terminal5 1日目 | いつも木端微塵

いつも木端微塵

ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

人生はけして自分の計算通りにも行かないし
想定をはずれることがある。
なぜなら、ただでさえ間違うことがあるのにも
かかわらず、計算材料が足りないからである。


terminal5からホテルに戻ってこれを書いている。
なるべく、感情が残っているうちに早めに書くことを
優先で書いてく。


8時前には、terminal5に着いた。
私が着いた時点ですでに20名以上の
maladjusted peopleがいて、
キューリストに名前を書いたら22番だった。

これは想定外、最近のモリッシーの勢いや

映像から、こんなにいると思わなかった。

最終的には相当数がならんでいた。

日本なんてガラガラなのに

こっちでは、相対的に大きな会場でやってるし。

やっぱりアメリカとは状況が違う。


書くときに名前を聞かれた。
答えたところでどうせ呼べないだろう。
発音できないと思った。


キューリスト順に呼ばれるときにも
呼べなかったので、
22nd is me
と言った。


僕の後に、飛行機で一緒になった
日本ツアーで会った人が来た。彼女は23番だった。


彼女もなぜかこのブログを読んでいるっぽい。
僕が言ったのかもしれないけど覚えてない。


また、日本ツアー最後の日に恵比寿で飲み会に
なったのだが、彼女はそこにいたということなのだが
なんと!!記憶にない。ひどいね(苦笑)


2人してならぶことになった。
しかし、問題点がある、2人ともチケットを持っていないのである。
しかもいつ受け取れるかわからない。


昨夜は、6時以降に取りに来いといわれるが
結局もらえなかった。


ならんでいるうちに6時開場で6時15分ぐらいに受け取れると言われる。
ドアが開くのは7時からという情報が入る。
大丈夫かなと不安なままならぶことになる。
海外復帰早々ピンチだろと思った。精神的に追い詰められる。


外にならんでいたが、6時になってからみな2Fに移動になった。
外にならばせたくないという会場の判断によるものだ。


結果的には、チケットをBox Officeで受け取り
2Fに行き、またキューリスト順にならぶということになった。
チケットが受け取れたので、ようやく心の負担が減った。


なんでお金払ってるのにチケットが受け取れないんだろう
と頭にきた。


また付け加えておくが明日のチケットもなぜか受け取ることができない。
明日のチケットは明日なのである。
このしくみもまったく理解できない。
前日とかに受け取れるようにかえてほしい。
日本の整理番号制のように腐っている。
実害で言えば、整理番号のほうが害だが。


ならんでいる間中、一緒にならんでいる人が
来年イギリスツアーがあるならイギリスに行きたいと
頻繁に言っていた。


僕もその気持ちがわかる。東海岸にいるというのに
イギリスに行きいたいと思ってしまうのである。


ワンダさんに南米を勧められた。
僕は、南米の音源ももちろんチェックしている。
でも、そこであえて言うんだけど、
それでもイギリスじゃない?


もう一人日本人が来ていてライブに来るとのことなのだが、
その人は、前座が終わってから来るという話だった。
前座がいつ終わるかなんてわからないんじゃない?
と言った。というか、それって他のことのついでに
モリッシーってことなんだろうなと言った。


重要度が違うということが悪いことではない。


むしろチケットも持たないまま、リスクを背負って
ならんでいるほうが気が狂っている。


僕は重要度が違うというのは現実なんだと思う。
より重要に思っている人が偉いなんて意見を言いだすと
そりゃ子供が母親を必要としているから偉いみたいな
意見と同じになっていくように思う。


みんなが朝から僕と同じことをしたら
僕は最前列にいるのが難しい。


だから、求めているものが違うということになる。

でも、あえてひとつだけ書いておきたい。
僕はその人がだれかは知らないんだけど、
価値があるもの、重いものというのは
大きな犠牲があるものだと思う。


大きな犠牲を払ってまでそれをしたい
というものはそもそも価値が大きい。
自分にとってはということだ。


もちろん、大きな犠牲を払うということは
そこにはリスクがたくさんある。
だから失敗すると瀕死の状態になる。
また、絶望、後悔、場合によっては恨みなども出てくる。


だから、リスクを取らず、犠牲を払わなくなる。


人生がやがてそうなっていく。
そして、それがさもあるべき姿に言うような人もたくさんいる。


それでも主張せざるを得ないのは、
大きな犠牲を払うものに価値があるということである。


だから、何か1つでも、どんなものでもいいから
そのことによって感動を覚えられれば、
それは価値があるのだと思う。


話がそれたので本題に、
7時になって、フロアに突撃する。
なんと22番なのに私が最前列につこうとするとき
最前列は埋まっていた。縦長の会場で

最前列のスペースが小さい。


しかし、自分の身の丈以上にスペースをとっている
人間がいて、これはたぶん友人の分なんだろうなと思う。


僕は、これは反則だと思う。
だって、僕は8時からならんでるんだよ?
よって突撃して真ん中やや左に最前列をゲット。


強行に入り込んだので両側の人間はやや反感を持っていた。


アジア最凶の最前列ゲッターなので、
またやっちゃった♪ エヘヘ。


しかし、僕の後ろで一緒にならんでいた人は、
2列目になってしまった。うーん、残念。


クリスティンヤングだが、
ドラムがいなくなっていて一人でパフォーマンス。
マイクのコードがはずれたり
キーボードを変更したら音がでなかったりと
トラブルになっていた。
僕は、彼女は素直に言って
フルバンド構成にしないと難しいと思う。
作曲が普通じゃないから、才能があると思う。
でも、このままじゃ厳しい。


