例えば、末期がんになったとして、
どんなことをしても治らないのだから、
それなら延命措置などせずにスパッと
死んで次の展開にかけたほうがいい。
こんな風に思うことがある。
必ずしもではないだろうけど。
滅んだ方が改善なのではないかと。
イラクのフセイン政権がなくなったのも
カンボジアのポルポト政権がなくなったのも
改善だと思う。
そこまでの過程で恐ろしく犠牲になった
人たちは多い。
抜本的に変わらないと結局駄目だろうというレベルでは、
滅んだ方が改善である。
宗教とかもそうで、抜本的に滅ばないと苦痛を味わっている
人たちがいたりするわけで、その場合は滅んだ方が改善だ。
だからと言って、いつ滅ぶかもわからない。
厳密にいつなのかはわからない。
と考えた時に、これは時間の無駄だと思った。
例えば将来性のないビジネスもそうで、
ある程度の期間は食いつないでいけるかもしれない。
いつかいよいよ難しいねと言う時が来る。
そこまでの過程は時間の無駄だ。
打破して発展すると言うのは聞こえがいいが、
一過性のホームランは継続的な発展じゃない。
自分が持っている最大のスキルは、技術スキルではない。
「滅びの序章」を読みとるスキル。
滅びの序章においては、おかしな話になる。
これは共通している、つきつめていくと言っていることが
おかしいのである。この瞬間にピンと来る。
そしてそれに対するアクションはかなり早い方だと思う。
もうそういったものと極力関わらない。
その次に全体論を考える。
そもそも論として発展性があるのか。
他社に対するアドバンテージがあるのか。
わかりやすい形であるのかどうか。
市場での今後の優位性がどうなのか。
ここでの回答が暗いものだとすると
将来性なし、発展性なし、滅びの序章の開始である。
そして私が最も嫌いなものである。