長年同じような仕事をしていると感覚で仕事をするようになる。
そういう人はけっこういると思う。
自分もそうだった。
そして、その感覚をどうして、他人は理解できないのだろうかと
さえ思うようになる。
わかっている人には当たり前のことだからだ。
しかし、経験したことがなければ理解できない。
また、教わってなければ理解できないし、
考えたことさえなかったというようなことはある。
もちろん他の経験と照らし合わせて想像する。
本人そのものの適性もあってスムーズにいくこともある。
複数の職種についたが、初めてやるっていうのは、
やっぱりけっこう大変で、長いことずっと同じ職種を
しているとそのことをどこか忘れてしまう。
今まで振り返るとどれも四苦八苦したような気がする。
その苦しみの度合いにも差があったことがわかる。
比較的苦しまずに、勘所がわかったのはPMだけのような
気がする。
やっぱりちゃんと教えるというのは大事なのだが、
IT業界というところは、さほど教育のある業界ではないのと
教育の対象というのは、新卒社員であり、中途のためではなくて
中途は基本的に自分で調べて学ぶというのが、
程度の差はあれど、いままですべての会社において同じだった。
あくまで程度の差があるだけだ。
そして、今、アマゾンから本を購入して一生懸命読んでいる自分がいる。
理解は少しずつ進む。ああ、わかるけど、ほとんどそういうことを
考えてこなかったというようなことがいくつも現れる。
苦戦することもあるのだが、これはこれでよかったのだと思う。
苦難にぶつからないと、人というのは真剣に考えないからだ。
1番最初の会社だけは、いろいろ教えてくれたのだが、
2番目の会社から、基本的に教えてもらうは甘えだとは言わないけれど
実際はそれに近い。
今は、OJTまでいかないけど、マンツーマンで相談できる人がいるので
まだいい。今まで考えてこなかったようなことを考えるようになった。
もっと早くそういう経験をしていれば、違った展開があったのだと思う。
いかに同じことをルーチンのように考えずやってきたのかというのを
痛感する。
ある環境につかるというのは、ルーチンのようにある価値観の中に
うずくまるともいえる。
でも、一歩踏み出すとまったく違う価値観がある。
何が正しいのか、何が良いのかというより
それについて考えるきっかけが生まれる。
1つの価値観にうずくまるのは、安心感があるが
場合によっては、愚かになるかもしれない。
なぜなら考えるきっかけを失い。
正しいと思い込み、それを自分にいいきかせるから。
宗教にもそういうようなところがある。
前の会社は、やや宗教化していると感じたものだが、
ヴィジョンとか方針を打ち出すというのは、
やや宗教化するような流れになりやすいのかもしれない。
もちろん共感できない人は去るだけということになる。