2000年のポートランド | いつも木端微塵

いつも木端微塵

ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

少し思い出を。
僕も死んでしまったら
何も誰にも伝えられなくなるので。


あの頃は、とにかく休みを取るのが大変で
今よりもずっとずっとお金もなかったし、
休みを取れたら、極力1日でも多く
コンサートを見たかった。


僕は国際航空貨物の会社に勤めていた。


憂鬱な2000年問題が終わったとき
僕は会社でメールを送った。


the year 2000 didn't change anyone here.


あの頃
ロンドンにも日本から来ていた人はいたし、
いろんな国から来ていた。


時を経て古手の人は限られてきていると思う。


僕は、モリッシーのファンという言い方をしない。
実際自分を照らし合わせても全くピンと来ない。


ファンというものよりレベルが高いとか次元が上とか
言っているんじゃない。そういうことではない。
そういう種類のものじゃないように思う。


僕のこの気持ちをわかる人というのはすべての人じゃないし
感覚的に言っていることわかるかどうかは微妙だと思う。


例えばファンだとして、

ジュリアが上か?デヴィッド・ツェンが上か?
はっきり言ってそういう感覚も間違っていると思う。


そういう感覚を持っている人は全くわかってないと思う。


実際、いわゆる「ファン」の中でもこの2人の名前を知っている人は
多いが、僕はこの2人はファンなのかどうかもよくわからない。
そういう類じゃないと思う。


友人がかつてモリッシーを空気のような存在と言っていた、
そういう表現の意味合いは理解できる。
空気がなければ窒息して死んでしまう。


だいたい、何かしら抱え込んで集まっていた人々。

95年から数えると17年。
結局一番過酷なところが一番好きだ。


ダイブが連発しないようなのはぜんぜんつまらない。

95年に行った人は覚えているはずだ
どれだけすばらしかったか。
ジュリアは、けっこう長い間、どこのライブがすばらしかったか?
という質問に95年の日本をあげていた。
今彼女に質問したらなんと答えるかわからないけど。


95年の日本がもっともすばらしかったということである。


ロンドンに負けないくらいすばらしかった。


それから比べると今は見る影もない。


結局偉大だった瞬間は、過酷な時間であって
ほとんどの時間、気が抜けなくて、
身の危険を感じ。99年あたりから
セットリストに「meat is murder」が入ってきた。


この歌が実際自分にとってどういうものだったかというと
あ、ようやく一息つける。少しだけ休める。
ここで態勢を整えないと、アンコールがやばいことになるから。


日本で今年見に行ってもあざひとつできない。
後頭部を蹴られることもない。


歳をとったのもあるだろう、温室で生きている人々の集まり。
それは自分も含めてそう。


2000年ニューヨークはけっこうすごかった。
roseland ballroomでステージにあがるのはしんどい
ステージが高いから、最前列にいたがこれは過酷だと思った。
その過酷な中で飛び上がって上がったアメリカ人を見たとき
これは素晴らしいと思った。


でも、ロンドンのほうが総合的にやばかったと思う。


ポートランドの話をする。
ナンシー・マーシャルのお父さんに車を運転してもらい
ニューヨークから移動した。朝、出発したから会場には早朝つく
ということはできなかった。しかし、とにかくなるべく早く
並ぶために会場に向かった。


ポートランドは、そんなにみんなが注目する町ではなくて
チケットがsold outするようなことも考えられない。
ちょっと田舎町というか。


とにかく寒い冬だったから、会場につくと
ジュリアがガクガク震えながら会場に一人座り込んでいる。


僕と早苗さんとナンシー・マーシャルと彼女のお父さんが
到着したとき他に人はいなかったと思う。


ジュリアに対して批判的な人は実際けっこう多くて
それはもうあのころからそうで。


デヴィッド・ツェンと話した時に、彼はジュリアが嫌いだと
はっきり言っていた。たぶんこれは今も変わってないと思う。


ジュリアはナッツの食べようとして袋をあけたら
すべてこぼれてしまった。すべての日程を行っていて
いまようにバックパスで入れるなどという状態ではなかったから
もうボロボロという感じだった。


ジュリアは、ボストンで僕が来るということを知っていて
チケットを準備してくれて、僕は飛行機がディレイして見れないことがあった。
僕にチケットを何とか渡したいと考えて会場に外にはっていた。


僕は、ジュリアが嫌いだという人に対して彼女を擁護しようとは思わない。
とにかく僕が古くからのファンで認めている人たちは、
ひとくせふたくせもあって。一筋縄ではいかないというか。
自分も含めてちょっと違う。


「義人はいない、一人もいない」


でも、どうしてか認めていて、どこか仲間だと思っている。

朝から並んでその時間だけいっしょにいる。
実際彼らの生い立ちや人生なんてほとんど知らない。


「Why do you come here?」


実際意見の食い違いなんてしょっちゅう。
でも時々すごくいいことを言う。


ポートランドで会った、スコットとカレンは
かなり親切でいい人たちだった。
スコットは並んでいたが途中でいなくなった。
カレンはそれを怒っていた。
スコットはアラン・ホワイトから連絡を受けて
ギターショップにアラン・ホワイトと行っていた。


アランがギターを弾いている間もずっとその店にいた。
スコットは、アランと個人的につながりがあった。


この日のショウはとにかく美しくて、
僕はステージに上がったのだけど、
shoplifterでモリッシーが僕が上がった瞬間に
歌詞を変えて歌った。


hand it over hand it over nice to meet you.


その時のライブテイクは、一生の想い出だ。


ジュリアが、モリッシーが僕が来て喜んでいると
言ってくれた。

人生の中でとっても良い時間だった。


あの時は二度と再現されないのだけど、
ガーデンプレイスにも行ったから、
もう一度行きたくなった。