究極的にそれは違うと思う | いつも木端微塵

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ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

私はあまり自分の働いている
職場なり、会社なり興味がどんどん
持てなくなっている。
昔は興味を持っていたし、
志もあったように思う。


しかし、今はない。


若い人ほど、会社に対して不満を
言っているし、私もそれに同調したり
そう思ったりすることもある。


しかし、よく考えると
もし、たとえば本当にある会社がひどくて
そこで働いてたとして、
その人間が優秀ならば、もっといい会社にいける
はずである。


優秀な人間はそのひどい会社を辞めて
転職する。で、ある日辞表を出す。
上司からどうしてやめるのかきかれるだろう。


しかし、まあ、他社の内定をもらって
辞めると言っているわけだから、
飛ぶ鳥あとを濁さずで、自分の人生の
前向きなプランでもしゃべって
ご迷惑はおかけするが、辞めますみたいな
話になるかもしれない。


そうすると、まったく1度も文句や不満など
言わずにやめてほかに行くかもしれない。
もちろん、その人には愛社精神などはなく
きわめてドライだと思う。でもそれでしかるべき
だとも思う。もうそんな時代ではないし。


人生において一番大事なものは自分の目標だと思う。
理由は、それを達成するときの納得感が違うからだ。


しかし、特に新卒から入社して、長く働いている
人間はどこか、その会社の上司なり、あるいは
営業だとか、会社の風土だとかカルチャーだとか
そういうものにどこか洗脳されてしまい、
このことがわからない。


人生の目標などなかったりする。


ある村社会の、哲学や考え方、ルールが社会だと思うようになる。
でも、市場で見たとき、それは1つの考えに過ぎず、
いろんな理屈も自分の人生の目標には及ばない。


それは、自分の納得感において違ってくる。


たとえば震災により現地の復興に寄与する仕事をはじめることが
人生の目標だとするとどんな一般的なことを言っても
意味をなさないし、それはその人の人生の目標である。
そういう意味だ。


あるAという目標があって、そのために、まずはじめに30万円必要だとする。
だから、30万円をかせぐためにどぶ掃除をはじめたとする。
目標はどぶ掃除をして30万円かせぐことではなくて、
あくまでAという目標である。


この理屈は当たり前だし、その人生の目標がないとしても
それも悪いことではないだろう。
ただ、納得感だけは違うと思う。


そういうものを持って、達成する人としない人では
そこが違う。


しかし、たったそれだけのことでしょという
考えもあって、それもそうだと言える。
まあ、自分が何が大事かということになる。