この名前も、アルファベットの文字列も
大きな意味を長年持ってきた。
僕は、モリッシーを誰かに知ってもらいたいとも
思わないし、多くの人に好きになってもらいたいとも思わない。
誰かに好きになってほしいとも思わない。
流れ着くべくして流れ着いたし、
そうでなければ、たぶん意味がない。
僕にとっては、
僕の生きた時代の中で
もっとも重い。重要性の高い。
重大なアーティストという答えが出ている。
もうこれは、たぶん死ぬまで変わらない。
ポップ歌手でもなく、ロックバンドでもなく
芸術であり、生きざまであり、
とても強いインパクト。そして救いだった。
己自身であること、
己の信念をつらぬくこと。
信念のない国ではそれは、とても難しい。
日本のすべてが悪いわけじゃない。
でも、あまり良い状態ではない。
少なくともそう感じる。
いじめと自殺の国。
嘘つきと言われて、
嘘つきと言われないように
努力何てするものなのか?
親が子供に嘘つきと言われないように
努力しなさいとか言うか?
狂ってる。
限界レベルの違和感、
根本的な疑問、
自分を貫き通す絶対的強さ
その果てにモリッシーがたまたまいただけだ。
僕の人生の中で最も重大なアーティスト
この表現しか生まれない。
一番すばらしくて最高だとか
そういう言葉にならない。
愛というのは難しい。
愛せているのかも難しい。
だから、ジョニーマーの評価は低い。
彼がツアーをしても僕は海外まではいかないから。
そこまでの大きなインパクトもないから。
モリッシーは、頑強な信念を持った人であり、
僕が受けた影響は、たぶんその部分になる。
僕が僕であることを、地球上の誰が否定しようとも
全く無意味であるというこの感覚は、
明らかにモリッシーから受け継いでしまったものだ。
人生はどこかの時点で変わってしまい。
良いとか悪いとか言われたくもないし、
だいたい、そういうコメントをしてくる人間の
人生が何ぼのものだ?くだらない、くそみたいな
信頼に値しない、そのようなものから
何を言われても意味なんてないだろう。
救世主や神が存在し、今目の前で
言われているというなら話は別だが、
どうでもいい人間にかまってられない。
明日生きていようが、死のうがどうでもいい。
少なくともむこうにとって僕だってそうだろう。
お互いに重みなんてない。
1つだけ言えることがある、
少なくともある地点より向こう側に行ったら
決して戻れないというような何かが存在する。
少なくとも自分の人生には。
2通りいるのだと思う。
信念のある人と、それ以外。
勝負はたぶん、来年の1月。
それまで様子を見よう。