ブラック企業という言葉が
出てきたが、
日本社会というのは、
ブラックだった。
高度経済成長時代からずっと
ブラックだった。
例えば、会社で夜をあかして
家にも帰ることができず
何度も徹夜して
このような商品を開発するに
至った。というような武勇伝が
語られる社会だった。
そして、大手でさえ
その残業代はさすがに払ってないと思う。
半ば勝手に社員が判断してやっているような
部分があったから。
これが、やはり美徳なのだ。
だから、相対的に見て
比率としては、やっぱり
日本社会はブラックになる。
しかし、そのような美徳でも見返りがあった。
右肩上がりの処遇と、たくさんの年金と退職金
長年勤めていれば必然的に得られるものがあった。
これは、つまり社会が経済的に成功していたからだ。
日本は何もないところからがんばったが、
他のアジアなど今のように手強くなかった。
リストラされた日本社員が、海外にわたり
技術供与したというのは、ある程度事実であり
とにかく他のアジアの技術、品質が向上した。
日本にとって手強い相手がたくさんでてきた。
韓国とか中国とかインドとか。
そして、身を粉にして尽くしていれば
それなりの対価があったので
結果的に、黙って頑張っていれば
いつか報われるという考え方が成り立った。
だいたい、全員一律少なからず報われたからだ。
しかし、今は違う。
退職金は現金収入で年収に組み込まれる。
給与も右肩上がりでというようには行かない。
企業にもその余裕がなくなっている。
年金なんかじゃとても暮らしていかれない。
その状況下で、黙って我慢して尽くしなさい。
昔の人のようにもっと働きなさいが違うということになる。
つまり昔は、結果的に
「おまえ、ひたすらがんばれ。
おれは、おまえにこうしてやるから」という図式が成り立った。
今は成り立たない。
そうであるにも関わらず
「おまえ、ひたすらがんばれ。
でも、おれは何もしてやれない。」
という状態になった。
だから、問題なのだということ。
つまり何もしないくせして、ひたすら尽くせという社会になった。
これを国が許さないとか、
良識的観点から許さないというのは普通のことになる。
でも、本質的には、健康だとかワークライフバランスを
考えると対価があったとしても問題と言える。
原発事故処理にワークライフバランスや健康があるとは思えない。
最終的には、対価があるならば、
個人個人が選べればいいのかもしれない。
でも、きっとそういうように上手くは行かず、
国が徹底介入しても、
社会問題としてしばらくはびこると思う。
なぜなら、日本社会の根本的考え方は
歴史的にずっとブラックだったから。