サラの鍵を見たとき、
主人公の名前がジュリアで、
うーん、
当然、自分が知っている
この名前を持つ人は一人しかいない。
もっとも強いというか狂っているというか。
この領域の人には、
日本国内で会ったことはない。
映画を見ながらいろいろ考えてしまい
今日もジュリアの顔が思い浮かぶ。
この映画に出てくる。
ジュリアとサラはすごく似ていて
どこにも馴染まない。
周囲に馴染まない。
一見馴染んでいるように見せかけても
馴染んでいない。
つまりある種の苦しい経験をすると
そうなってしまうということを
表現しているように思う。
そしてそれは、正しいのだけど。
集団で右向け右ならえでユダヤ人を虐殺した。
この映画のポイントはフランスだということ。
背後に宗教的差別があるように思う。
キリスト教にとって、ユダヤ教徒は異教徒だから。
ユダヤ人は、集団で従うしかなくみな殺される。
集団も組織も間違っているかもしれない。
彼らは、みな、大丈夫だ。問題ないと言って
ユダヤ人を殺していく。
サラは、逃げて助かった。従わなかった。
しかし、その後孤立してしまった。
僕にとっては、僕の知っている
ジュリアも同じで、
どこにいて、どのような運動に参加して、
どのような集団の中にいても、
どこか彼女は馴染まない。絶対に。
自分も同じかもしれない、どこか馴染まない。
そんなところが確実にある。
刻一刻と状況が変化する中で、
また、あの空間に存在することになりそう。
日本なのかイングランドなのかはよくわからない。