異なるということ | いつも木端微塵

いつも木端微塵

ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

何度もこの映像を見ると思い出す。


http://www.youtube.com/watch?v=855aRyujtbk&feature=related

自分はここにいた。


ブルブル会場の前で凍えていた。
何日もこれをやってわかったことがある。


たとえお金があってこれをずっと続けられるとしても
体がもたないんじゃないかということだった。


日程の間に休みがあると何をしているかというと
ホテルで眠っている。
体中が痛くて、あざだらけで翌日並ぶことを考えると
とても観光なんてできない。


ご飯を食べに行くのも苦痛なくらい。

理由はとんでもなくまずいものが出てくる可能性の高い
海外で店選びからするのが苦痛でその体力がない。


あの時の気持ちはひどく追いつめられていて、
人生の中で、たった一回の重要な時を失ってしまう
と心から感じていて、周囲からはリラックスしなと言われたりもした。
そんなことは結局無理だった。


今はそこまでにはならない。あの時の会場の雰囲気も
今とは違うと思う。
もしかしたら死んじゃうかもみたいなところがあった。
後頭部を蹴られたりもしたし。


今はうしろならうしろでも仕方ないでしょぐらいに
思えるし、日本では優雅に後方で見ているように思う。
どのみち整理番号だし。


年もとって衰えた部分が確実にある。


でも、このころは、
空気がピリピリしてて、かなりやばかった。
集まっている前方の連中は今以上にやばかった。


並んでて思ったのは、
ホームレスとそうかわらないんじゃないということ。
事実としては、ホームレスのほうがずっとずっとつらい。


でも、ホテルの滞在時間はかなり短いし、
移動費用があることと、

チケットがあるという以外は常に路上にいる。


そこで凍えている。


ホテルでシャワーがあびられるのと
4時間ぐらいは眠れる。

それはもちろん大きいのだけど
はるばるこんなところまできて自分は何をしているんだろうと
思うことがしばしばあった。


海外に打って出ている人たちはみな、日本で見られなくても
海外で見られるから別にこだわりないと思うようになる。


私の場合、ながらく海外に行ってないので
素直に費用面でうれしい。


4月に旅行を計画していたが、キャンセルして参戦する。


もし、今、海外に打って出てもこのときのような
生活は、体が持たないだろう。


あと、海外にまで見に行っている人間のほうが、
その人の中での重要度は大きいと
私は思っている。


なぜなら、必要なら結局人はするからだ。
どんな手をつかってでも。


必要度合いが違う。

これはどっちが上だとか、正しいとか、
偉いとかいう次元じゃない。


やれば、この意味がわかるし、
やらない人間に何もわからない。
わかるわけがない。


しかし、1つだけ言えるのは、

初めの一歩を踏み出すのが大変というか
勇気がいる。


やってしまえばどうということはないんだけど、
これが多くの人にできない。


それは、結局のところ必要度、重要度の問題だと思う。


だから、私は他の人と違うし、この世界を知っている人と
話すことはあるが、2chの住人で自宅にこもっているような
人と話すことはない。理由は接点がないから。


住んでいる世界が違うと思う。


それに理解してもらえることなんて何もないと思う。
これは事実としてそうだろう。


どっちが正しいとか、そういう次元じゃない。
単純に異なるし、最大のネックは興味がもてないことだ。


興味がまったくもてないことを相手にするのがつらい。


街でどっかの宗教の説教を1時間聞かなくちゃいけないとか
自分にはとても耐えることができない。


まず我慢することが不可能。


中には目を輝かせて聞く人もいるのかもしれないが、
私は違う。


今思うのは、たとえ1日でもこの頃に戻りたい。
本当に1日でもいいからこの年の他の会場に行ってみたい。