自分が好きなものや
愛するものから
好かれたいとか、
愛されたいとか、
認められたいとか
評価されたいというような
感情は自然と言えるのかもしれない。
しかし、
私は自分の嫌いなもの
例えば、没落するもの
腐りゆくもの
斜陽。
そういう流れ、環境、
組織、人々から好かれたいとか
認められたいとか、
評価されたいとか
全く思わない。
死んでくれてけっこうぐらいの
感覚であって、
なぜか、自分の利益も考えない。
私利私欲もどうでも良くなる。
ある意味嫌悪感が先に来る。
過去良かったものとのギャップに
幻滅する。
例えば、自分の利益とかを
優先するならば、嫌いであっても
良い顔して、腐ったものでも
肯定して当たり障りなく生きるほうが
利益につながると思うし
多くの人がそうやって生きている。
私は、そういうの損をするよとか
注意されたりする。
しかし、得したいと考えてないので
損ではないと思う。
ここぞというときにこういった
態度が足かせになることがあるか?
まあ、それは十分あるだろう。
私はそこは、損得感情でも
自分の利益でもない。
ただ、私にはそれは大事ではない。
自分にとって
他人が自分をどう思うかよりも
自分が、どれだけ好きか、愛しているかが
大事なのであって、それが人生のすべてだ。
殴られようとも蹴られようとも
この感じ方は変わらない。
だから、罵られようが嫌われようが
何とも思わない。
自分が心から嫌悪感を感じていて
そのようなものから評価されたいとも
認められたいとも、気に入られたいとも
思わない。
でも、この状況はあまり良い状況ではない。
まあ、悪い状況といえる。
自分が嫌悪感を感じているからだ。
1度しかない人生もっと感動したい。
腐りゆくものから肯定されたら
自分まで腐りゆくような気がして悲しくなる。