7年ぶりぐらいに、真弓ちゃんのお芝居を見た。
10年ぶりにモリッシーの来日がある。
まだまだおかしいことが起こりそうだ。
真弓ちゃんからは、
こういった連絡をもらわないと
下北に用はないでしょ、絶対来ないでしょ
みたいな突っ込みをもらい、
半ば笑えない冗談なんだけど、
やや笑ってしまった。
モリッシーが10年ぶりに来るというと
どうも仕事をやめるということが何人かの
人では連想されるらしい。それに近いニュアンスの
ことをここでも言われた。
かつて職場でもめたこともある。
これは、いまとは別の職場だが。
端的に休みますと言っただけだ、
それで、もめだしたので
ぶちきれて辞めればいいですか?と言った。
ものすごく昔の話だ。いまとなっては懐かしい。
お芝居の感想だが、基本的にとてもおもしろい。
私は何度も見ていて、確信したことがある。
ストーリーをつくっている大岩真理さんという人の
世界がきわめて濃く、そこに起因しているのだが、
基本的に表現したいことの根幹は1つというか
毎回同じだと思う。
まるで心の奥にあるつっかえ棒を
必死にもがき苦しみながら取ろうとしている感じがする。
しかし、それでいてどこかユーモアがあって
笑い飛ばしているところがある。
でも結局はそこにもどっていく。
私の場合は、ひとすじなわではいかない人間で、
すべての心の病をどこか超越してしまっている
ようなところがあるため、どこか自分の中では結論が
出てしまっている。
お芝居を見ているとしょっちゅう
サウスポーグラマーの歌が思い出される。
モリッシーのアルバムなのだが、
私の人格形成におけるコアというのは
まさしくこのアルバムによるものである。
サウスポー 左利きはマイノリティーである。
そうでありながらも、何も悪くない。
左利きであることは悪ではない。
ただ、少数派なのである。
そして疑問点がある、なぜ右利きの社会に
合わせなくてはならない?
合わせる必要なんてない。
どこにもないと思う。
あなたの子供が左利きなら、
右利きに矯正しようと思うか?
私はなぜかこういったことが無性に嫌悪の対象になる。
このアルバムは、
モリッシーの作品の中でも他と違う。
かなり違う。
メッセージに大きな変化が生まれた作品で、
とても残酷な作品だ。
ただ、厳しい現実があり、半ば病んでいるようでもある。
ギリギリのどうしようもない現実をつきつけており、
結局のところ社会も現実もめったざしにするしかないぐらい
醜いものである。
社会のルールにあわせろと我々は
子供のころから教育される。
しかし、はっきりさせよう。
そんなものにあわせても
放射能まみれにされるだけだろ?違うのか?
全部ウソまみれ。
1曲1曲がもろ刃の剣という感じでもあり、
結局のところ
自分自身も血を流している。
今にも首を吊ろうとしている人間に語りかける
Do your best and dont worry.
結論は、nobody loves us.
空想の世界を生きるぐらいしか能のない
作家に希望を持って会いに行く読者
reader meet author
まったくことごとく希望の光というものがない。
southpawに出てくる他者の存在というのは
結局勇気がなくて犠牲にしてしまった誰か。
忘れられないのが、
初めてモリッシーが、ぶっ殺してやると歌っていた。
私は友人と、「ものすごくあぶないよね。これって」
と話していた。
でも、この作品が自分の骨格になった。
唯一信頼できるものだった。
「ああ、社会も世界も教会も牧師も嘘だけど、この作品だけは信じよう」
と思った。
CDがボロボロになって買いなおして、またボロボロになる
というような状況だった。
スミスのどの作品よりも強い影響を受けたと言える。
その後、シングルでAlma mattersが出たときには
輸入盤を探し回り購入したのだが、歌詞のすばらしさに
感動した。引用も含まれているが忘れられない。
僕が作ったその人生は、
君にとっては間違いなのかも
でも、これほどまでに確かだと思ったことは
それまでなかった。
それが僕の人生、破滅するための
僕自身のやり方で。
http://www.youtube.com/watch?v=D5eaKmr_WBo&feature=related
迷いなんてとうの昔に消えてしまった。