最近この記事に共感するものがあった。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20091111
僕も過去努力したことがあったとすると、
その大半は劣等感が原動力にあった。
それを身近な人たちには言っていた。
人生は早めにあきらめた方がいい。
このことも良く考えた。
カフカの変身という小説で、ある日突然毒虫になってしまうという物語がある。
その主人公を日々の生活で突き動かしていたものは責任感と義務感のみで
全くそれ以外、何の楽しみも幸福感もなかった。
最近は考えることも多く、苦しい局面にあるが
心の旅を続けているようでもある。
天の時が何らかの形で、僕に僕の道を生み出してくれると思う。
いつまで生きるのかはわからない。
しかし、やりたいことは山のようにある。
自分が本当にやりたいことを書き出してみた。10個あった。
それは僕の望みである。
1つの望みもなく自殺する人もいる中
僕にはしぼっても10個ある。やってみたいと思う。
僕は11カ国の国を旅して感じることも多かったのだが、
イギリスについて少し書きたいと思う。
1999年、はじめてイギリスに行った年
僕は2000年問題、いわゆるY2Kの担当をしていた。
会社の責任者が副社長だったので実質全部やっていた。
取引先には、Y2K問題の対応を行っていますか?というような
虚しいアンケート調査もした。
親会社の役員会議室、
千代田城と言えば分る人は分かるが、
そこで説明会に参加した。
初対面なのに親会社の課長代理から対応がなってないと怒られる。
今となって笑えるのが大みそかの日にエレベータに乗るなである。
2000年問題でエレベータが止まったら閉じ込められて2000年問題の対応が
できなくなるというアホな都市伝説で常に階段を使った。
本当に全部止まったらエレベータの外に
僕が一人いても何もできないんだけどと思った。
結果何も起きなかった。すごくストレスな毎日だった。
私の記憶で鮮明に残っているのが1999年のニュースで
クレジットカードのシステムで問題を
起こした国があった。忘れもしないイギリスである。
ニュースで2000年問題が原因だと平然と答えているのである。
しかも2000年になってなくて!
こっちは、日々問題起きないよな!と睨みつけられているような状態でだ。
イギリスとはそういう国だよ。おまえはそういうことやるよとあの時思った。
絶対遅刻しちゃいけない会議に一人遅刻するような感じだろうか。
寝坊しちゃいましたとか言って。とても驚いた。
もう一つ、イギリスで驚いたことなのだが、若い女の子が歩きながら
新聞紙にくるまれたチップス(ポテトフライ)をケチャップつけながら
食べている。この光景を見たことある人は多いはずだ。
油ギトギトなのに。
日本で考え見てほしい。
マックに女子高生が2人入ってテイクアウトで
ポテトLサイズにケチャップつけオーダーするとする。
それを歩きながら食べているという光景は存在しない。
イギリス人の女性が日本に来て、
日本には美味しいチップスがないとか言っているのである。
茫然自失だった。
ある種既存の価値観を破壊するようなものってのは忘れられない。
いま周囲にあるものは非常にくだらないものばかりだと思う。
例えば、菅首相と小沢の対決も、
菅首相を支持する理由は小沢よりマシだからという
ものすごい後ろ向きで虚しい理由である。
何がどうなろうと虚しいからどうでもよくなってくる。
本当にみんな興味あるの?
だいたい多くのものはこんな感じだったりする。
だから、もっと心が動かされる何かを求めて進んでいきたいと思う。
そうそう、僕は2000年のお正月にあるメッセージを社内に送った。
当時のシステムのメールは英語しか使えなかった。
モリッシーのある歌からの引用で
The year 2000 didnot change anyone here.
そして僕はその年初めての転職をした。