この9年間近くを振り返ってみて
充実して仕事をしていた期間は累計で
どのくらいあるのかを考えてみた。
充実とは収入とか評価とかは関係ない。
少なくともここでは省いて考えた。
純粋に仕事に対してやりがいを感じていて
課題は課題としてあっても不毛な課題ではなく。
普通に克服すべき課題であって
毎日が充実していた期間。
トータルで2年間ぐらいである。
継続した期間で言うと1年間もない。
つまり数カ月単位だと思う。
これは自分の努力だけの問題ではない。
というかほとんどそういう問題じゃない。
環境要因が大きい。
他の人は良く分からないが
実は多くの人がそんなにこの割合は多くないと思う。
ある一定の期間で考えた場合だ。
そういうものだとか勝手に心の中で納得している人も
多いかもしれない。
私としては、所詮この程度の結果でしかなかったということだ。
マンネリ化、閉塞感、行き詰まっている感覚などが
訪れるために、資格取得などもがんばったような気がする。
だいたい、奨励金などもでないで、自分でお金を払いみたいなこと
している時などは、期間的にもまさしくそうだったように思う。
失敗しているとか言うのではなく、行き詰っている。
残業時間が思いっきり増えていてストレスも多くて仕方ないと言う時にも
夜中勉強していたことがある。すごくしんどかったが、
思い返せば、行き詰っていたのだと思う。
100時間ぐらいの状態で、もっと多い人もいるが
そんな状態で勉強している人は、絶対におかしい。
これもある期間の話である。
かたや仕事がぜんぜん取れないで暇だったり、
ぜんぜん金にならないし、将来にもつながらないなと思える仕事を
していて、時間的にも余裕があって、こんなことなら少しでも勉強
して将来打開してかなくてはと思ってやっていたこともあった。
つまり、ある種の精神状態の表れが大きかった。
で、考えると9年間で20%ぐらいのボリュームでしかないし
これを倍の期間で考えるとさらに少なくなるような気がする。
残念ながらその程度でしかない。
どこに原因があるかとか
改善方法はとかいう話は置いておいて、現実としてである。
僕がこんな風に感じていたんだということを分かっている人は
ほとんど皆無である。
誰からもそんなことを言われることもなく、
このような観点で気遣われることもない。
人は実は、他人に対して興味があるようでないからだ。
自分に関わることに関して興味があるだけなのだ。
20%のボリュームはこの先も大事にしていきたい。
でも他の観点で充実を図らねば、結局難しくなってくるのも事実。
かといって、マイナス的なものに対する抵抗という手法も
限界があると思う。結局幸せにはなれない。
最近は、自分の思い通りにしようとすればするほど
人は不幸になるんだと思う。
経験上、マイナス的なものに対する抵抗だとか
行き詰まり感を出発点にして、その後幸せを感じたかというと
ある瞬間、欲求不満は解消できても根源的には違う。
こんなことを5年前言われてもかけらほどもわからなかった
ということだけは確かだ。
腐った環境から抜け出ることも大事で環境改善することで
改善されることは確実にある。
めでたし、めでたし。