プレ活動から、設計、PM的なものまで
全部やっていると抜けも出てきてしまい
かなり反省する。
しかし、反面ほとんど仕事してないで
いい加減な報告をしている人間が
つっこむとちゃんとやっていると言い張る。
いったいその根拠は?
「人をせめて楽しいか?」とか俺に言ってくる。
お前なんかと話すことそのものが苦痛だよ。
じゃ、何か?あきらかに間違っているものを
黙認しろということか?放置しろということか?
聞いていて、こいつ、たぶんずっと自分が悪い部分を
黙認されて甘やかされて生きてきたんだなと思った。
きっと親はそうしてきたのだろう。
そういう育ちを感じた。
こういう人間は何を言ってもわからない。
親に養ってもらって社会にでないほうが、
みんな迷惑しないんだけどと思った。
親がろくに教育できないバカだから責任をとったらいい。
まず、
できてないことをできてないと素直に認めることができない。
やっていると言い張る。
素養として、そういう人間だということ。
そんな人間に何を言っても無駄なのに
1年に1度ぐらいは必ずするであろう衝突をしてしまった。
その後、予期してなかった話が沸いてトラブル発生。
これは、自分の確認不足。できてないということだ。
とにかく、今年一番ついてないひどい日だった。
全体的にひたすら耐え忍んでいるのは事実で
しかしながら、その先に何があるのかは全くわからず、
おそらく幸せを感じることもない。
全体が良い流れではない。あきらかに悪い流れを感じる。
でもなぜか戦っている。
事なかれ主義で全部を黙認して、不条理も矛盾も受け入れ
黙って上の言うことだけ聞いて働く。
実際そういう人はいるし、それも一つの生き方なのだが、
それをしなくてはいけないならば、他の世界で生きたい。
もちろん、自分だって平和で静かな世界で生きたい。
でも、究極的に腐っているものを受け入れてまで
人生に生きる価値なんてあるのだろうか?
ないと思うんだけど。