この言葉は良かった | いつも木端微塵

いつも木端微塵

ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

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僕もこの号を見たけど、
これはとても真実を言っている。


でも、強さとは何なのか。
異質な価値観を認められない人間、
自分の考えに沿ったとおりに
他人もならなければいけないと
勘違いしている人間。


こういうのは全部、醜い人間。


でも、多様な価値観を認められる風土のほうが少ない。


20歳ぐらいのときにある人が教えてくれた。
人生に必要なのは、ほんの少しの勇気。
ほんの少しの。
これがポイントで、とても重い。

そして、難しい。ほんの少しなのに。


それが出せないことが多い。
どうしようか迷うことが多い。


それでも、

無鉄砲で怖いもの知らずと言われることが多いのは意外。


そもそも、他人が、
自分や自分たちのようでなくてはいけない?
それは、もはやそれ以上のものは生まれないということ。
もっとすごいものが生まれないということ。


こういうのは宗教にも似ていて、
何でもいいんだけど、聖書とかイエスと、アラーでも
仏でもなんでもいいが、そういうものを名前として出して
でも、結局正当化しようとしているのは自分たち。
そして、それは主に間違った自分たち。


何が実際存在するかは別として、もし、偉大なものが存在するならば
名前を出している君たちよりも、その存在はずっと偉大だから。
君たちとは違うはず。これが自然なロジックだと僕は思う。


多かれ少なかれ、人はだいたい、こんなちっぽけな堕落した存在。


実態がなく、上っ面で、中身もなく、計画もなく、底力もない。
にもかかわらず、そんな自分たちが正当化されなくてはならない。


空しいと思う。堕落するとしても、そこまで堕落したくない。


そして、そんなものの一員だとしてもうれしくない。
誇りに感じることもない。すごいとも思わない。
願わくば、そんな連中の一員でありたくない。
関わりたくない。


いっしょにもされたくない。お互いのためにも。


僕は、聖書とかイエスとかと言っている人間が、ただ、
他人を苦しめて、ひどいことをして、それでいて
宗教を肯定しているのを見たことがある。


それは、もはや悪だ。だから宗教の多くが嫌い。