Under heavy weather
The art of parties
I'm burning, burning
I'm living
I'm living my life
I'm living this time
最終的にどうなったのかというのは、
いったいどこを最終と考えるかで
答えは変わってくるのである。
だから、最終的にどうなったのかは
私にもわからない。
それは死ぬときわかるかもしれない。
私は今ニートだが、
これまで仕事をさせてもらったことには
感謝すべきだろう。
いかに晩年は憤りの連続だったとしてもだ。
今はそこから解放されてよかった。
田舎で農業をやるのか、
トイレに入れない会社のビルで
窓ふき職人になるのか、
はたまたエンジニアをやるのか
今回は書かずに終えようと思う。
どこを最終とするかで結果は変わってくるのだ。
仕事などというものは、すべての人がいずれ辞めるのだ。
時期が違うだけだ。
お金など死ぬときには持って行かれない。
隣の人より10万円年収が高い人が偉いわけでもない。
それならば、自分の魂にとって良いことをしたほうがいい。
1度しかない人生だから。
つまりお金が一瞬で吹き飛ぶとしても
そのおかげで後から振り返った時に
ああ、あの時幸せだったなと思うかもしれない。
または、お金は関係なく
あとから振り返った時にあの時幸せだったなと
思うかもしれない。
そういうことが1つでもあれば、
それは幸せだったということだ。