小学校に電車で通っているある日、駅を乗り過ごしてしまった。
次の駅で降りて反対側のホームから、電車に乗るのだが
とても満員の通勤電車なので、
小さかった僕は降りれなくなりそうだった。
誰かが助けてくれて降りることができた。
当然授業に遅刻した。しかし、この理由を上手く説明できなかった。
思うにクラスに、これを理解できる子供は一人もいなかった。
教師に説明すると長くなりそうだった。
何か自分の中で歯車が狂っていくような感じがした。
私は小学校の後半から高校まで夏休みの宿題というものを
ほとんどやった記憶がない。
夏休みが終わって学校に出てきてやってない
人間というのはけっこういるのだが
その後もしぶとくやらずに、無かったことにしてやろうと思った。
借金を踏み倒すようなものである。
このライフスタイルを貫いていて
教師がキレた。
個室に監禁されて終わるまでそこでやれと言われた。
通常の授業は全部うけない状態である。
朝から授業中眠ってたから賢い選択かもしれない。
もしも僕がミサイルランチャーを持っていたら
間違いなく、学校と教会に撃ちこんだだろう。
そのくらいこの2つの存在は、僕には許し難いものだった。
特に高校時代だが、ものすごい反抗的で相当担任とぶつかり合っていた
その後、彼は数学の教師だったが胃潰瘍になってしまった。
学校生活の中で真実を言っていた
教師は小学校から数えて2人しかしらない。
他は全部ゴミだった。くだらない話を聞きたくなかった。
嘘ばっかりつきやがってと怒っていたのだが、
今思うに、彼らの人生にも教育にも何の説得力はなかった。
人が嘘をついて失うものそれは説得力だと思う。
わかりやすい例では、教会の牧師がセクハラをしていたら
もうそれまでのすべてにおいて何の説得力もないはずだ。
社会に出て、やはりこの人の行動や言動は説得力があるよね。
だって人生でそれをちゃんと証明している。戦っているというのは
大事なことだと思う。
今は大人なので、この多くの嘘に満ちた
病んだ世界を仕方なしとしているが、
説得力の価値だけは変わらないと思っている。
学生時代、若かった僕はとにかくすべての腐ったたわごとを許せなかった。
今も受けつけないが、あの頃より多少温和になった。
学校生活から脱出して私は繰り返しこの歌を聞いたものだ。
http://www.youtube.com/watch?v=5vHKJGMawow
歌詞はとても的確だった。