30分間のビデオクリップがかかる。
微妙に内容が変更されていて興味深く見る。


いよいよ、モリッシーの登場
1曲目がshoplifters
僕には思い出深い曲で
日本ツアー以来なので
心に突き刺さり、とうとうはじまったとも感じたし
ウルウルするものがあった。

my only weakness is well never mind never mind.
i was bored before i even begun.
のフーレズはとても強力なんだと
改めて認識した。


spring heeled jimは、ダメ。
理由はベースがダメ。聞けばわかる。
やっぱり技能がないというか単調だ。


ドラムだけど、時間がたてば改善してくる
部分はあると思う。アンソニーは、
ハードロック系のドラムとか叩かせると
けっこういいと思う。テンポが速くて激しいやつとか。
結論を言うと、この人はバンドのドラマーだということ。
1ミュージシャンとしてのドラマーでもないし
スタジオミュージシャンなども難しいと思う。


こういう人たちはどんな楽曲でも自分なりのあじを出す。
それができない。自分の得意分野の曲はいいのだけど
とくにスローで激しくない奴、バラードなども
ロクに叩いてないと思う。


だからああなってしまう。

けっこう合うのがshoplifters、
スローでも激しいやつとか。
慣れてきてどうなるかだと思う。


Fantastic Birdをやってくれたので
ほっとしたのと、良かった!!


モリッシーのMCで
よく聞き取れなかったが、
自虐的なことを言っていた。

どうせみんな多くの人がならんで見に行くのは
マンマミーヤだろうとか。
これってたしかミュージカル。


それに近いような自虐的嫌味をもう一つ言っていた。


でも、ニューヨークは、あんたソルドアウトしてるでしょ(苦笑)
と思った。


どこぞの日本人が、ここに来る前に観光客は皆殺しにしてしまおうとか
観光客否定をしていたが、よもや近いことを
本人が言い出すとは。


僕の目の前にスピーカーがあり、モリッシーに手が届かなかった。
また、この日よせばいいのにXTCのシャツを着ていたので
モリッシーが、機嫌を悪くしたのか、握手してもらえない。


しかし、手が届かない中、アンコールの1つ前
i will see you in far-off placesで
僕のほうに来て、手をおもいっきりのばしてくれて
触ることができた。


モリッシーには、愛があると思う。
どんなにめちゃくちゃなことをして、人の反感を買おうとも。
どんなに皮肉や暴力的な発言をしようとも。
この人の根底は愛があると思う。


最後の曲は、still illで。
僕は本当に心から感動した。
今年一番感動した。今回ここにきて良かった。
ロンドンかそれ以上の状態になった。
日本とは違うのである。これは批判と受け取られるし
そうだともいえるのだが、それが趣旨ではなく
心からそう感じたということ。


僕は、この瞬間、観客を見て泣いてしまった。


2012年
日本ツアーでたくさんあがった光景が僕は嫌いなのである。
なぜならなんだかややお祭りのようだった。
僕はお祭りが嫌いだ。


今日、僕が感じたのは、突撃していった人たちから
「もし、こうすることでどんなことが起きようとも
どんな目に会おうとも私はかまわない」というメッセージだった。
ボロボロと泣き続けた。


最後の曲が終わったとき、僕は本当に心でこう叫んだ。


日本は醜い
日本は醜い
日本は醜い


自分にそういう価値もないし、
自分がそういえるだけのことをしているわけでもない。
だから、間違っていると言えばそうだと思う。

正しい間違いではなく、僕はそう感じたということ。


今日わかったのは、僕は観客にも相当
フラストレーションを感じていたということ
良い悪いは別として事実として。

そして僕は、今日あるべき姿を見て、
また、昔を思い出した。

「自分がどうなろうともかまわない。
命がけ」これがとにかくやっぱり大事だということ。


余談だが、一緒に並んでいた人から、

ワンダさんに、座席指定を無視して

前に行くように、教えたの私でしょうと言われ、

忠実に守っていたと言っていた。

教えたというわけじゃない。

伝えたような気はする。

そして、僕は伝えたことは、

ことごとく悪いことしか伝えてないような気がする。

だって、極悪にして最凶だから。えへへ。


でも、1つだけあえて言わせてもらえるなら、

彼女が見て経験したことは、その

フィールドに行かないとけして理解できないものだと

いうこと。僕はそれを知ってもらいたかったということだ。

なぜなら価値観が変わるから。


だいたい座席指定で前に座りにいかないって

普通だから。海外に見に行かないで来日だけ

それも普通だから、海外に来ても朝から並ばない

それも普通だろ。普通じゃないことをすることで

見ることができる地平というものがある。


みんなと同じ道を行ったらみんなと

同じような結果しか待ってない。


ものすごい上がり方をするということが、、
人数が多いということを意味するのではない。


上がるときの気迫というか執念というか
感情というか情熱というか、
そういったすべての吹き出し方が違う。