I hate school and I want to die | いつも木端微塵

いつも木端微塵

ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

学校時代の記憶の中へ

私は学校が嫌いだった。


いや正確には好きだった。その後嫌いになった。

家庭の状況が厳しかったので

家にもいたくなかった。だから学校の方が良かったのかもしれない。


しかし、小学校に入った時、私はいきなり電車で通学をすることになった。

これがものすごくつらかった。小さな子供が毎日電車に乗り

家から学校まで40分から50分かけて通うのである。


そんな子供は、他に一人もいなかった。


私の子供時代は、子供数も多く、いたるところに子供がいた。

小学校で野球をやったら、1軍・2軍・3軍まであるのだ。

1軍にいくためにいきなりテストをさせられるというような状態である。

私は1軍でライトだった。電車で通いながら野球もやってとなるともう本当に大変で

結局3年生ぐらいで転校することになった。


しかし、転校したくなかった。通っていた小学校は好きだったし、

クラスメートも好きだった。担任も蟹先生と言ってとても好きだった。


しかも、野球は、半分以上運だったと思うが1軍だった。

でも、疲れてしまって転校したわけだが、もう野球を続ける気にもなれなかったし

新しい学校に行くモチベーションも実はあまりなかった。


結局よそ者なわけで、いじめにもあった。


このあたりから私は学校が嫌いになった。

中学校など、何日休んだかわからない。

休んで午前中からゲームセンターに行った。


登校拒否をしている人間はだいたい家にいるのだが、私は家にもいたくない

学校にも行きたくないという状況だったので外に行くしかなかった。


そうすると、学校をさぼってゲームセンターにいるので

そのうち、私をクラスの人間が見つけるから

たちまち、学校に来ない奴、

さぼってる奴ということでうわさになった。


クラスの連中が授業が終わってから遊ぶ時間に家に帰れば良かったんだろうが、

もうそういうことを気にするのもめんどうだったし、そもそも家にもいたくなかった。


どんどん、これがエスカレートして、高校時代はバイトで学校を休んだ。

卒業に必要な最低出席日数を計算して、学校をさぼりバイトをしていた。

卒業式も欠席である。

本当に体を壊して休んだりすると出席日数を満たせなかったりする

ような気がした。けっこう怖かった。出席日数が足りなくなる夢を見たことがある。


高校も自分で決めて合格した学校に行けなくなった。

理由は、家が引っ越すためだ。よって2次募集でレベルを下げて行きたくもない

男子校に入った。こんな状況だから行くわけがない。


学校に行く理由とは、何だろうか?

みんなが行くから学校に行くというのが理由だったように思う。


学校で学んだことは、本当にない。くだらない場所だった。

歴史の授業など大嫌いだった。

自分と関係ない人、何とも思わない人がすることなど

どうでもいい。


高校を出たら、することがなくなり就職もできずやりたいこともない。

専門学校ぐらい行って働く準備をしろみたいな話になったが

結局半年でやめてしまった。


私が学校生活から手に入れたものは、ただ一つで

それは、皆を無視することだった。

皆が行くからって自分が行くことにはならないし、

皆が私の事をさぼってるだなんだといろいろ言っても、

それはどうでもよかった。


実際私が学校さぼったことが、彼らに何の関係があるんだろうか?

会社なら他の人がかわりに仕事をしなくちゃいけないだとか

迷惑がかかるというのがある。


学校なんかにそんなものないだろう。

実際学校に行かないことの何がいけないんだろうか?


中学までは義務教育だからというが、学校に行かないことは悪いことではない。

実際私はだれにも迷惑をかけてないと思う。

今もこの感覚やライフスタイルは自分の根底にあると思う。