イラク戦争が発端でというような経緯はあるのだろうが、
でも、もう起きてしまったことで、
取返しもつかない。
過去に関して取返しのつくことなんてない。
オウム真理教の過去の事件を考えると
やはり放っておいていいということはなくて、
まるで病原菌のように宗教は拡大していくから
武力制圧かなと思う。
シリアに関してはかなりの内政干渉状態なのだが、
滅亡させるしかないように思う。
信じるのは自由なのだが、
他人が信じる自由も認める。
自分たちと同じでないものは間違っているという
考えを捨てなくてはいけないし
そういうことを少しでも主張している
宗教はすべて間違っている。
何が真理で、何が正しいかはそれぞれが
大人として考えていけばいい。
自分たちと同じでないものが間違っているというのは
人種差別みたいなものだ。
人間には人種差別的な要素があるから、
こういうものが拡大していくのかもしれない。
自分たちが正しいと思えることに優越感が得られるから。
愚かな優越感。